第12話 東上町

 俺の隣で、エレナがパッと明るい表情になって、倉庫内を見回した。

「お米と小麦粉、カレールーもある」


 四畳ほどの小さな倉庫だった。重い食料品を中心とした在庫が仕舞われている。米だけで五〇〇キロほどあるだろう。小麦粉も合わせれば、一〇人ほどの人間が一年間生きていくだけの量がある。


 その量を確認したエレナは、嬉しさで涙を流している。食料で苦労しているのだろう。

「でも、どうやって運んだら?」


「俺が運んであげるよ」

「いいんですか。……あっ、ここを発見したのは摩紀さんでした。少し食料を分けてもらえませんか?」

「これだけの食料は食い切れないから、好きなだけ持っていけばいい」


「本当ですか。ありがとうございます」

「ところで、この食料はどこに運べばいいんだ?」

「私は、東上町の保育園で生活しているんです」


「分かった。そこに運ぼう。但し明日からだ」

「今日はダメなんですか?」

「俺のバックパックが、一杯なんだ」


 俺はバックパックを開けて中を見せた。卓上コンロや鍋が入っているのを見て、エレナが提案した。

「食料以外のものは、ここに置いて。食料を運んだらどうでしょう」

「今日、明日で、何人分の食料が必要なんだ?」

「一〇人分があれば……」


 俺は卓上コンロや鍋を倉庫に置いて、一〇キロの米袋をバックパックに入れた。エレナも自分のバックパックに小麦粉の袋をできるだけ詰める。


 倉庫の外に出た俺たちは、しっかりと防火扉を閉めた。

「保育園に案内してくれ」


 エレナと俺は並んで歩き始めた。少し歩いて、犬山町はゴブリンが多いと気づいた。

「何で、ゴブリンばかり居るんだ?」

「ここが小鬼区だからです」


 異獣が日本に現れた日を堺に、土地の呼び名も変わったらしい。犬山町が小鬼区、天王寺町が獣人区、西京町が奇獣区と呼ばれるようになったという。


「小鬼区はゴブリンだけが棲み着いているのか?」

「いえ、バッドラットやマグネブバードがいます。でも、ゴブリンに比べれば、数は少ないようです」


 一匹のゴブリンと遭遇した。俺は投げナイフを取り出し、刃先を指に挟んで投げた。空中で半回転したナイフが、ゴブリンの胸に吸い込まれるように刺さり息の根を止める。


 エレナが驚いたような顔をする。

「凄いですね。私だとゴブリンを倒すのは命がけなのに」

「島でスキルを鍛えたからな」


 エレナが首を傾げた。

「スキルを鍛えたとは、どういうことですか?」

 俺はエレナが何を疑問に思っているのか分からなかった。話を聞いてみると、ここの人々は、スキルレベル上げるのにスキルポイントを使っているらしい。


「ちょっと待ってくれ。どうやってスキルレベルを上げるんだ?」

「えっ、知らないんですか。ステータス画面でできますよ」


 詳しく聞いてみると、ステータス画面でスキル選択一覧画面をポップアップさせ、それを左に動くように念じると、スキルレベルを上げられるスキルの一覧が出るようだ。


「し、知らなかった」

 エレナに呆れた顔をされた。

「じゃあ、どうやってスキルレベルを上げたんです」


「スキルレベルは、練習と実戦で上がる。他の人もそうやって上げていると思っていた」

「それだと時間がかかるじゃないですか」

「そうだけど、スキルポイントの節約にはなる」


「摩紀さんは、たくさんのスキルを持っているんじゃないですか?」

「いろいろ持ってるけど、多い方なのかどうかは分からないな。他の人と比べたことがないから」


「私の個体レベルは『02』なので、スキルは四つだけです」

 ステータスで【レベル】と表示されている箇所の数字は、個体レベルと呼ばれているらしい。


「へえぇ、俺の個体レベルは『20』、スキルは一三だ」

「凄いですね。でも、自分の個体レベルはあまり他人に教えない方がいいですよ」


「でも、エレナさんが先に教えたんだろ」

「私の個体レベルは低いから、言っても鼻で笑われるだけです。でも、摩紀さんは凄いです。相手から警戒されると思います」


「そんなものなのか。これから先、気をつけるよ」

 小鬼区を抜けるまでに、四匹のゴブリンを倒した。ゴブリンは闇属性なので、その心臓石はありがたい。


 前方に東砂川が見えてきた。下条橋を渡れば、東上町に入る。下条橋が近付き声を上げた。

「何だ、あれ?」

「あれは、異獣を寄せ付けないための砦です」


 下条橋の前に壁が築かれている。橋のたもとを囲むように築かれた壁は、分厚い鉄筋コンクリート製の防壁のようだ。本当に砦のように見える。


 エレナは砦の端にある鋼鉄製の扉を叩いた。

「誰だ?」

「大河保育園のエレナです」


 重そうな扉がギギッと開いた。俺とエレナは中に入る。砦の内部は屋根があるだけの殺風景な空間だった。この砦は、男三人で守っているようだ。

「おい、そっちの奴は誰だ?」


 砦の見張りをしていた男が、エレナに訊いた。見張り番の男は、佐久間貴一というそうだ。年齢は四〇歳ほどでがっしりした体格をしている。


「西京町の摩紀さんよ。ここ半年は島で生活していて、帰ってきたばかりなの」

「へえぇ、島か。その島にも化け物が居たのか?」


 俺は頷いた。そして、リザードマンやミノタウロスのことを話した。島のような場所にも異獣が出ると分かり、がっかりした顔をされた。


「それで食料はあったのか?」

「ええ、これは佐久間さんたちの分よ」


 エレナは小麦粉の袋二つを佐久間に渡した。砦を守る代わりに、外に食料を探しに行った者から、食料を分けてもらっているらしい。そういうルールが決められているわけではないが、ゴブリンたちの侵入を防いでいる佐久間たちに、エレナは感謝しているようだ。


 佐久間たちは小麦粉を見て喜んだ。

「小麦粉か。久しぶりにパンが食べられるな」


 下条橋を渡り東上町に入った。この町は開発から取り残された地域だ。中心部の住宅地がある場所に、大河保育園があるという。


 この町は住宅地以外は、農地になっていた。住宅地の近くは、畑や果樹園が多く、東側の山に近い付近は水田が多い。また海岸付近には漁港があり、漁船が繋留されている。但し燃料がなく漁には出れないそうだ。


 大河保育園は、あまり大きな施設ではなかった。保育園の庭で一〇人ほどの子供が遊んでいた。中園というおばさん保育士が一人で、子供たちの面倒を見ていた。


「エレナ先生だぁ」

 幼児たちが走り寄ってくる。アッという間に、エレナは幼児たちに囲まれてしまった。人気者のようだ。


「おじさん、だあれ?」

 幼児の一人が発した質問に傷ついた。俺はおじさんと呼ばれる歳ではない。


 エレナが慌てて紹介する。

「このお兄さんは、コジローさんというのよ」

 幼児が俺を見て、

「コジロー」

 そう呼んだ。エレナが困ったような顔をしている。俺はそれが何だかおかしくて笑った。


「君の名前は?」

「コレチカ、五歳」

「偉いな。歳も言えるのか」

 コレチカがニカッと笑った。ここに来て、何だか安堵した。西京町がゴーストタウンになっていた光景を見た時、人類の最後が来てしまったのか、と思った。だが、ここで逞しく生き残っていたようだ。


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