第13話 見捨てられた町
この保育園は、老齢の園長とおばさん保育士二人、それにエレナで運営していたらしい。しかし、異獣が現れて以来、保育園としては機能していない。
現在、保育園に居る子供たちは、異獣に両親を殺され孤児となった者だそうだ。六人が幼児、小学生が四人である。
俺たちは保育園の中に入り、厨房に食料を置いた。
「エレナさん、これから特別なスキルを使うけど、驚かないで」
エレナが頷いた。
俺は【影空間】を発動し、シャドウバッグを取り出した。エレナが驚いて目を丸くしている。
「何なの、これは?」
「影空間だ。専用のバッグなら、どんなに大量でも仕舞える空間だ」
「そんな便利なものがあるなら、なぜスーパーで使わなかったんです。そうか、あの時は私を信用できなかったんですね」
「そうじゃない。こいつは何でも仕舞えるわけじゃないんだ。この黒いバッグ、シャドウバッグだけしか仕舞えないんだよ」
俺はシャドウバッグからミネラルウォーターと炭酸飲料、缶ビール、パスタ麺、油や砂糖などの調味料を取り出した。そして、空になったシャドウバッグを影空間に沈める。
「凄い、調味料と油がこんなに……」
「もしかして、調味料と油が不足していたのか?」
エレナがコクリと頷いた。その可愛らしい仕草に笑ってしまう。
「使っていいよ」
このプレゼントは、大いに喜んでくれたようだ。
俺とエレナは、事務室に入った。そこで話を聞くことにしたのだ。中には土井園長が居た。
「おやっ、その方は?」
「ゴブリンから私を助けてくれた摩紀小次郎さんです。こちら土井園長です」
「土井孝美です。エレナ先生を助けてもらったそうで、ありがとうございます」
それからエレナへの説教が始まった。どうやらエレナが勝手に小鬼区へ探索に出ていたらしい。現在、食料は周りの農家などから分けてもらっているのだが、いつまで分けてもらえるか不安になったエレナが、一人で決意して探索に出たようだ。
俺とエレナは小鬼区での出来事を話し、食料を持ってきたことを伝えた。
「本当に、ありがとうございます。行く宛がないなら、この保育園に泊まってください」
「いいんですか?」
「ええ、保育士が女性ばかりなので、少し不安だったのです。摩紀さんが居てもらえれば、心強い」
土井園長から、保育園の現状を聞いた。行政から何の援助もなく困っているようだ。
「役所は、何をしているんです?」
「市役所が東下町へ引っ越しましたが、東上町に公的機関はありません」
「だったら、誰が町を纏めているんです?」
エレナが暗い顔をする。土井園長も溜息を吐いた。
「町内会長を始めとする年寄りは、異獣の毒で亡くなりました。旧市役所に行って、毒にやられたんです」
異獣は東砂川より西で発生しているそうだ。そして、異獣は水を嫌うようで川を渡ろうとしない。
「それで、市役所は東下町に引っ越したのか。でも、橋を渡って東下町に異獣が侵入したんじゃないか?」
「御手洗市長が、鉄道橋だけを残して、東砂川に架かっている橋を爆破するように命じたんです」
異獣を侵入させないためには、ベストな方法だろう。だけど、なぜ下条橋はまだ架かったままなんだ? もしかして、東上町は見捨てられたのか?
俺はエレナに説明を求めた。
「爆薬が足りなかったというのも原因の一つですが、御手洗市長は東上町の住民を見捨てたんです」
市長は東下町に御手洗グループの社員とその家族を集め、グループに関係ない市民を東上町に追いやったという。
御手洗市長が、どうしてグループ以外の者を追い出したかというと、食糧問題だった。東下町の東に広がる農地で収穫可能な食料は、生き残った市民全員を養える量がなかったのだ。
「酷い市長だな。耶蘇市だけで解決できないなら、県や国に掛け合えば良かっただろう」
「それが……ダメなんです。政治力のある政治家はほとんどが高齢で、毒にやられて死んだそうです」
「ありゃ~、それは混乱しただろうな」
異獣が放つ毒は、高齢の人に効果が高いらしい。しかも人口密度が高い地域に強力な異獣が発生し、凄まじい殺戮を繰り広げたようだ。
土井園長がポツリと言う。
「私は偶然にバッドラットを車で
「そうか……大変だったんだな。それで日本政府はどうなったの?」
エレナたちが力なく首を振った。
「よく分からないの。初期の頃に、政府と連絡を取るための固定電話回線が東下町に設置されたようなんだけど、東上町には情報を知らせてくれないのよ」
俺は不機嫌な表情を浮かべた。昔からそうなのだが、耶蘇市では何でも御手洗グループが優先される。市の税収の七割が御手洗グループからだと言われているが、それでもグループでない者も税金を払っているのだ。
「ちょっと待て、外からの支援がないなら、東上町の住民はどうするつもりなんだ?」
「山の周辺にある農地を耕して、食糧生産をしようとしています。でも、石油が枯渇して農業機械が使えないんです」
東下町にはガソリンの備蓄があるようなのだが、それを東上町に回してはくれないそうだ。御手洗の奴らがやりそうなことだ。
東上町の住民は、
土井園長とエレナから話を聞いていた俺は、辺りが暗くなっているのに気づいた。外を見ると太陽が沈もうとしている。
「そうか、ここも停電なのか」
土井園長が残念そうな顔をして告げた。
「残念ながら、文明は遠いものとなりました」
俺は幼馴染の美咲の一家が、この町に居ないか園長に尋ねた。
「遠藤美咲さんと、その御両親ね。……聞き覚えのある名前ではないわね。この町の知り合いに聞いてみましょうか?」
「お願いします」
四〇代のおばさんが入ってきた。
「ああ、石神先生。紹介するわ。こちら、摩紀小次郎さん。エレナ先生の命の恩人なんですよ」
「命の恩人……だから、危険な場所に行くな、と言ったのに」
「でも、食料を見つけてきましたよ」
石神が溜息を吐いた。
「厨房で大量の食料を見つけて、使わせてもらったけど、良かったのよね?」
俺は頷いて、使うように言った。
「ありがとう。本当に助かる」
「石神先生、何の用だったの?」
「そうでした。食事ができましたよ」
食事は遊戯室で子供たちと一緒に食べるようだ。料理はお好み焼きだった。俺が持ってきた調味料の中にお好み焼きソースがあったから、それを使ったのだろう。
子供たちは嬉しそうに食べている。だが、少し寒そうだった。季節は冬で、暖房のない遊戯室は寒かった。重ね着をしているので耐えられないほどではないのだろうが、俺は何とかできないのかと思った。
「ここには、暖房器具がないのか?」
俺はエレナに尋ねた。
「暖房は、エアコンを使っていたのだけど、この通り電気が来ていませんから」
「灯油がないから、ストーブもダメか。薪ストーブは?」
「そんな便利なものはないです」
料理はどうしているのかと聞くと、外に
食事が終わる頃には、日が落ちて辺りが真っ暗になる。子供たちは重ね着をしたまま布団に包まって眠った。
俺は外に出て星空を見上げた。驚くほど多くの星が瞬いている。半年前までは町の明かりで半分も見えなかったはずだ。
「摩紀さん、どうしたんです?」
エレナも外に出てきた。一緒に空を見上げる。
「半年前の夜空と違う、と思っていたところさ」
「周りに明かりがないからですね」
保育園の周囲を見回すと、どの家からも明かりが見えない。エレナに確認すると、半分ほどの家は無人らしい。毒で住民が死んだらしいのだ。
「保育園より、その空き家に住んだ方が便利じゃない」
「そうでもないの。保育園は広い庭があるから、そこに竈を作って料理もできるけど、普通の家だと難しいのよ」
そればかりでなく、死んだとはいえ他人の家に移るのは抵抗があったようだ。
「東上町に住んでいる住民は何人くらいなの?」
「今は二五〇〇人くらいだと思うけど、正確には分からない」
東上町に住んでいた市役所の人間は、死んだか東下町に引っ越したようだ。なので、人口調査をするような立場の人間は居ない。
そして、町内会の役員はほとんど死んだので、町を纏めるような者も居ないという。
「将来が不安でしょうがないの」
エレナがポツリと言った。
この町は問題だらけのようだ。それを解決しようという者も居らず、人々はそれぞれで食料を手に入れ何とか生きている状態らしい。
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