第27話 加藤医師のレベルアップ
マンションで休憩を取った俺たちは、どうするか話し合った。
「ガソリンは、おれたちが確保したから、このまま戻ったらいいんじゃねえか」
武藤たちはガソリン満タンのワンボックスカーを確保したという。
俺は気にかかることがあって難しい顔をしていた。
「コジロー、どうかしたのか?」
「守護者の心臓石を回収していないのを思い出しただけだ」
守護者と聞いて、エレナと武藤たちも興味を示した。
「今なら守護者もいないし、トレントも少ないはずだ」
黒井が回収しに行こうと言い出した。プラスチック工場から出ていったトレントは、まだ戻っていないそうだ。黒井が見張っていたので、それは確からしい。
二之部が窓から工場へ視線を向けた。
「賛成。どれほどデカイ心臓石か見てみたいしな」
心配そうにコジローを見守っていたエレナが声をかけた。
「体調は戻ったみたいね。武藤さんはどうなんです?」
「おかげさんで、大丈夫だ」
俺たちはマンションを出て、プラスチック工場へ向かった。工場の中には三匹ほどのトレントがうろうろしていたが、武藤たちが倒した。
最初にボロボロになったシャドウバッグを目にして、俺の気持ちは沈んだ。俺が溜息を吐いていると、エレナが守護者の心臓石を見つけた。
「見つけましたよ。大きな心臓石です」
俺は駆け寄り、ボウリングボールほどもある木属性の心臓石を目にした。その大きさには、少なからず感動する。
武藤たちの方に目を向けると、パンツ一つになった二之部が分裂の泉に飛び込むのを目にした。
「何をしてるんだ?」
俺が武藤に尋ねた。武藤は苦笑いする。
「二之部の奴が、底にある制御石に触れれば、例の声が聞こえて選択できるんじゃないか、と言い出したんだ」
ガッカリした顔の二之部が泉から上がってきた。何も聞こえなかったようだ。守護者を倒すことが条件の一つなのだろう。
「何か欲しいスキルでもあるのか?」
二之部は『五雷掌☆☆☆』というスキルが欲しかったらしい。
「それは、どんなスキルなんだ?」
「たぶん雷を操る術じゃないかな。何と言っても、名前がカッコいいのが気に入ってるんだ」
それを聞いたエレナが、残念な人を見るような視線を向け溜息を吐いた。俺はちょっとだけカッコいいと思ったのだけど、内緒にした方が良いようだ。考えてみれば、雷を操る術なら、操雷術という名前になりそうだと気づいた。
俺たちは工場の裏に倉庫があったので、そこも調べてみた。倉庫にはプラスチック製品を作るための材料と完成品の在庫が置かれていた。
完成品の中に栄養ドリンクの瓶のようなプラスチックボトルがあったので、それを六〇本ほど回収した。ポーションを入れる容器が必要だったからだ。
今までは飲み干した栄養ドリンクの瓶を使っていたのだが、ガラス瓶なのでガチャガチャと音がするのが嫌だった。ここのプラスチックボトルは茶色・緑色・青色に着色されており、細胞活性・解毒・免疫強化を分けるのにちょうど良い。
エレナもプラスチックボトルに気づいたようで、自分のバックパックに数十本入れた。武藤たちは気に入ったものがなかったようだ。倉庫を出てプラスチック工場から離れた。
俺たちは、武藤たちが確保したワンボックスカーで東上町に戻った。ワンボックスカーからガソリンを抜いて、加藤医院へ行く。
「先生、居るか?」
武藤が病院の入り口で大声を上げた。奥で人の気配がして、加藤が出てきた。
「五月蝿いな。大声を出すな」
「先生、ガソリンを持ってきましたよ」
俺はガソリンの件を報告し、加藤がどうやってレベルアップするかを話し合った。
翌日、俺とエレナは加藤を下条砦に連れてきた。その時、発電機と除細動器を一緒に運ぶ。砦には武藤と佐久間が待っていた。
「武藤さん、用意はできている?」
「ああ、バッドラットを捕まえてきたぞ」
武藤は仲間と一緒にバッドラットを捕獲した。生きたまま紐で縛って袋に入れてきたようだ。
俺はクロスボウを加藤に渡す。加藤は渋い顔を見せた。
「レベルアップは、どれくらい痛いんだ?」
「聞かない方がいいですよ」
加藤は勢いよく息を吐きだし気合をいれたようだ。
砦の外では、黒井が手に袋を持って立っていた。その袋の中にバッドラットが入っているらしく、もぞもぞと動いている。
加藤の視線が黒井の持つ袋に釘付けになっている。
「バッドラットを地面に置け」
武藤の指示で、黒井が袋を地面に置いて離れた。俺たちは発電機を起動させ除細動器の用意をした。使い方は加藤からレクチャーを受けているので問題ない。
本当はAEDがあれば良かったのだが、東上町にはなかった。農家や一般住宅が多い土地柄なので、二〇万円以上するようなAEDを備えている家はなかったようだ。
小鬼区や獣人区で探せば見つかっただろうが、武藤たち探索者にとって必要がなかったので探さなかったのだ。
青い顔をした加藤は、クロスボウを構えバッドラットの入った袋を狙った。引き金が引かれ短い矢であるボルトが袋に突き立つ。バッドラットの断末魔が上がった。
突然、加藤が倒れた。俺たちには、激痛を堪えている様子を見守ることしかできない。心配した不整脈も起こらず、加藤は耐えきった。
「先生、大丈夫ですか?」
エレナがホッとした様子で声をかけた。
「ううっ……酷い目に遭った。でも、何とか乗り切ったようだ」
「ステータスが見えていますか?」
「ああ、見えている」
「まず、スキルの選択で『毒耐性』を選んでください」
俺はやり方を詳しく教えた。加藤は無事に『毒耐性』のスキルを取得した。他のスキルは『物理耐性』と『心臓石加工術』を選んだようだ。
加藤は実際に『毒耐性』のスキルを得て、東上町の住民をレベルアップさせる案を町内会で提案すると告げた。健康な一定年齢以上の者なら、『毒耐性』のスキルを手に入れるべきだと思ったようだ。
後は町内会に任せることにして、俺とエレナは保育園に戻った。
「コジローさん、これからどうしますか?」
「とりあえず、俺たちが生き残ること、それに万一の場合に備えてスキルを使いこなせるようにすることに、努力を集中させようと思う」
一年分の食料は確保したが、それでも野菜や卵・肉は必要だ。育ち盛りの子供たちがいるのだから。
「吉野さんが、命を助けてくれた御礼に、ビニールハウスの一棟を自由に使ってくれと言ってましたよ」
「そいつはいい。そこで野菜を育てよう」
吉野のビニールハウスは、一棟の広さが一〇アールだ。保育園の人数が俺を入れて一五人なので、少し足りないとエレナは言う。
「どうすればいいと思う?」
「農地を増やすには、空き家を潰すのが手っ取り早いけど、町内会が承知するかどうかが問題だな」
「そうね。町内会の人たちが納得するのには、時間がかかりそう」
町内会の一部は、未だに日本政府が助けに来てくれると信じている。異獣を一掃し平和な日本を取り戻してくれると思っているのだ。それで勝手に他人の土地を収奪するような違法行為は、許されるべきではないと考えているらしい。
「そうなると、小鬼区で農地を確保するしかないな」
「どうやって?」
「あそこの守護者を倒して、ゴブリンから襲われなくなる護符を作る知識を手に入れるんだ。それなら、小鬼区の土地を安全に使えるようになる」
俺とエレナは、小鬼区の守護者を倒すためにスキルの修業を始めた。
最初に始めたのは、『超速思考』の調査である。新しく手に入れた星四つのスキルだ。このスキルは俺の思考速度を数倍に高める機能を持っていた。
使ってみて感じたのは、身体が思うように動かせないという事実だ。脳の処理速度が上がったので、自分の出せる最大速度が、緩慢に感じられるのである。
豪肢勁を使えば少しマシになるが、それでも遅いと感じられた。考える速度が上がっても、身体が速く動けないのでは、戦闘に使えない。俺は考え抜いた末に、解決策を絞り出した。
といっても、至ってシンプルな解決策だ。無駄な動きを除き、豪肢勁の練度を上げるというものだ。これは反復練習するしかなかった。
『超速思考』を起動させながら棍棒術に含まれている型に似た動きをひたすら練習した。その練習は俺の体力を急速に消耗させた。一〇分も練習すると息が苦しくなり、頭がぼんやりしてくる。
休んでは練習するということを繰り返し、一ヶ月が経過した。その間に修業ばかりしていたわけではない。吉野から使うことを許されたビニールハウスを整備して、春になったら野菜の種蒔きができるように準備をした。
その他にも、武藤たちと協力して山にある間伐材の切り出しを行った。これは山の整備と同時に次の冬のための薪を用意するためである。
、
俺とエレナは修業ばかりしていたのではなく、オークやワイルディボア、トレントを相手に実戦も行っている。
ある日、ワイルディボアと戦っていて、戦棍の一撃を放った時に身体の動きと豪肢勁による気の流れがシンクロし、爆発的な力が発揮された。
ワイルディボアの硬い頭蓋骨が戦棍の一撃で粉砕され、巨体が一回転した後に心臓石に変化した。
「わっ、何をしたんです?」
弓を構えていたエレナが、驚いて大きな声を上げた。
「どうやら、クリティカルヒットが出たみたいだ」
俺の修業は着実に成果を上げ、戦棍の一撃でワイルディボアを倒すだけの威力を生むこともできるようになったらしい。
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