第18話 東下町の探索者

 東下町の旧公民館は、今では市役所となっている。その最上階にある市長室の主である御手洗義教は、甥の煬帝を呼んだ。


 煬帝が部屋に入ると、市長と探索者の竜崎が話をしていた。煬帝は竜崎の姿を見て不快そうに顔を歪める。竜崎は、特別探索者チームのリーダーである。どう特別なのかというと、体格が良いだけでなく空手や剣道などの武道経験者だけを集めて編成したチームなのだ。


 同じく探索者チームのリーダーをしている煬帝とはライバル関係にある。とはいえ、実際の実力はかなりの差があった。


 市長は煬帝に視線を向け命じた。

「獣人区へ行き、ホームセンターから肥料を持ってこい」

「肥料だって、車を使っていいのか?」

「仕方あるまい。ガソリンの無駄遣いはするなよ」


 東下町ではガソリンを貯蔵しているが、残りが少なくなっていた。

「政府からの配給は来ないの?」

「ガソリンは、来月になるようだ」


 中央政府からの配給は、月に一度か二度ほどの頻度で行われている。耶蘇市の場合、鉄道を使って運ばれており、駅のある東下町を新しい市役所の移転場所に選んだ理由の一つでもある。


 煬帝は市が育成した探索者たちを呼び寄せた。その中には、志木島で一緒に研修を受けていた久坂と日比野の姿もある。二人は旧市役所から東下町へ移動する途中、バッドラットを倒しレベルアップした。


 今では、煬帝の部下としてレベルを上げ優秀な探索者となっている。

「リーダー、市長の用件は何だったんです?」

 久坂が尋ねた。煬帝は久坂の顔を見て溜息を吐いた。


「獣人区のホームセンターへ行って、肥料を回収してこいだと……」

「あそこだと草竜区から獣人区へ抜ける道が、一番早いです」


 煬帝は四人の探索者を連れて獣人区へ向かった。使用した車は小型トラックである。爆破されずに残っている鉄道橋を渡って草竜区に入り北西へ進む。


 草竜区はなぜか凄まじい勢いで草木が伸びた地区である。ステゴサウルスを小型にしたような恐竜が棲み着いた地区で、軽自動車くらいなら体当たりでひっくり返すほどの力がある。


 草竜区を一〇分ほど進んだ頃、ソードサウルスと遭遇した。背中に剣のようなヒレを付けている草食竜だ。

「どうしますか?」

 運転していた久坂が煬帝に指示をあおぐ。


「仕方がない。僕が追い払ってやるよ」

 トラックから降りた煬帝は、ソードサウルスの前に進み出た。右手を持ち上げ人差し指を巨大なトカゲに向ける。


「爆炎撃!」

 そう叫んだ煬帝が最も威力がある操炎術を放った。トラックから降りて、後ろで見物していた日比野は、格闘ゲームじゃないんだからと思いながら見守っていた。


 ソフトボールほどもある爆炎の玉が飛び、ソードサウルスの肩に命中して爆ぜた。爆風が日比野までも襲い、その服をはためかせる。爆発の威力はかなりのものだ。


 爆風が収まり地面に倒れているソードサウルスの姿が目に入った。少しの間、藻掻き苦しんでいたが静かになる。その死骸は心臓石に変化した。


「さすがです」

 今では煬帝の太鼓持ちのような存在になった久坂が称賛の声を上げる。日比野も称賛の声を上げたが、冷めた目で見ている。


 煬帝は心臓石を拾い上げた。この心臓石は配給品の代価として中央政府に納めることになっている。

「ふん、こんなもんだ」

 煬帝たちはホームセンターへ急いだ。


 ホームセンターに到着した煬帝たちは、一階の農業用品が置いてある区画へ向かう。すぐに目的の肥料を見つけた。煬帝は他の探索者たちに肥料をトラックに運ぶように指示を出して、ホームセンターの中を見回り始めた。


 そして、二階に上がった時、気配を感じて身構える。

「ん、あいつら東上町の奴らだな」

 煬帝はニヤッと笑って、釣り道具を販売していた区画に進み出た。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その時、俺と武藤たちはホームセンターの二階へ上がって釣り道具を探していた。

 最初に煬帝が近付いてくるのに気づいたのは武藤だった。

「チッ、嫌な奴が来やがった」


 俺が目を向けると、見知った顔があった。俺を島に置き去りにした張本人の御手洗煬帝である。

「貴様ら、ここで何をしている?」

 煬帝が偉そうに質問した。


 代表して武藤が前に出た。

「欲しい物があったから取りに来ただけだ」

「ここは御手洗グループが経営するホームセンターだ。勝手に品物を持っていくことは許さん」


 武藤が不機嫌そうに顔を歪める。

「金を払えばいいのか。払ってやるぜ」

 この半年で紙幣や硬貨は無価値になっている。町中での取引は物々交換になっていた。


「貴様、馬鹿にしているのか」

「いや、真面目に言ってる」

 煬帝が嫌な目つきで武藤を睨み、その胸ぐらを掴んで持ち上げた。武藤が煬帝の手を引き剥がそうとするが、力負けしているようだ。


「調子に乗るんじゃないぞ」

 武藤に向かって凄んでいる煬帝の手を俺が握った。煬帝が凄い目で俺を睨んだ。力比べが始まる。力は俺の方が強いようだ。だが、力だけで勝負が決まるわけではない。こいつと本気で戦うようなことになれば、命を懸けた戦いになるだろう。


「誰だ、お前?」

 俺のことは完全に忘れているようだ。半年も前なので仕方のないことかもしれないが、置き去りにされた俺にしてみれば許せなかった。


「忘れたのか。志木島に置いていかれたクルーザーのアルバイトだよ」

 煬帝が武藤の胸ぐらを掴んでいた手を放し驚いた顔をする。ようやく思い出したようだ。

「お前、生きていたのか」


 俺は煬帝の手を放し文句を言った。

「よくも置き去りにしてくれたな」

「ふん、こっちも命がかかっていたんだ。仕方ないだろ」


 俺だって煬帝の立場だったら一旦島から離れたかもしれない。だが、岩場の方へ回り込んで救出するということもできたはずだ。


「生きて戻れたんだからいいだろ。言っておくが、僕は御手洗家の人間だ。これ以上の侮辱は、痛い目に遭わせるぞ」

 煬帝は下に仲間が大勢居ることを伝え、不敵に笑った。


 こいつは一言の謝罪も言わなかった。周りを見ると、武藤たちが注目している。俺は怒気を顕にして、煬帝に詰め寄ろうとした。その肩を武藤が抑えた。

「ここは我慢しろ。下にはそいつの仲間が大勢居るんだぞ」


 俺が我慢して引くと、煬帝が俺の顔を見て不機嫌そうな顔をする。

「まあいい。今日は大目に見てやる」

 そう言った煬帝が階段を下りていった。


 武藤が煬帝の後ろ姿を睨みながら声をかけた。

「コジローは煬帝と知り合いだったのか?」

 俺は溜息を吐いて、島での経緯いきさつを話した。


「御手洗家の連中がやりそうなことだ。あの連中は御手洗家にあらずんば人にあらず、みたいなところがあるからな」

 経営者や責任のある地位に就いている者が、それではまずいと思うのだが……。しかし、ああいう連中が東下町を支配しているのだとすると、東下町に行かずに正解だったと思う。


 階段から下を覗くと、煬帝たちが肥料を運び出している。肥料をトラックに積んでいるのを見て尋ねた。

「燃料がまだ残っているんだ?」

「東下町には、政府から配給がある。こっちには全然回って来ないけどな」


 理不尽な話だと思う。政府は御手洗家に配給しているわけではなく、生き残ったすべての国民に対して配給しているはずだ。


 煬帝たちは肥料を根こそぎ持っていった。

「失敗したな。俺たちも肥料を確保しておけば良かった」

「そうだな。東上町には、そういうことを考える者が居ねえ。それが問題なのかもしれん」


 東上町にも優秀な人材は居た。だが、ほとんどが六〇歳以上の者たちで、毒により死んでしまった。

「武藤さんが、町長になって纏めたらいいのに」

「おいおい、無理を言うな。おれはそんなに賢くねえよ。コジローはどうなんだ?」


 俺は笑い出した。他人に自慢するほど頭は良くない。大学に入れたのも、直感が的中してぎりぎりで合格点を取れたからだ。俺がそう言うと、武藤も笑った。


「大学に入れただけ、おれよりマシさ」

「それより、釣り道具は揃ったんですか?」

「ああ、釣り竿に釣り糸、仕掛け、リールと大工道具も回収した」

 俺も釣り竿三本と必要な道具を手に入れた。これで海釣りができる。


 ホームセンターから保育園に戻った。エレナと子供たちが出迎えてくれた。

「お帰りなさい。釣り道具は手に入れられたようね」

「ああ、これで魚を釣って食べさせてやるから、期待してくれ」


「鯛、ヒラメ、マグロ……」

 子供たちが騒ぎ始めた。その騒ぎを聞いて、俺は苦笑いする。マグロはちょっと無理かも……。


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