第14話 ホームセンター

 翌朝、保育園で目覚めた俺は、周りを見回した。子供たちが寝ている。身体を丸めて寒そうに寝ている子供が多い。


「暖房が必要だな。薪ストーブはホームセンターにあるんじゃないか」

 ここから一番近いホームセンターは、天王寺町にある。今では獣人区と呼ばれている場所だ。オークのような動物が人間化したような異獣を獣人と呼んでいるらしい。


 朝食は粉ミルクを使った飲み物だけだった。粉ミルクは大量に買い溜めがあるようだ。片付けを終えたエレナが近付いてくる。

「小鬼区に行くんでしょ。私も行きます」


 エレナの服装は、動きやすいデニムパンツとウインドブレーカーである。それにバックパックを背負い、手には蕎麦打ち棒のようなものを持っている。


「もしかして、棍棒術のスキルを持っているのか?」

「分かりますか。そうなんです。摩紀さんも?」

「持っている。俺に一番合っている戦闘術だけど、棍棒だと殺傷力が低いから頑丈な敵には不向きなんだ」


「そうですけど、選択できる攻撃スキルがこれしかなかったんです」

「そうか。今度弓でも練習した方がいいんじゃないか?」

「弓ですか。手に入りません」


「今日、食料の運搬が終わったら、ホームセンターに行ってみるから、探してくるよ」

「だったら、私も行きます」

「分かった、一緒に行こう」


 俺たちは下条橋へ向かった。下条橋の砦、略して下条砦で見張りをしている佐久間に声をかけて小鬼区に入った。


 スーパーに辿り着くまでに六匹のゴブリンと遭遇した。エレナはゴブリン一匹だけなら倒せるというので、レベル上げのためにも戦ってもらうことにする。


 昨日は二匹同時に遭遇し一匹を倒したが、二匹目に蕎麦打ち棒を弾き飛ばされてしまったそうだ。危ない時には、助けに入れる状態で戦わせると、何とかゴブリンを倒せた。


「本当に大丈夫そうだね。二匹以上の時は、俺が間引くからどんどん戦おうか」

「私のレベル上げに協力してくれる、ということですか?」

「レベルを上げて、小鬼区だったら一人で探索できるようになった方がいいだろう」


 エレナが少し表情を曇らせた。

「やっぱり、摩紀さんは別のところへ行ってしまうんですね」

 『一人で』という言葉を、俺が別のところに行くと受け取ったようだ。


「そういうわけじゃない。まだ将来のことは考えていないんだ。ただ市内を隈なく調べてみようと思っている。そうなると、しばらく保育園を離れることになるだろ」


「それなら、私も頑張ります」

 そう言って笑顔を見せるエレナを、何だか守ってあげなきゃいけないという思いが湧き起こる。恋愛感情というわけではなく、保護欲みたいなものだ。


 スーパーの直前でエレナがゴブリンを倒した時、

「あっ、レベルが上がりました」

 そう言った後に、エレナが苦しそうな表情を浮かべた。身体を改造するような痛みが襲っているのだろう。


 倒れそうになったエレナを抱え上げ、スーパーのバックヤードに運び椅子に座らせる。しばらくしてエレナを襲った痛みが治まった。


「この痛みを毎回耐えなきゃならないんですか?」

「いや、段々と痛みは小さくなるから、心配しなくてもいいよ」

「良かった。取得できるスキルは……『心臓石加工術』? 何か知っていますか?」


「そいつは取得した方がいい。異獣から手に入れた心臓石をいろんなものに加工するスキルだ。便利だぞ」

「そうなんですか。だったら取得します」


 実際の取得は保育園に戻ってからにしてもらい、バックヤードの倉庫にある食料をシャドウバッグに詰めた。米が一二〇キロほどで一杯になる。


 俺は米二〇キロ、エレナは小麦粉一〇キロをバックパックに入れて戻ることにした。重い荷物を担いで下条砦まで戻る。佐久間たちには五キロの米袋を渡す。


「凄いじゃないか。米を見つけたのか」

 佐久間が笑顔になっている。東上町で小鬼区を探索して、食料を持ち帰ることを仕事にしている者は数十人も居るのだが、保存期間が長い米を佐久間たちに分ける者は少なくなっているらしい。


 ちなみに、それらの人々は探索者と呼ばれている。

「何か、ファンタジーかゲームの世界みたいだな」

「皆もそう言ってますよ。世界がゲームの世界になったみたいだって」

 エレナが笑った。どうやら彼女自身も同じことを思っていたらしい。


 保育園に戻り、厨房に食料を置こうとした。だが、置き場所がないことに気づいた。保育園の厨房は狭く大量の食料を置ける空間がない。


「土井園長に相談しましょう」

「そうだな」

 俺とエレナは竈がある場所に向かった。


 土井園長は食事の用意を手伝っていた。

「あらっ、早かったのね」

 エレナが事情を話すと、使っていない乳児室に置いておけば、と土井園長が提案した。現在乳児は居ないので、乳児室は使われていない。


 とりあえず、乳児室に置いてブルーシートをかけておくことにした。シャドウバッグから米袋を積み上げる。

「こんなところに貴重な食料を置いとくなんて、不用心な感じがするな」


 エレナも首を傾げてうなっている。

「そうですね。でも、他に置いておく場所もないし」

「仕方ない。ちゃんとした保管場所は後で考えようか」


 食料を移すと、エレナはスキルの選択を始めた。一つは『心臓石加工術』に決めたようだ。レベルアップすると、スキルポイントが三つ入手できるのはエレナも同じらしい。他に何のスキルを選ぶのかと思ったら、今回は『心臓石加工術』だけで後は貯めるという。


 俺は保育園で昼食を食べ、エレナを残して東上町を出た。小鬼区に入り商店街を少し南へ進み、一〇分ほどで西へと向きを変える。この道を通る方が獣人区のホームセンターに近いのだ。


 ただこの通りは無闇矢鱈むやみやたらにゴブリンが多かった。そのおかげでゴブリン三二匹を投げナイフで仕留めて心臓石を手に入れた。小鬼区の中心にある犬山農業協同組合のビルが目に入った。


「何だ。農協からゴブリンが次々に出てくるぞ」

 農協のビルがゴブリンの棲家になっているようだ。その時、ゾクリとした恐怖を覚えた。あのビルの内部に恐ろしい存在が居る。


 俺の気配察知スキルが、通常の気配以外の何かを捉えた。何かの存在感という曖昧なものだが、氷で作られた刃のように鋭利で精神に突き刺すような感じのものだった。


「あそこにはミノタウロス級の何かが居るな」

 あのビルには近付かない方が良さそうだ。俺は農協を避けて獣人区へ向かうことにした。


 そのビルがある通りから一つ隣の通りに入り西へと進んだ。そうすると、ゴブリンに遭遇する数が減った。

「しかし、あのビルから出てくるゴブリンの数は異常だ。農協のビルに何かあるのか?」


 ゴブリンを倒しながら獣人区へ入る。異獣にはテリトリーがあるようだ。テリトリーの境界線付近には異獣が居らず、そこで休憩または野営することができるかもしれない。


 獣人区を五分ほど歩いた頃、オークに遭遇した。俺は得物を牛刀に変える。牛刀を操るには、刀術の技術を使うのが相応しいのだが、問題があった。


 レベルシステムが刀術と分類している技術は、片手で刀を操る技術である。その技術は奥が深く短期間で習得できるようなものではなかった。


 結果として、俺は棍棒術の技術で牛刀を振り回すような戦い方になった。それでもオークならば倒せる。オークは力任せに牛刀を振り回しているだけだったからだ。


 オークを倒し心臓石を回収しながら進む。見覚えのある建物が見えてきた。耶蘇市で一番大きなホームセンターである。三階建ての建物で、一階が食料品売場になっている。


 確認のために一階の食料品売場に行ってみた。すべてが無くなっていた。バックヤードにも入ってみたが、ここにも食料はなかった。たぶん従業員が持って逃げたのかもしれない。


 食料は諦め二階に上った。二階の奥にスポーツ用品とアウトドア用品を売っている区画があり、そこにアーチェリーショップもあり弓矢を探す。ここも荒らされていたが、食料品売場ほどではない。商品の半分ほどが残っていた。


 俺はショーケースに入れられている弓を見つけた。リカーブボウと呼ばれている洋弓で、矢と矢筒も揃っている。値段の違うものが三種類あり、どれが良いか分からないので三つとも持ち帰ることにした。


「エレナさんに約束した弓矢は、これでいいとして……次は薪ストーブか。確か見たことがあったんだよな」

 一年ほど前にホームセンターで薪ストーブを見た記憶がある。


 俺は昔の記憶を頼りに、二階の奥に向かった。

「あった。薪ストーブだ」


 一つだけ薪ストーブが残っていた。ガラス窓のある四角い薪ストーブである。煙突や薪もあった。その薪ストーブを持ち上げようとして、なぜ一つだけ残っていたのか分かった。


 個体レベルが上ったことで強化された俺でも、持ち上げるのに苦労しそうなほど重いのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る