第45話 個体レベル

 駅の改札口は無人で、俺たちは誰に止められることもなく素通りした。プラットフォームで竜崎を含む東下町の探索者たちと合流する。


 竜崎はエレナと河井をジロリと睨んだ。

「巨竜だぞ。戦えるんだろうな」


「問題ない。全員が参加条件をクリアしている」

 武藤が代表して答えた。


 竜崎は頷いたが、その背後で俺たちを見ていた探索者たちは、見下すような目をしている。自分たちが上だと思っているのだろう。


「俺たちの足を引っ張るようなことになれば、見捨てるからな」

 東下町の探索者の中で、二〇歳ほどの若い男が言った。それを契機に他の探索者たちも騒いだ。

「やめろ、お前たち以上の実力者かもしれんのだぞ」

 竜崎の一言で静かになった。


 俺は竜崎を相当な実力者だと推測していた。そうでなければ、東下町の探索者を束ねることなどできないからだ。但し、俺より上かどうかは分からない。勘だけでは判断できないのだ。


 俺たちは装甲列車に乗った。列車は内部からも補強されており、金属製支柱が内部に溶接されている。しかも驚いたことに、この装甲列車は蒸気機関車だった。


「探索者の皆さん、所属地名と名前を名簿に記入してください」

 役人らしい男が声を上げた。県の担当者なのだろう。俺たちは所属地名に『耶蘇市東上町』と記入した。それを見た役人は、怪訝な顔をする。


 竜崎たちは『耶蘇市』とだけ記入していたからだ。

「なぜ書かれている地名が違うのですか?」

「我々は東上町の探索者で、東下町の探索者とは一緒に戦ったことがないからだ。そこのところは考慮して欲しい」


 俺は具体的な作戦案があるのなら、東上町の探索者は一緒のチームにしてくれと頼んだ。実力や戦い方を知らない者と組まされるのは嫌だった。バラバラにされて東下町の探索者と組まされたら、実力を発揮できないかもしれない。


 装甲列車が発車した。次の停車駅は田崎市である。実際には途中にいくつかの駅があったのだが、停車しなかった町は、人類が敗退し全域を異獣に占拠された場所だ。


 俺は通り過ぎた駅を数え、ちょっと憂鬱になった。人類が敗退した町が多すぎると知ったからだ。耶蘇市が生き残ったのは、御手洗市長の手腕だろうか? あの市長なら、自分が生き残るためなら何でもやりそうだ。


 その結果、耶蘇市の一部が生き残ったのなら、市長の評価を変えなければ……いや、それは早計だ。数ヶ月前に何が起きたのか調べてから、判断した方が良いだろう。


 田崎市に到着した。幼馴染の美咲が居るかもしれない町だ。俺はプラットフォームに美咲が居ないか探した。だが、見つけられなかった。


 田崎市の探索者は別の車両に乗ったようなので、それ以上探せない。車両と車両は、補強のために行き来ができないようになっていた。それに役人から外に出ないようにと指示されている。


「美咲さんを探しているんですか?」

 エレナが俺を見ていた。

「無事かどうか知りたいからね。でも、見つからなかった」


「美咲さんが、探索者になっているかどうかは、分かりませんから」

 生きているのなら、異獣を倒しレベルアップしているはずだ。危険に怯えて隠れているような女性ではないからだ。ただ探索者になったかは分からない。


 彼女はカリスマ性があり、政治家や指導者という可能性もあると思っていた。探索者ではなく、探索者を使う側の人間になっているかもしれない。


 装甲列車が走り出した。武藤が話を始める。

「ところで、獣人区の守護者を狙っていると聞いたんだが、本当か?」


 俺は情報を漏らしたと思われる人物を睨んだ。河井が目線を逸らす。竜崎たちとは少し距離があるので、話している内容は聞かれないだろう。


「守護者を倒して、オーク護符を作れるようになりたいんです」

「獣人区に何かあるのか?」

「水田に戻せる土地があるんですよ。それでオーク護符を……という話です」


「獣人区の守護者を倒せる、と考えられるお前たちが羨ましいよ」

 武藤は、その守護者の気配を感じたことがあるらしい。その時、敵わないと思ったようだ。

「誰だってレベルアップすれば、守護者を倒せるようになりますよ」


「だけど、どれくらいレベルアップすれば、倒せるようになるんだ?」

「それは持っているスキル次第でしょう」

 守護者の弱点を突くようなスキルを持っていれば、低い個体レベルでも倒せるかもしれない。


 装甲列車はいくつかの町で停車して探索者たちを乗せ、ようやく三日月市に到着した。俺が予想していた以上に時間がかかったのは、途中レールが破損している箇所を発見し修理をしたからだ。


 レールを保守点検する者も居なくなり、レールを修理するのも装甲列車の役目になっているのだ。

「順番に宿泊所へ案内しますので、ここでお待ちください」

 役人が指示を出した。役人たちは探索者たちが勝手な行動を取らないように警戒しているらしい。


 俺たちが案内された宿泊所は、温泉のある宿だった。

「また温泉に入れるなんて、思ってもみなかった」

 エレナが嬉しそうに声を上げた。


 俺たちは温泉を堪能して、宿の食事を食べた。こんな状況なので食事は期待していなかった。だが、ご飯と根菜の煮物、それに味噌汁だけという食事にはちょっとがっかりした。


 海から遠いので魚介は期待していなかったが、猪肉とか鹿肉とかを期待したのだ。三日月市は温泉とジビエ料理で有名だったからだ。

「ボタンもモミジもなしか……」

 武藤が呟いた。ボタンは猪肉、モミジは鹿肉のことである。武藤も肉が食べたかったようだ。


 食事が終わって部屋で寛いでいると、装甲列車で一緒だった役人が呼びに来た。作戦前に指揮官チームと面談するそうだ。


 指揮官チームというのは、県庁が特別に編成した精鋭チームのようだ。俺たちは宿の一室に入った。

「コジロー、やっぱり生きていたのね」

 懐かしい声が聞こえた。


 その部屋に幼馴染である美咲が居た。

「美咲……探したんだぞ」

「私も探した。おじさんたちも心配していたんだから」

 美咲が両親のことを話題にしたので、俺は心の奥に仕舞い込んでいた両親の死を思い出し、苦い思いを味わった。


「遠藤、昔話はそこまでにして、面談を始めろ」

 美咲の横に偉そうな顔で椅子に座っている人物が居た。指揮官チームのリーダーらしい男だ。


「分かりました。皆さん、座ってください」

 俺たちは用意されている椅子に座り、指揮官チームの四人と相対する。美咲が指揮官チームのメンバーを紹介した。


 総指揮官は熊田という元自衛官の三等陸佐だった。他のメンバーも元自衛官だという。

「作戦前に、私たちは皆さんの実力を確認しなければならない。それは理解してもらえると思います」

 美咲が話し始めた。


 武藤がムッとした顔をする。

「我々にステータス情報を明らかにしろ、というのか?」

「全部とは言いません。個体レベルと得意とする武器、操術系スキルを教えてもらいたいのです」


 作戦を立てる上で必要な情報なのは理解できる。

「それは、この場で言えということか?」

 武藤が質問した。東上町では個体レベルやスキルを公表することはなかった。はっきりした理由はないが、秘密にするという仕来しきたりみたいなものができていたのだ。


 だが、それは一般的なものではなかった。少なくとも一緒に探索しているチーム内では公表しているようだ。美咲が武藤に視線を向けた。

「私たちに教えることに、何か不都合な事情がありますか?」


「……特にはないが、我々の町では秘密にしているのが、普通だったのだ」

「こんな状況ですので、人間不信になるのは分かります。ですが、我々を信用してください」


「分かった。おれから言おう。個体レベルは『15』、武器はおの、操術系は『操風術』を持っている」

「ありがとうございます。次はミチハルよ」


 美咲は河井とも顔見知りである。

「自分の個体レベルは『12』だよ。探索者になるのが遅かったんで仕方ないんだ」

「遅かった? いつから探索者になったの?」


「探索者になってから、二ヶ月くらいかな」

 指揮官チームの全員が顔を見合わせた。二ヶ月で個体レベルが『12』という結果は、かなり優秀なものだったようだ。


「武器は?」

「柳葉刀、操術系は『操地術』だよ」

「ふーん、珍しい武器を使っているのね」


 次はエレナの番だった。

「私の個体レベルは『15』です」

「何だと……おれと同じなのか」

 エレナに追いつかれたと知った武藤が、驚きの声を上げた。


「武器は弓、操術系は『操闇術』を取得しています」

「弓なの……相手がリトルレックスだと厳しいかな」

 リトルレックスというのは、巨竜区をテリトリーにしている恐竜である。こいつが別名巨竜と呼ばれている異獣らしい。


「たぶん大丈夫だと思います」

「もしかして、爆裂矢を使えるのですか?」

 エレナが頷いた。美咲はニッコリと笑った。爆裂矢を使える弓使いは数が少ないらしい。


「さて、最後にコジローよ」

「俺の個体レベルは『29』だ」


「……」

 指揮官チームのメンバーが沈黙した。顔を見ると驚いて言葉が出ないようだ。


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