第8話 新たなスキル

「しっかりしてください」

 西野が心配して、煬帝に声をかけた。

「僕は正気だ。本当にゲームみたいなステータス画面が頭の中に浮かんでいるんだ。もしかすると、昨夜の変な声が関係しているのかもしれない」


 西野が変な顔をした。

「レベルがどうのこうのという声ですか?」

「弁護士先生も聞いたのか。そうだよ。『レベルシステムが導入されました』って声だ。あれが関係しているんだと思う」


 市役所に到着した煬帝たちは、市役所に大勢の市民が避難しているのを確認した。市役所の職員は、市長の甥が訪ねてきたと知ると、市長である御手洗義教よしのりの部屋に案内した。


「よく来た。どうしているのかと心配していたところだ」

 たぶん両親から煬帝を探してくれと依頼されたのだろう。六〇代前半の伯父は、目の下がたるみギャングのボスのような顔をしている。


「ご心配をかけたようで、すみません」

「いや、元気だったのなら良いのだ」

「ところで、伯父さん。この事態を日本政府や行政機関はどう思っているのですか?」


 市長は溜息を吐いた。

「分からん。連絡がつかんのだ」

「インターネットは?」

「ダメだ。メールしても返事が戻らない。だが、一時間前に一度だけ固定電話が繋がった。その電話で県知事と話した。県内にある自衛隊基地が壊滅したそうだ」


「そ、そんな……」

 衝撃的な情報だった。市長の話では、警察にも大勢の犠牲者が出て、県知事が外出禁止令を出したらしい。県知事の対応は早かった方で、他県では外に出た県民が、化け物に襲われ大勢死んでいるという。


「伯父さんは、これからどうするつもりなんです?」

「日本政府の救援が来るのを待つつもりだ」

「待っているだけで、大丈夫なんですか?」

「武器のない市民に、化け物と戦えとは言えんよ。警察でさえ犠牲者が出ているんだぞ」


 その日を境に、人類が築き上げた文明が徐々に崩壊していった。その原因の一つとして、石油を好むオイルリザードと呼ばれる巨大トカゲの化け物が、産油国で大量発生したことが挙げられる。オイルリザードが石油採掘を邪魔したため、石油が世界各国に行き渡らなくなったのだ。


 石油を失った人類は、化け物と戦う手段の多くを失った。それらの化け物は、なぜか都市部を好んで出現するようで、人類は都市から農村地帯に逃げた。


 ただ無事に逃げられた者はわずかであり、人類の半分以上が死んだ。その大部分は化け物に殺されたのではない。謎の奇病で死んだ。その原因は化け物が呼吸する時に排出する呼気に毒があるからだと分かるのには、多くの時間が必要だった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 気が付くと防空壕の中で倒れていた。ボーッとした頭で何をしていたのか思い出そうとする。

「そうか。『操炎術』とかいうスキルを手に入れたんだった」


 ステータスを確認すると、アクティブスキルに『操炎術:1』というスキルが増え、スキルポイントは『09』になっていた。このスキルの取得ポイントが九ポイントだと分かる。


 さて、このスキルは、どんなことができるんだ? 脳に刻まれた操炎術に関する情報を調べる。それによると、炎錬子えんれんしと呼ばれる粒子を生み出し操る術だという。


 炎錬子がどこから召喚されてくるのかは分からない。術師の技量により操れる炎錬子の量が異なり、スキルレベル1だとロウソクの炎程度を発生させるのが精々のようだ。


 スキルレベル1で発動可能な操炎術は【発炎】と呼ばれている。その発動方法は精神の奥にスイッチのようなものが刻まれており、それを押すだけでいいらしい。


 俺は操炎術のスキルレベルを上げる修業を始めた。やり方は簡単で空中に炎を生み出しては消すという作業を繰り返すだけである。何日か修行すると、スキルレベルが2に上がった。すると、火炎放射器のような炎を生み出せるようになった。


 同時に召喚できる炎錬子の量はスキルレベルに依存するようだ。炎を太く短くしたり、細く長くすることもできる。それどころか炎を螺旋状に回転させながら長く伸ばすことさえできた。


 但し、螺旋状に回転させたからと言って、威力があがることはないようだ。

「見た目は、カッコいいんだがな」


 火炎放射器のような炎を出す技を【炎射】と呼ぶようだ。これでミノタウロスを倒せるか検討した。―――難しいだろうな。そう結論した。火傷はするかもしれないが、致命傷になるようなダメージは与えられないだろう。


 俺は操炎術のスキルレベルを上げる修業を続けることにした。それと並行してリザードマンを倒して棍棒術のスキルレベルも上げる。


 心臓石加工術はスキルレベルが3になった時、心臓石を樹脂に変えることができるようになる。この樹脂というのはプラスチックみたいなものだと思えばいいだろう。


 ただ樹脂の板を生成できるようになっただけなので、その時点では役に立たない。しかし、心臓石加工術はスキルレベルが4になった時、形質加工という能力が追加された。


 これは心臓石から生成した糸や布、鉄インゴット、樹脂の板を服や針・ナイフ、コップなどに加工する能力である。この形質加工の能力を使って、俺は服を作った。


 季節は冬に変わろうとしている。俺は厳しい食糧事情と異獣と戦う日々が続き痩せ細ってしまった。着ている服は、心臓石から生成した小さな布を形質加工で服に加工したものに変わっている。

 この形質加工の能力は、本当に魔法のような効果があり、興味深かった。


 夜は心臓石加工術で様々なものを作り出す技術を磨き、昼間は操炎術の練習をしながら、島を時計回りに回ることを続けた。その途中で遭遇する異獣を倒し進む。山の周囲を七割ほど回った時、ミノタウロスに遭遇した。


 意表を突かれた。いつかは遭遇すると思っていたが、予想より早かったのだ。ずっと砂浜近くの森に居ると思っていた。だが、違ったようだ。


 藪を抜け海岸沿いの岩場に出た時だった。しかも、その瞬間にミノタウロスと目が合ってしまった。

「あっ、しまった」

 間抜けな声が出た。


「ブモオオオ―――ッ!」

 咆哮を上げたミノタウロスが、巨大な斧を振り上げ襲いかかってきた。俺は慌てて【炎射】を使った。オレンジ色の炎がロケットエンジンのように噴き出し、ミノタウロスの胸を焼いた。


 牛頭の口から叫び声が上がった。ミノタウロスは憤怒の表情を浮かべながら斧で炎をさえぎり、遮二無二しゃにむに突き進んでくる。―――ダメだ。やはり【炎射】の炎では、化け物牛を仕留められない。迫りくるミノタウロスの迫力は、鳥肌が立つほど凄まじいものだった。


 俺はジリジリと後退しながら、どうするか考えた。引き返すことも考えたが、敵の方が足が速そうだ。残るは海しかない。こいつは泳げるのだろうか?


 俺は海に賭けることにした。【炎射】をやめると海に向かって走り始める。海まで二〇メートルほど、必死になって駆け海に跳び込んだ。


 少しだけ沖に向かって泳ぎ、後ろを振り向く。ミノタウロスは波打ち際まで追ってきたが、海までは追ってこなかった。たぶん泳げないのだろう。


 季節は冬、海の中は冷たかった。俺は防空壕の方へ泳いだ。ミノタウロスの姿が見えなくなると、岩場から島に上がり、歩いて防空壕まで戻った。


「ううっ、寒い」

 震える指で濡れている服を脱ぎ、火をおこす。酷い目に遭ったな。やはりミノタウロスは別格の化け物だ。武器が欲しいな、小さな鉈じゃ戦えない。


 着替えた俺は、溜め込んだ心臓石を取り出した。心臓石加工術のスキルレベルは、現在4である。もう少しでアップしそうな手応えがあるのだが、操炎術と小周天を優先していたせいで足踏み状態だ。


 俺は服が欲しかったので、布の生成と加工する練習を中心に心臓石加工術を磨いてきた。これからは鉄の生成と加工を中心に技術を磨こう。そうすれば、武器が作り出せるのではないか。


 二日ほど防空壕に籠もって鉄の生成を続け、心臓石加工術のスキルレベルが5に上がった。それにより【効力付与】という技術を取得する。


 効力付与を試す前に、まずは投げナイフを作ってみた。溜め込んでいた鉄のインゴットを手に持ち、投げナイフの形を心の中に浮かべながら形質加工の能力を使ってインゴットを変形させる。


 ぐにゃりと曲がった鉄の塊が、俺が思い浮かべた投げナイフの形に変わる。思っていた以上に上手く製作できた。どうやら心臓石加工術のスキルがアシストしてくれたようだ。


 出来上がった投げナイフは、全長約二〇センチ、刃長約一〇センチで重さが二〇〇グラムものになった。元が二〇〇グラムほどのインゴットだったので、少し厚みのある投げナイフとなっている。


 外に出て、木に向かって出来上がったばかりの投げナイフを投げてみた。半回転したナイフは、木の幹にグサリと刺さる。初めてなのにちゃんと刺さったのは、投擲術のスキルがあるからだろう。


「威力はそこそこか。リザードマンには有効だけど、ミノタウロスはどうかな。少し心もとない気がする」

 投げナイフの刃先が、木の幹に五センチほど食い込んでいるが、ミノタウロスの厚みがある胸板を考えると、心臓まで届かないと思った。


 とりあえず、投げナイフを一〇本製作した後、メイン武器である日本刀を作ろう。ゲームなら日本刀より剣が主流だと思うが、日本人なら刀だろうと思ったのだ。


 しかし、製作に失敗。刀身が歪んだものが完成した。

「何が悪かったんだろう」

 その後、いろいろ試してみて鉄インゴットの量と長さが問題だと分かった。俺の技量では鉄インゴットが四個まで、刃の長さが三〇センチというのが限界のようだ。


 その条件だと脇差や短剣くらいしか作れない。そこで田舎の祖父さんの家で見たことがある山刀やまがたなを作ることにした。全長が五〇センチ、刃長が三〇センチ、刃の厚さが七ミリほどの山刀である。

 俺は希望通りの山刀を完成させることに成功した。


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