第17話 生木と薪

 ホームセンターから戻った佐久間は、ちゃんとした炉台と遮熱壁を作ってくれた。この炉台と遮熱壁というものは、薪ストーブの熱に長時間さらされることによって、徐々に周りの木材などが炭化していく現象を防ぐものである。単に火事を防ぐだけの役割ではないのだ。


 また、窓に仮で取り付けた煙突も隙間風が入らないようにちゃんとしてくれた。

 保育園に薪ストーブがあると知られるようになると、周りの住人が集まるようになった。


 子供や主婦たちは良いのだが、酒を持ち込む男たちも集まるようになり子供に悪い影響を与えると、園長が悩むようになった。


 男たちのリーダーは、元漁師で探索者をしている武藤という中年男性である。この武藤を中心に集まっているのは、同じ探索者である青年たちだ。


「土井園長、済まねえな。寒いのを我慢して集会場で話し合いをしていたんだが、若い奴らが我慢できねえって言うんだ」


 集会場とは元ペンションだった建物で、二〇人ほどが集まれる建物である。そんな寒い建物の中で集会を開くには酒が必要だったというのも分かる。


「でもね。毎日集会を開いているわけじゃないんでしょ。それに集会なら酒は必要ないんじゃないの」

 武藤が禿げ上がった頭を撫でた。

「園長はそう言うけど、若い奴らには酒を飲まなきゃやってられない、という気持ちもあるんだ」


 東上町の若者たちには、行政から見捨てられたという気持ちがあるらしい。酒を飲むと東下町に居る市長たちに対する愚痴を零している。


 俺は一つ疑問に思うことがあった。

「武藤さん、一つ聞いてもいいか?」

「いいぞ」

「その酒だけど、毎日飲むほどあるのが不思議なんだけど」


 武藤がニヤリと笑った。

「ふふふ……、この町には一つだけいいことがある。何と、耶蘇市で唯一の酒造メーカーがあるんだ」


 俺も聞いたことがある。『渡雪盛』という日本酒を作っている渡雪酒造だ。とはいえ、俺は二〇歳になったばかりで酒は、ビールぐらいしか飲まない。渡雪酒造のことは完全に忘れていた。

 日本酒だけは一年間飲み続けても尽きないほどあるらしい。


「集会場に薪ストーブを設置すればいいだけじゃないの」

 エレナが武藤に言った。

「おいおい、薪ストーブがどこにあると言うんだ?」


 異獣が出現し始めたのが夏であり、ホームセンターに残っていたのは去年の冬の売れ残りだろう。

「ちゃんとした薪ストーブじゃなくても、何か別のものを使って薪ストーブにすればいいんじゃないか?」

 俺がアイデアを出した。


 武藤が考え込んだ。しかし、思いつかなかったようで俺に尋ねた。

「例えば、どんなものを使うんだ?」

「そうだな……スチール製のドラム缶なんかはどうだろう」


「ドラム缶か……大きすぎるのはダメだな。五〇リットルか、六〇リットルくらいのドラム缶なら良さそうだ」

 武藤は酒を飲んでいる若い連中を集め相談を始めた。


 翌日、どこからか探してきたドラム缶をタガネなどを使って加工し、薪ストーブらしきものを作ったようだ。煙突は直径一〇センチほどの鉄パイプがあり、それで代用したらしい。


 そのドラム缶改造薪ストーブは東上町で流行り、小さなドラム缶を改造して家庭用の薪ストーブを設置する家が増えたという。

 問題は薪ストーブが増えたことで、燃料である薪が大量に必要になったことだ。


「どうすればいいと思う?」

 武藤がいきなり保育園に来て、俺に質問した。

「いきなり来て、何だよ。探索者の皆で考えればいいだろ」


「あいつらが頼りないから、相談に来たんじゃねえか」

 集会で出された案は、山の木を切って薪にするというものだった。林業の常識を知らない若い世代は、木を切ればすぐに使える薪になると考えたようだ。


 俺も詳しくは知らないが、島での生活でサバイバル技術と知識は増えている。生木は乾燥させないと薪として使えないということは知っていた。


「この町には、林業をしていた人は居ないの?」

「残念ながら、全員死んだ」

 林業は高齢化が進んでいたようだ。全員が毒で死んだのである。


「コジローも集めた薪がなくなったら、困るんじゃねえか」

 武藤は俺のことをコジローと呼ぶ、子供たちがコジローと呼んでいるからだろう。


 俺も考えていないわけではなかった。最終的には山から木を切り出して乾燥させ、薪にすることになるだろう。しかし、それは次の冬の分だ。


「山から木を切り出す必要があるとは、思っている」

 武藤がお前もかという顔をした。

「乾燥しなけりゃ薪に使えないのは知っているよ」

「だったら、今切り出しても使えないのは分かっているだろ」


「次の冬の分だよ。今必要な薪は、小鬼区の家を壊して手に入れるしかないと思っている」

 武藤がショックを受けたような顔をする。

「あれは他人様の家だぞ。勝手に壊したら弁償……」


 武藤は、それを取り締まる警察も裁判所も機能しなくなっていることを思い出したようだ。

「……人が住まなくなった家は、傷みが早くなるというからな。いっそ壊した方がいいのか」

「壊した後に、植樹するのもいいんじゃないか」


 コンクリートの土台には植樹できないが、庭の部分に植樹して木を増やすのも、面白いと考えた。

「植樹だと……コジローは今の状態が何年も先まで続くと思っているのか?」

「さあ、俺には分からない。でも、助けが来るまでは、この状態が続くと考えた方がいいと思う」


 武藤が苦い顔をして唇を噛み締めた。

「次の集会から、コジローも参加してくれんか?」

「集会はいつなんです?」


「土曜の夜だ」

「毎日、集まっているみたいだけど」

「あれは酒飲みの会だ」

 しょうもない連中だ。酒を飲む暇があるなら、生活を改善しようと努力すればいいのに、そう思った。


 俺とエレナは、小鬼区のスーパーにあった食料をすべて保育園に運び一年分の食料を確保した。野菜は元々農業をしている吉野という人から分けてもらっている。


 その代わりに畑仕事や水汲みを手伝っている。吉野はナスのハウス栽培で成功した人物で、五つの大きなビニールハウスを所有している。


 だが、電気が止まりガソリンの残りもなくなったので、機械が動かせなくなり育てていた野菜はほとんどダメになったという。それでも家族で消費する以上の野菜は残っており、保育園にも供給してもらっている。


 この東上町には、吉野のように農業をしている人々が二〇〇人以上も居て、それらの人々に労働力を提供することで食料を得ている人々が多い。


 ただ野菜や穀物はいいのだが、肉や卵は生産量が少ないという。鶏を飼っている農家もあるのだが、本格的に養鶏をしている者は居らず、保育園では滅多に食べない。


 ちなみに漁業は全くダメだそうだ。燃料がなくて船が出せないらしい。釣りくらいはできるが、冬の悪天候と釣り針不足などが重なり、武藤は諦めて探索者をしているそうだ。


 ある日、武藤が保育園に来て一緒にホームセンターへ行ってくれないかと頼んだ。俺がホームセンターへ行っているのは、佐久間に聞いたらしい。


「武藤さんも探索者でしょ。ホームセンターくらい……」

 とんでもないと武藤が首を振った。どうやらオークと戦って勝てるのは、探索者の中でも少ないらしい。


 聞いてみると探索者をしている者たちのレベルは、『05』~『10』だという。小鬼区を中心に活動しており、彼らにとってオークの居る獣人区は荷が重いそうだ。


「ホームセンターに何の用があるんです?」

「釣り道具が欲しいんだ。それに大工道具も揃えたい」

 漁師なのに釣り道具が欲しいというのは不思議に思った。家にあるのではないかと思ったのだ。だが、網で漁をしていた武藤の家に、釣り道具は少ししかないそうだ。


「いいですけど、武藤さんだけですか?」

「うちの探索者三人を連れていきたい」


 釣り道具に関しては、俺も欲しいと思っていたので同意した。島では魚ばかり食べていたが、ここ数日食べていない。そうなると、食べ飽きたはずの魚が食べたくなった。


 武藤に同行するのは、柏木かしわぎ黒井くろい二之部にのべの三人だ。柏木は二〇代後半の水道局の事務員、黒井は二〇代前半のトラック運転手、二之部は一八歳の高校生だという。


 エレナは弓の練習がしたいというので、俺と武藤たち四人で出発した。


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