第43話 精霊の守護者
イービルフェアリーと遭遇した後、河井がぶすっとした顔をしていた。
「どうした、ミチハル」
俺が尋ねると、河井が自分だけ役立たずだと言う。
「イービルフェアリーが見えないことを言っているのか?」
「そうだよ。『操闇術』を取っていればなあ」
「何を言っているの。『操地術』も十分役立っているじゃない」
エレナが笑顔を浮かべ慰めた。
「それは畑を耕す時だろ」
『操地術』には【耕作】という魔法のような技能がある。文字通り田畑を耕すものであり、もの凄く便利な技能だった。
「俺も羨ましくなったんで、『操地術』を取ろうか迷っているんだ」
「何か嬉しくない」
河井が愚痴をこぼす。河井の両親も非常に喜んでおり、農業をしている人々からは羨望の眼差しで見られているらしい。
ただ羨望の眼差しをしている人たちが、ほとんどおじさんやおばさんなのが気に入らないようだ。
俺たちは巨木の近くまで来ていた。場所は打ちっぱなしのゴルフ練習場である。
フェンスで囲まれた場所に、根本近くの直径が五メートル以上あるだろう巨木が伸びている。巨木には紡錘形に広がった枝葉の先に丸い実が生っていた。
「あの建物、どう思う?」
俺たちの視線はゴルフ練習場ではなく、隣りにあるスポーツジムに向いていた。その建物からただならぬ気配を感じたからだ。
「もの凄く嫌な感じがします」
「あの建物には、守護者が居るようだ」
「農協ビルの守護者よりも強いんじゃないか?」
河井の質問に俺は頷いた。その時、スポーツジムから数匹のイービルフェアリーが出てきた。そのイービルフェアリーは黒い棒を持っている。
イービルフェアリーは、丸い実を目掛けて飛んでいる。上空を覆っていた雲から一瞬だけ太陽が顔を覗かせた。次の瞬間、その実に陽光が当たり七色に輝いた。
俺たちは、その美しさに目を奪われる。
「あれは普通の果実じゃないよ」
河井が美しさに目を奪われながらも呟いた。
イービルフェアリーは、俺たちには気づいていないようだ。奴らは不気味な笑い声を上げながら、美しい果実に近付き、黒い棒を振り下ろした。
黒い棒が果実に命中した時、果実から悲鳴が上がった。その実は枝から離れ地上へと落下する。地面に落ちた実は、変質し黒い実へと変化した。
「あれは?」
河井が小声で尋ねた。
「あの実の中に、何か居るようだな」
「もしかして、精霊かな」
俺も精霊の可能性が高いと思った。仮に精霊だと想定すると、気になることがある。イービルフェアリーは、なぜ実を叩き落としたのだろう。
エレナが真剣な顔をして巨木を見守っている。
「私、決めました。『精霊使い』を取得します」
俺は、エレナが決めたことなら、と賛成した。
あれが精霊だとすれば、何か大きな力を秘めているように感じたからだ。
エレナは『精霊使い』を取得した。その瞬間、変な顔をする。
「どうしたんだ?」
「精霊たちの声が聞こえる」
こんな状況でなければ、危ない人間を発見したと思っただろう。
巨木に生っている実は三〇個ほどある。イービルフェアリーの叩き落としているのは、ソフトボールほどに大きくなった実だけのようだ。
そんな実が八個ほどあったのだが、黒い棒により六個が落とされ残りが二個になっている。イービルフェアリーが残った実を落とそうと近付いている。
エレナは弓を構え、イービルフェアリーに向かって矢を放った。矢は的確に命中し、浮遊していたイービルフェアリーが落下して、地面に落ちる前に消えた。
イービルフェアリーを全滅させたエレナは、残った二つの実を見つめた。
「もうすぐ生まれそうです」
「はあっ、何が?」
河井は状況が分からないようだ。イービルフェアリーが見えていないのだから仕方ない。
俺たちは二つの実を見守った。エレナはぶつぶつと呟きながら、何か祈っているようだ。
実の一つが強い光を放った。そして、精霊が生まれる。精霊は翼を持つ三頭身の小さな人形のような存在だった。顔は整っていたが無表情で、何の感情も浮かんでいない。
精霊が生まれると同時に、枝から何かが落ちた。俺は気になったので探して拾い上げる。黄色い真珠のような宝石だった。
もう一つの実が光って、別の精霊が生まれた。ほとんど同じような姿だが、髪の色が違った。最初の精霊は金髪のショートヘアであり、もう一体の精霊は赤髪のロングヘアである。
この時もルビーのように紅い真珠が地面に落ちた。
この精霊は河井にも見えるらしい。イービルフェアリーは何か姿を消す能力を備えているのかもしれない。
その二体の精霊は、ふよふよとエレナに向かって飛んできた。エレナとその周りを漂う精霊が会話を始める。
「……精霊と契約しました」
『精霊使い』というのは、精霊と会話が交わし契約を結べるようになるスキルだったらしい。
「金髪の子は『トール』、赤髪の子は『アグニ』です」
エレナが名付けたようだ。
「北欧神話とインド神話か」
「有名な神様からもらいました」
名前をもらった精霊は、ひょこひょこと踊るように漂う様子を見せ嬉しそうだ。ちなみに精霊の性別はないらしい。
「その精霊は、どんなことができるんだ?」
「邪妖精をやっつける……ですって」
邪妖精とはイービルフェアリーのことだろう。邪妖精と精霊は敵対関係にあるようだ。
エレナの周りをふよふよしていた精霊が、何かに反応して急に飛び去った。スポーツジムから現れたイービルフェアリーに反応したようだ。
「あいつら攻撃能力があるのか?」
俺が疑問を口にすると、エレナが頷いた。
トールはイービルフェアリーの前に進み出ると、掌を敵に向けた。そこから黄色を帯びたビームが放たれる。それがイービルフェアリーに命中した。
だが、イービルフェアリーは平気な顔をしている。俺は首を傾げた。次の瞬間、そのビームに沿って稲妻が走った。精霊の敵は、黒焦げになって地面に落ちた。
一方、アグニは掌から紅いビームを放った。命中した紅いビームは、イービルフェアリーの肉体を焼き切った。超高温のビームだったらしい。
エレナは精霊たちの活躍を喜んだ。だが、俺はちょっと納得できない思いを味わった。
「……何か違う。これじゃあスペースオペラに出てくるレーザーライフルみたいじゃないか。精霊らしくないぞ」
俺の感想を聞いた河井が頷いた。
「そうだよな。でも、もの凄く強力だ」
戦った精霊たちはふよふよと俺のところに寄ってきた。そして、手に持っていた黄色と赤の真珠の中に入ってしまった。どうやら真珠の中が精霊たちの寝床らしい。
俺は二つの真珠をエレナに渡した。エレナは大切そうにポーチの中に仕舞う。
「そう言えば、イービルフェアリーの心臓石はどこにいった?」
俺たちは精霊が倒したイービルフェアリーの心臓石を探したが、見つけられなかった。もしかすると、精霊が倒した異獣は心臓石を残さないのかもしれない。
その時、スポーツジムから巨大なファイヤーバードが出てきた。
「あの気配、守護者だ。逃げるぞ!」
俺は強烈な気配に反応して、逃げることを選択した。
飛び上がったファイヤーバードは、上空を旋回してから俺たち目掛けて急降下を開始する。
その口から大きな火の玉が吐き出された。
「ミチハル、防壁だ」
「お、おう、了解」
『操地術』のスキルレベルが3になった時、河井は【防壁】という技能を手に入れた。文字通り壁を作る技能である。
河井は【防壁】を使い高さ三メートル、幅二メートルほどの土壁を作った。俺たちは土壁の後ろに隠れる。火の玉が着弾し大量の炎を撒き散らす。
土壁のおかげで炎に巻き込まれることはなかったが、土壁は焼け焦げボロボロになった。
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