第42話 イービルフェアリー
エレナと河井、それに俺は、精霊区に向かっていた。河井は、俺が新しくハイオークから手に入れた柳葉刀を武器にしている。
「なあ、大剣を使っている化け物とか居ないのか?」
「アホか……柳葉刀と牛刀しか武器を持っていないのに、『大剣術』なんて取得するからだろう」
河井は、なぜか『大剣術』のスキルを取得していた。そのスキルが選択一覧に出てきた時、これだと思ったらしい。
「だってさ、ゲームの中じゃ、いつも大剣使いだったんだ」
俺とエレナは、呆れた顔をして溜息を吐いた。
「その柳葉刀だって、かなりの重さがあるんだぞ。大剣とかだったら、相当な重さだ。お前に扱えるのか?」
河井の体格は普通だった。畑仕事で逞しくなっているが、俺より少し身長が低く筋肉も薄い。
「これから鍛えれば大丈夫さ。それに個体レベルが上がれば、自然にパワーは上がるだろ」
「はあっ、後で後悔するなよ」
俺たちは小鬼区を西へと進む。獣人区・奇獣区を通り抜け、樹人区に入った。ここでは十数匹のトレントを狩り、木属性の心臓石を回収した。
樹人区を西に進むと音無川に突き当たる。河川敷沿いの道を北へ歩くと望月橋が見えてきた。望月橋は五〇年ほど前に架けられた古い橋である。
橋の下を流れる音無川は、幅四〇メートルほどで上流ではヤマメなどが釣れる。久しぶりに見た音無川は、以前より水が綺麗になったようだ。
川の対岸を見ると紫色や赤色をした半透明な物体が、地上を這い回っていた。
「あれは、スライムなのか?」
河井が俺に視線を向けて確認する。
「初めて見たけど、そうみたいだ」
俺はスライムらしい物体を見ながら答えた。そのスライムたちは、道路や塀などに貼り付いてゆっくりと移動している。
近付いて観察する。スライムは襲って来なかった。というか、移動速度が亀並みなので、襲ってこようとしていてもゆっくりと近付いてきているとしか思えない。
「見てください。スライムが通った跡は、薄く削れています」
エレナが何か発見して声を上げた。
スライムが通った跡を確認した。エレナが言う通り、二、三ミリ程度削れている。スライムの仕業のようだ。
「どうやって削っているんだろう。酸?」
エレナと河井は考えているような表情を浮かべたが、答えは出ないようだ。
「攻撃してみよう」
俺は以前に使っていた戦棍をシャドウバッグから取り出した。先端が鋼鉄製になっている戦棍である。どうして古い武器を取り出したかというと、スライムが酸を持っていた場合、武器が傷むかもしれないと思ったのだ。
戦棍を振り上げ、スライムに近付いて振り下ろした。その先端がスライムの半透明な体内に沈み、何らかの衝撃を与えた。
それはスライムの体表が激しく震える様子で分かった。但し、スライムにダメージを与えられたかどうかは、疑問である。
戦棍を持ち上げた瞬間、スライムがもぞもぞと動き始めた。その後、何度か戦棍でスライムを攻撃した。だが、全くダメージを与えられなかった。
「ダメだな。戦棍じゃ倒せないようだ」
エレナが戦棍に視線を向けた。
「戦棍は大丈夫なんですか?」
俺は戦棍を確かめる。僅かだが金属部分や柄の部分が削られていた。
「削られている。武器で直接攻撃はしない方がいいようだ」
スライムには接触している物を分解する能力がある。但し、その能力は酸ではないようだ。酸ならば削られた武器の表面に酸が付着しているはずだからだ。
エレナが弓を構えた。爆裂矢を試すつもりらしい。
「二人とも下がってください」
構えた弓の弦を引き絞ったエレナは、スライムを狙って爆裂矢を放った。矢はスライムに命中して爆発。粉々になったスライムは、粒子となって消える。
河井が喜んだ。
「やるじゃん。弓もいいな」
エレナはあまり嬉しそうではない。黙ったまま、スライムが残した心臓石を拾い上げる。それは水属性の心臓石だった。
拾い上げた心臓石をジッと見ているエレナに、俺は声をかけた。
「どうした?」
「爆裂矢を作るには、火属性の心臓石が必要なんです。時間と素材を使って製作した爆裂矢で倒したスライムの残すものが、小さな水属性の心臓石一つというのは、コスト的に見合わないと思えて」
「でも、水属性の心臓石は珍しいんじゃないか」
水属性の心臓石からは、防暑布が製作できる。これから暑い季節になれば、必要になるかもしれない。俺はそう思った。
俺は『操炎術』を使って攻撃してみた。【炎射】の攻撃で火炎放射器のような炎を浴びせたり、【爆炎撃】で爆破したりである。
『操炎術』でもスライムを倒せることは分かったが、効率的ではないようだ。しかも【炎射】を使うと火事になる危険もあるし、【爆炎撃】ではスライムの近くにあるものも破壊することになる。
結局、俺たちはスライムを無視することにした。
精霊区に入って残っている建物が少ないことに気づいた。スライムの仕業である。家が建っていた場所を調べると、柱や壁の一部だったらしい木材だけが残っている。
スライムは木材よりコンクリートが好物であるようだ。コンクリートで造られた土台がスライムにより消滅したことで、建物が崩壊したらしい。
「精霊が居ないですね」
エレナが声を出した。俺も周りを見回した。それらしい姿は目に入らない。居るのはスライムだけだった。
俺たちはスライムを避けながら、精霊区の中央付近へ進んだ。その方向を選んだのには理由がある。中央付近に見たことがない巨木があるのだ。高さは五〇メートルを超えているだろう。
俺たちは、その巨木が精霊に関係するかもしれないと思ったのだ。
先ほどから変な感じがしていた。エレナが俺の顔を見て声をかけた。
「どうかしました?」
どうやら険しい顔になっていたようだ。
「さっきから、誰かに見張られているような気がするんだ」
エレナが周囲に視線を向ける。だが、何も見つからなかったらしい。
「……気のせいじゃない」
そう言ったエレナだったが、自分自身も何か感じているようだ。不安な顔をしている。それに反して、河井だけは何も感じておらず、
ますます嫌な予感が強くなり、周囲に気を配った。その時、頭上で殺気が生まれた。素早く視線を上げる。頭上五メートルほどの高さに三つの大きな石があった。
「横に跳べ!」
俺の指示でエレナは素早く動いた。だが、河井はボーッとした顔で反応しない。俺は河井に跳びかかってタックルした。
河井は道路に倒れ、尻を強く打ったようだ。
「何をするん……」
ガチッと音がして、石が道路に落下した。俺たちが先ほどまで立っていた場所である。河井が騒いだが、無視して周囲に注意を向ける。
「エレナ、大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫。でも、今のは何だったの?」
「分からない。でも、何かが居るのは確かだ」
俺は目を凝らして、空を見上げた。何も見えない。『気配察知』のスキルを使っても、敵を発見することはできなかった。
何かないかと考えた時、『操闇術』のスキルが頭に浮かんだ。スキルレベルが3になった時に使えるようになった【暗視】の能力である。【暗視】は光を見ているのではなく、別の何かを視覚化しているようなので昼間でも使える。
【暗視】をオンにすると、空に浮かんでいる奇妙な生き物が見えた。三頭身の体形で顔がコウモリに似ている。背中には羽があるが、羽ばたいてもいないのに宙に浮いている。
「何だあれは?」
エレナと河井が俺が見ている方向に視線を向けた。
「何も見えないぞ」
「『操闇術』の【暗視】だ」
エレナは【暗視】を使い、奇妙な化け物の姿を確認したようだ。だが、『操闇術』のスキルを持っていない河井はキョロキョロするだけだった。
エレナが三匹の化け物に向かって、弓矢で攻撃した。意外にも簡単に倒すことができた。姿と気配を消せるという特技は厄介だが、【暗視】が使える者には問題ない相手のようだ。
残った心臓石は水属性だった。
エレナが首を傾げながら尋ねる。
「今のは何だったんでしょう?」
「『異獣知識初級』の情報によると、イービルフェアリーという異獣らしい。精霊の卵が邪気を吸収して変異したものだ」
『異獣知識初級』で脳に刻まれた情報は、何かきっかけがないと引き出せない。普段は異獣の姿を見れば、知識にアクセスできるので問題はないのだが、正体不明の異獣を推理する時には使えないので不便だ。
先ほど引き出された情報から、精霊の卵というものが存在することが分かった。もしかしたら、あの巨木のところに精霊が居るのかもしれない。
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