第26話 星四つのスキル
俺の身体を激痛が襲った。纏めてレベルアップすると、激痛も倍化するようだ。だが、ミノタウロスを倒した時ほどではなかった。
【レベルアップ処理終了。ステータスを表示します】
緑の泉の中で、俺の身体がゆっくりと沈み、泉の底にあった巨大な水晶のような物体に触れた。
【デルギオスエリアの制御石に触れました。あなたに選択肢が与えられます】
例の声が言った選択肢とは、守護者を倒し制御石に触れた者に与えられる報酬みたいなものらしい。あの声は三つの選択肢を示した。
一、スキル一覧からスキルポイントなしで任意のスキルを一つ習得。
二、トレントから襲われなくなる護符を作る知識を得る。
三、制御石を破壊し、一〇年間トレントが増えなくなる期間を得る。
泉の底に横たわる俺は、三つの選択肢について考えた。スキルポイントを消費しないで新しいスキルを習得できるのは魅力的だった。
俺にとってはあまり価値がないが、トレントから襲われなくなる護符というのは、低レベルの探索者にとって魅力的だろう。
そして、最後の制御石を破壊し、トレントが増えなくなる一〇年間を得るという選択肢は、一考する価値がある。ただ一〇年間という期限付きなのが不満だった。
考えた末に、スキルの取得を選んだ。理由は樹人区が東上町から離れた場所だったからだ。その距離を考えると、ここを利用できるのが探索者だけに限られるのではないかと思ったのだ。
そうなると、どのスキルを選ぶかである。島を脱出してから、今回のレベルアップまでに選択できるようになったスキルは、『軽身功☆☆』『鍛冶☆』『超速思考☆☆☆☆』である。
この三つは星付きのスキルであり、『鍛冶』は星一つで『3』、『軽身功』は星二つで『9』の取得ポイントが必要になる。
そして、星四つの『超速思考』はいくつの取得ポイントが必要か分からない。しかし、このスキルは欲しいと思った。
普通なら大量の取得ポイントを消費しないと手に入らないはずなので、絶好のチャンスだった。俺はスキルポイントなしで星四つの『超速思考』を取得する選択をした。
俺の脳にスキルの情報が流れ込んだ瞬間、俺の身体は限界に達したようだ。血を流しすぎて意識が段々と遠のくのが感じられ、何も分からなくなった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、エレナはプラスチック工場の外で身を潜め、コジローが出てくるのを待っていた。だが、時間が経っても出てこない。
嫌な予感を覚えたエレナは、行動を起こすことにした。また非常階段を登り、工場内部に入ったのだ。中に入って最初に気づいたのは、あの怪樹バオバブが消えているということだ。
「コジローさんが倒したのね。でも、彼はどこに?」
分裂の泉に浮かんでいるコジローを発見した。そのコジローに一匹のトレントが近付いている。エレナは弓を構え、トレントの頭を射抜いた。だが、それだけではトレントを仕留められない。
エレナは通路から下に飛び降りた。全身の骨がきしむような衝撃に耐えながら着地して、牛刀を取り出す。トレントに走り寄ると、牛刀で幹に斬りつけた。
何度も何度も斬りつけトレントの幹を切断する。トレントが心臓石に変化した。
「コジローさん」
呼びかけながら、コジローを分裂の泉から引き上げる。生死の確認をすると、息があるのが確かめられた。
「良かった。生きてる」
エレナは泣きそうになったが、そんな場合じゃないと気を引き締めた。気を失っているコジローを起こそうとした。だが、コジローは目覚めない。
エレナは周囲を見回し、トレントたちがゆっくりと近付いているのに気づいた。
「逃げなきゃ」
コジローを背負ったエレナは、歯を食いしばりながら工場の出入り口へと歩き始めた。トレントたちはエレナを追いかけ始める。
必死で足を速めるエレナは、工場を出てトレントを引き離した。
「エレナ!」
黒井の声だった。声の方に視線を向ける。五階建てのマンションのベランダから身を乗り出している黒井の姿が目に入る。
そのビルから二之部が飛び出してきた。
「エレナさん、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。でも、コジローさんが」
「おれが担ぎます」
二之部がコジローを受け取り背負った。武藤たちはマンションの三階に隠れていた。階段を登り部屋に入ったエレナは、武藤がソファーに座り足の手当を受けている姿に気づいた。
二之部が背負っていたコジローを大きい方のソファーに横たえた。
「コジローはどうしたんだ?」
武藤が痛みで顔を歪めながら尋ねた。
「武藤さんたちを逃がす時間稼ぎするために、あの大きな木の化け物に戦いを挑んだんです」
武藤と黒井、二之部が顔を伏せた。
「済まねえ、コジロー。俺たちが余計な真似をしたばかりに」
武藤たちはガソリンを確保した後に、エレナたちと合流しようと探していたらしい。
「でも、どうやって?」
「黒井は『嗅覚増強』のスキルを持っている。匂いで追跡していたんだ。だけど、プラスチック工場近くで匂いが途切れていて、あのプラスチック工場に入ったんじゃねえかと思って覗いてみたんだ」
エレナはコジローからもらったポーションを思い出して、ポーチから小さな瓶を取り出し武藤に渡した。
「これは何だ?」
「細胞活性のポーションよ。傷が治るから飲んで」
「コジローに飲ませた方がいいんじゃねえか」
「コジローさんに傷はないから大丈夫、武藤さんには必要よ」
武藤は恐る恐るポーションを飲んだ。その効き目は驚くほどだった。一〇分もすると、武藤は歩けるようになった。
「凄えな。こいつも『心臓石加工術』で作れるんだろ。おれもスキルレベルを上げなきゃいけねえな」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その時、俺は目を覚ました。肺に溜まっていた液体が口から吐き出された。
「ガハッ、グホッ……」
「コジローさん、大丈夫ですか?」
エレナが心配そうな顔で、俺の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫だ。俺はどうなったんだ?」
「分裂の泉に浮かんでいたんです」
俺は思い出した。急いでステータスを確認する。
【氏名】マキ・コジロウ 【職業】学生 【レベル】25
【筋力】40 【素早さ】34 【体力】35 【器用】33 【脳力】21 【超感覚】25
【スキルポイント】34 〔スキル選択〕
【アクティブスキル】『投擲術:6』『斧術:5』『心臓石加工術:6』『気配察知:3』
『小周天:6』『棍棒術:6』『操炎術:4』『操闇術:3』
『刀術:3』『探査:2』『超速思考:1』
【パッシブスキル】『物理耐性:7』『毒耐性:4』『精神耐性:5』
『超速思考』のスキルが増えている。夢ではなかったようだ。スキルレベルもすべて一つずつアップしていた。中でも『物理耐性』が上級者クラスを超え、名人クラスになっている。
個体レベルが『25』で筋力が『40』ということは、通常の五倍程度のパワーを出せるのではないだろうか。パワーリフティングの世界記録並みの重さがあるバーベルを持ち上げられそうな気がする。
ギネスで五〇〇キロ少しのバーベルを持ち上げたという記録がある。それには及ばないだろうが、四〇〇キロは大丈夫なのではないだろうか。
「俺は分裂しなかったようだな」
「当たり前です。あれは異獣だから分裂するんです」
エレナが怒ったように声を上げた。心配していた俺が、馬鹿なことを言ったので怒ったようだ。
武藤が口を挟んだ。
「あの工場で何が起きたんだ?」
俺は怪樹バオバブと戦い、倒した後に分裂の泉に落ちたことを話した。
「泉の中で変な経験をした」
例の声が三つの選択肢を告げたことを話した。
武藤たちが真剣な顔で聞いている。俺が星四つのスキルを取得したと聞くとなるほどと頷いた。武藤たちは、どんなスキルを選んだのか聞きたそうな顔をしていたが、秘密だと伝えた。
「二番目か三番目が良かったんじゃないですか?」
二之部が意見を言った。この高校生は脳筋の傾向があるので、俺を非難するというわけではなく、自分ならと考えて言ったようだ。
「トレントが縄張りにしている樹人区は、東上町から遠いだろ。普通の人はここまで来れないと思うんだ。そうなると探索者だけのために、樹人区での危険を減らすことを選択するのもどうかと考えたんだ」
武藤が頷いた。
「そうだな。コジローの選択は間違っちゃいねえと思う」
「それに、もう一つ理由がある」
「何だ、それは?」
「木属性の心臓石だ。こいつからポーションが作れるから、トレントの数を減らしたくなかった」
武藤たちは納得した。エレナが気になった点を尋ねた。
「ところで、星四つのスキルというのは、取得ポイントがいくつ必要なの?」
スキルを取得した時、その情報が脳に刻み込まれる。その情報の中に取得ポイントについても含まれている。
「星四つは、取得ポイントが『81』だ」
「げっ」
二之部が変な声を上げた。それほど多いポイント数だったのだ。
「嘘だろ。個体レベルをいくつ上げればいいんだ」
エレナが答えを素早く計算した。二七回レベルアップしなければ、溜まらない計算になる。それを伝えると、武藤たちは一斉に溜息を吐いた。
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