第16話 水汲み
翌朝目覚めると、薪ストーブの火が小さくなっていた。寝る前に入れた大きめの薪がほとんど灰になっている。俺はストーブに薪を足した。
部屋が暖まり始めると、子供たちが目を覚ました。エレナたちは外に居るようだ。俺も外に出た。庭には園長と三人の保育士が話をしている。
「おはようございます」
俺が挨拶をすると、四人が挨拶を返す。エレナと石神の二人がポリタンクを持って出かけようとしていた。
「水汲みに行ってきます」
エレナが教えてくれた。東に行った山の麓に綺麗な湧水があるらしい。保育園で使う飲水は、そこから汲んで来るという。水道も止まっているのだ。
「それじゃあ、俺が汲みに行きます」
「いいの? ……あたしたちは助かるけど」
保育士たちにとって、水汲みは重労働だったようだ。俺は薪ストーブの火の番を園長に頼んで二〇リットルのポリタンクを二つ持った。
エレナの案内で、
「水汲みか?」
「ええ、佐久間さんは下条砦へ?」
「そうだ。そういえば、薪ストーブの件があったな」
「今日にでも、保育園に寄って何が必要か、調べておいてもらえませんか?」
「いいぞ、これから行って調べてやるよ」
佐久間と別れ、俺たちは龍髭湧水へ歩き出す。三〇分ほどで山の麓に到着し五分ほど山道を登る。山道の終点に高さ七メートルの龍の頭のような岩があり、その二メートルほどのところから湧水が湧き出していた。
水量はシンガポールで見たマーライオンと同じくらい出ている気がする。湧水の出口は二箇所あり、それが小さな滝のようになっている。遠くから見ると、湧水が龍の髭のように見えた。
「これが、龍髭湧水です」
エレナが誇らしそうに告げた。この湧水は有名な湧水のようだ。
「ここから飲水を汲んでいるのか、大変だな」
エレナがコクリと頷いた。
「でも、水道が止まったから、仕方ないんですよ」
水道は停電した少し後に使えなくなったらしい。
俺はポリタンクに水を入れた。二つで四〇リットルである。人間は一日二~三リットルの水が必要だと言われているので、保育園の人数だと少なくとも一日置きに汲みに来なければならない。
「帰りましょうか」
エレナの声が聞こえた。俺は頷いてポリタンクをシャドウバッグに入れて影空間に沈めた。
「その能力を秘密にしているのは、なぜです?」
「知られると、運送業者みたいことを頼まれそうじゃないか」
自動車などの運搬方法がない世界では、非常に便利な能力である。頼られることが増えるだろう。
保育園に戻って水を届けた後、俺とエレナは二輪運搬車を押して下条砦に向かった。下条砦の見張り番をしている佐久間から、話があると伝言を受け取ったのだ。
砦に到着した俺たちは、佐久間の話を聞いた。
「ちゃんとした炉台と遮熱壁を作るには、レンガと耐熱タイルを使うのがいいと思うんだ」
「それじゃあ、レンガと耐熱タイルを運んでくればいいんですね」
「ああ、俺も一緒にホームセンターへ行って選んでやる」
佐久間も一緒に行くというので、三人でホームセンターへ向かうことになった。俺は一度海岸の方へ行ってから西へと向きを変えた。
「何で、こんな遠回りをするんだ?」
不思議に思った佐久間が尋ねた。
「海岸の方が、異獣が少ないんです。特に犬山農業協同組合には近付かない方がいい」
佐久間とエレナが驚いた顔をする。
「犬山農業協同組合に何かあるんですか?」
エレナの問に、俺は顔をしかめて答えた。
「あそこはゴブリンの巣になっている。絶対近付いちゃダメだ」
ミノタウロス級の化け物がいるかもしれないということは伝えなかった。目で見て確認したわけではなかったからだ。
海岸沿いの道を一〇分ほど進んだ頃、ゴブリン二匹に遭遇した。
「どうします。俺が片付けますか?」
俺は牛刀を取り出して言う。
「いや、一匹は俺が殺る」
「だったら、私がもう一匹を」
エレナは弓を取り出した。少しだけ練習し、矢を射ることはできるようになったらしい。佐久間の武器は金鎚だった。
「商売道具を武器にしていいのか?」
俺が訊くと、手に馴染んだものが一番だという。
エレナが弓に矢をつがえ、ゴブリンを狙う。矢が弓を離れ、ゴブリンの腹に命中した。倒れたゴブリンが路上でのた打ち回る。
もう一匹は棍棒を持って襲ってきた。佐久間は前に出て迎え討つ。棍棒と金鎚の戦いは、金鎚に軍配が上がった。金鎚がゴブリンの頭に命中し頭蓋骨を陥没させたのだ。
エレナは二の矢を放ち、倒れているゴブリンの息の根を止める。
「お見事」
俺はエレナを褒めた。的に矢を当てただけでも立派である。
「弓は私に合っているみたいです」
褒められたエレナは、嬉しそうに笑顔を浮かべた。エレナは心臓石を拾い上げる。
「そんなものを拾って、どうするんだ?」
佐久間は『心臓石加工術』を知らないようだ。スキルが選択できるようになる順番は、人によって異なるらしい。ただ『毒耐性』だけは最初に取得できるようになるという。
エレナが手に入れたばかりのスキルについて、佐久間に教えた。まだ実際にはできないが、知識だけはスキルを取得した時に手に入れている。
「ほう、便利なのだな。おれも欲しくなったぜ」
佐久間が心臓石を拾い、大切そうにポケットに仕舞った。それから小鬼区を抜けるまでに五匹のゴブリンと遭遇し、エレナと佐久間が倒した。
「くっ」
ゴブリンを倒した直後、佐久間が苦しそうな表情を浮かべた。その表情を見て何が起こったのか分かった。レベルアップしたのである。レベルアップは嬉しいのだが、この苦痛は非常に危険だった。
もし、複数の敵と戦っている時にレベルアップが起きたら、異獣に殺されるかもしれない。島で一人で戦っていた時に、そんなことが起きなくて良かったと思う。
特に初めてレベルアップした時の苦痛は凄まじいので、その時に殺された者も多かったのではないか。
佐久間の苦痛が治まった後、出発した。
「これか」
隣からだみ声が聞こえた。どうやらスキルの選択画面に『心臓石加工術』が出てきたようだ。佐久間は即行で取得したらしい。
「佐久間さん、こんなところでスキルの選択なんてやっていると、危険だぞ」
「悪い。こういうのって、いくつになっても楽しいじゃねえか」
その気持は分からないでもないが、突然異獣に襲われる危険があるのだ。慎重に行動した方がいい。そう注意してから、島では無茶なレベル上げをしていたので、注意する資格はないと反省した。
獣人区に入りオークと遭遇するようになると、俺が相手をするようになった。エレナの弓や佐久間の金鎚では、オークに致命傷を与えられなかったからだ。
俺がオークを一撃で仕留めると、佐久間が賞賛の声を上げた。
「凄いな。東下町の探索者並みに強いじゃないか」
「そうなの……東下町の探索者って、強いのか?」
「ああ、市長の奴が体格のいい連中を集めて、特別な探索者を育てたんだ。魔法が使える者も居るらしいぞ」
魔法というのは操術系スキルのことだろう。俺が操術系スキルを選べるようになったのは、レベルが『10』に上がってからだから、少なくとも『10』以上のレベルにある探索者が居るということだ。
ホームセンターに到着し、佐久間は必要な材料を集め二輪運搬車に積み込んだ。ついでにアウトドア用品の売り場で小型の薪ストーブを探し出して積み込む。ステンレス製の軽いものである。
「佐久間さんも薪ストーブですか?」
「ああ、保育園に入って羨ましくなったんだ。おれの家も寒いんだよ」
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