第15話 薪ストーブ

 この薪ストーブは目玉商品として仕入れたが、売れ残ったものじゃないかと推理した。

 薪ストーブはシャドウバッグより大きく、中に入りそうにない。煙突部分は分解すれば入りそうだったので、シャドウバッグには薪と煙突を入れる。針金や不燃材ボードもあったので追加で入れた。


 どうやって薪ストーブを運ぶか考えながらホームセンターの中を歩いていると、重い荷物を運ぶ大型のキャリーカートのようなものを見つけた。

 これは二輪運搬車と呼ばれるもので、重いものも運べるようだ。


 俺は二輪運搬車を薪ストーブのところまで押して行き、ストーブを載せてロープで固定する。一階まで下ろすのに苦労したが、それからは簡単だった。


 なるべく海に近い道を通って下条砦まで戻ってきた。

「コジロー、何を持ってきたんだ?」

 佐久間が気安い感じで尋ねる。


「薪ストーブですよ。保育園は寒いから」

「ほう、いいもの手に入れたな。煙突の取り付けとか手伝ってやろうか?」

「やったことがあるんですか?」


「いや、経験はないけど、俺は大工なんだぜ」

「そうなんだ。その時は頼みます」


 俺は二輪運搬車を押して保育園まで戻った。子供たちが集まってきて、口々に何を運んできたのか尋ねる。

「これは薪ストーブ、冬は寒いからストーブが必要だろ」


 コレチカが薪ストーブをペチペチと叩いた。

「冷たい……」

「今はね。だけど、この中で火を焚けば暖かくなるんだ」


 エレナが俺の声に気づいて庭に出てきた。

「お帰りなさい。弓はありましたか?」

「もちろん、これだ」


 俺はバックパックから弓を三本取り出した。弓の数え方は弓道部だった友人から教えてもらった。弦を張っていない状態の弓は『本』、張っている状態のものは『はり』と数えるようだ。


「これはどうやって組み立てるんです?」

「中に説明書が入っているから、それを読めば分かると思う」

「分かりました。後で読みます。ところで、それは薪ストーブですか?」


「ああ、子供たちが寒そうだったから、必要だと思ったんだ」

「ありがとうございます」


 俺は薪ストーブを遊戯室に運んだ。あれっ、このまま床に薪ストーブを置いて火を焚いたら、床が焦げるんじゃないか。そのことに気づいた俺は、隣の家でレンガを見た記憶を思い出す。


 俺は空き家になっている隣の家に行って、庭の花壇からレンガを掘り出して持ち帰った。窓に近い床にレンガを置いて、その上に薪ストーブを置く。本来なら炉台と遮熱壁が必要なのだが、今日は試すだけなので仮置ということにする。


 誰もいない乳児室へ行って、シャドウバッグから煙突や薪、不燃材ボードを取り出して床に置く。それらは遊戯室へ運んだ。


 薪ストーブの近くにある窓を一つ外して床に置く。その開いた部分から煙突を出す。煙突は針金で固定した。煙突の固定が終わり、窓の隙間を不燃材ボードで塞ぐ。完全に塞げたわけではないので、隙間風が入ってくる。


 後日、大工だという佐久間に、ちゃんとしたものを頼むしかない。

「コジロー兄ちゃん、できたの?」

 コレチカが尋ねた。


「できたぞ。これから火をつけてみるから、ちょっと離れていろ」

 子供たちが薪ストーブから離れたのを確認してから、ガラス窓付きの扉を開けて近くにあった新聞紙を丸めて中に入れる。


 その新聞紙にライターで火をつけ、ホームセンターから持ってきた薪を並べる。薪に火がついたのを確認してから扉を閉めた。エアーコントロールレバーを調整して空気を最大限入れるようにする。


 薪ストーブの扉を閉めた頃、また子供たちが近寄ってきて火を見守る。段々と部屋の空気が温まってきて、羽織っているジャンパーを脱ぐ。


 子供たちにも脱ぐように言った。その時、エレナが遊戯室に入ってきた。

「温かい。ストーブを使っているのね」

 そう言うと子供たちが上着を脱ぐのを手伝い始めた。


 一人の幼児が薪ストーブに近付き始めた。俺はその子を抱えるようにして止めた。

「ダメだぞ。ストーブに近付きすぎると、火傷するかもしれないんだ」


「やけど?」

「そうだ。とっても痛くなるから近付きすぎちゃいけない」

「うん、わかった」

 可愛い子だった。六歳くらいのメイカという女の子だ。


 俺はベビーベッドを利用して、薪ストーブを囲み子供たちが近付きすぎないようにした。

 しばらくして、土井園長たちが食事を運んできた。

「まあ、温かい。年寄りは寒さに弱いから助かるわ」


 薪ストーブを囲むようにして夕食が始まった。何となく子供たちの笑顔が三割増しになったような気がする。食事を終えた俺は、薪ストーブの前で火の番をしながら、バックパックからいくつかの心臓石を取り出し床に並べた。


「それ、なに?」

 メイカが床に座っている俺の隣りに座って尋ねた。

「これは心臓石というものだ。化け物を倒すと心臓石になるんだぞ」


「へえー、ふしぎだね」

 可愛らしい返答に、俺はニッコリしてオークの心臓石を手に取った。闇属性の心臓石で大きさは直径二センチほど。ホーンラビットの心臓石より大きので、これを元に影空間と同調機能を持つ闇属性の布を生成すると四〇センチ四方の布になる。


「ええっ、石が変わった」

 メイカが大きな声を上げて驚いた。その声で他の皆が集まってくる。


「ねえ、もう一回」

 俺はどんどん心臓石を闇属性の布に変えた。十分な量が貯まると、闇属性の布を大きなシャドウバッグに加工する。長さ二〇〇センチ、幅八〇センチ、高さ九〇センチのバッグである。


「バ、バッグになっちゃった」

「すごい、すごい」

 子供たちがシャドウバッグに入ってはしゃぎ始めた。


 その様子を土井園長と保育士のエレナたちがジッと見ていた。

「凄いわね。それは何というスキルなの?」

 土井園長の質問に『心臓石加工術』のことを教えた。


「摩紀さんが、『心臓石加工術』のスキルを取るように勧めた理由が分かりました」

 土井園長がエレナに視線を向ける。

「そのスキルを取得したのかい?」


「はい。便利だからと勧められたので」

「ふむ。私も欲しくなったわ」

 保育士の中園が疑問の声を上げた。

「でも、そんなに大きなバッグに何を入れるんだい?」


「食料とか薪さ。個体レベルが上がって力が強くなっているから、重いものでも運べるんだ」

 中園が羨ましそうな顔をする。

「いいねぇ。あたしも化け物を倒してスキルを手に入れたいよ」

「もしかして、一匹も異獣を倒してないのか?」


 中園が頷いた。それはまずいのではないか、このまま老いて身体が弱れば毒で死ぬ恐れがあるのだ。絶対に『毒耐性』のスキルだけは手に入れた方がいい。


 俺がそのことを言うと、中園と石神の二人の保育士が困ったという顔をする。

「でも、怖いじゃない。それに凄く痛いと聞くけど」

「痛いのは確かだけど、将来を考えれば『毒耐性』だけは必要だよ」


 二人は異獣が怖いらしい。顔を見合わせためらっている。

「エレナさんも練習を始めるんだけど、弓を始めたらどうかな?」

「弓なんて無理よ」


 試しにエレナに渡した弓を引かせてみたが、ダメなようだ。二人は四十肩だという。

 園長も難しい顔をしている。五〇代を過ぎ体力が衰えると、異獣の毒が効き始めると言われているからだ。


「何か方法を考えないといけませんね。摩紀さんも一緒に考えてもらえますか?」

「いいですよ」


 いつの間にか子供たちが静かになっていた。小さな子供は眠そうに目を擦っている。エレナたちは布団を敷き、子供たちが寝る支度をさせた。今夜は薄着で寝ても大丈夫だ。


 何かを思い出したように、園長が俺に顔を向けた。

「頼まれた遠藤さん一家のことだけど、どうやら東上町には居ないらしいの。もしかしたら、東下町に居るのかも……」

「でも、美咲の両親は、御手洗グループとは無関係なんです」


 園長が悲しげな表情を浮かべた。

「市を出たかもしれないという希望は残っていますよ」

「そうなると、どうやって探し出せばいいのか……」

「そうね」

 探す方法は、園長も見当がつかないようだ。


 子供たちを寝かせた後、俺は火の番をしながら子供たちの寝顔を見守っていた。

「可愛い子供たちだ。この子たちが大人になった頃、世の中はどうなっているんだろう」


 園長が少し悲しげな顔で子供たちに視線を向けている。


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