第9話 ミノタウロスの最期

「はあっ、もう四ヶ月か」

 島に置き去りにされてから、それだけの時間が経過した。俺は精神的に追い詰められている。そのストレスは、ミノタウロスへの怒りに転嫁した。


「ミノタウロスの奴、俺に恨みでもあるのか。いつかぶっ殺してやる」

 山刀を完成させた俺は、ミノタウロスに挑戦するようになった。ただ結果としては残念なものになる。勝てずに海に飛び込む日々が続いたのだ。


 単なる鉄製山刀では、ミノタウロスの筋肉を斬り裂くことができなかった。ミノタウロスの動きは、さほど素早いものではない。そのおかげで、俺は死ぬことはなかった。だが、何度も怪我をした。


 それでも、俺はミノタウロスに戦いを挑んだ。この時、俺は狂っていたのかもしれない。戦ったのはミノタウロスだけではない。ハンマーリザードやリザードマン、それにミノタウロスと同じ場所に巣食っていた木の化け物トレントとも戦った。


 トレントを倒すと、木属性の心臓石が手に入った。この心臓石からは、効力付与の技術を使ってポーションを作ることができた。

 怪我を治すポーションには一等級から五等級まで存在し、俺が作れるのは五等級である。


 ミノタウロスとの戦いで負った傷は、このポーションで治すことができた。五等級ポーションは内臓に達するような傷は治せないが、身体表面の傷は治せるのだ。


 俺のレベルが『15』になった時、『操闇術そうあんじゅつ』を手に入れた。これは影と闇を操る術で、スキルレベル1で可能なのは【闇纏やみまとい】、身体の周りに闇を作り出し姿を隠すことができる。


 操炎術や操闇術は操術系スキルと呼ばれるもので、ゲームなどに出てくる魔法に似ている。操術系は特殊な方法で脳に知識を刻み込むようだ。スキルレベルが上がるごとに使える技や知識が解放される仕組みらしい。


 そして、とうとうミノタウロスを倒せるかもしれないスキルを手に入れた。操炎術のスキルレベルが3になった時、【爆炎撃】という攻撃技が可能になったのだ。


 この【爆炎撃】は、爆発する炎の玉を撃ち出し攻撃する技だ。試してみると、爆発の威力はかなり大きい。木の幹をズタズタに引き裂くほどの威力があった。


 爆炎自体は野球ボールほどの球体であり、初速も人間が石を投げる程度なので避けることは可能だ。だが、足元を狙って着弾させれば、必ず爆風でダメージを与えられるだろう。


「クククッ、これでミノタウロスを殺れる」

 俺は戦う時に味わう興奮に酔っていたのかもしれない。ミノタウロスを倒せることが嬉しくて仕方がなかった。装備を整え砂浜に向かう。


 桟橋まで来た時、ちょっと面白いアイデアが浮かんだ。桟橋に釣り糸で罠を仕掛けようというものだった。桟橋の杭に釣り糸を張って、足を引っ掛けるという罠である。


 こんな罠にかかるような相手ではないと思ったが、何かの役に立つかもしれない。

 桟橋からミノタウロスの居る森に向かった。この辺は初めて行く場所である。山刀を持って用心して進むと、根っこを使って移動する木の化け物トレントと遭遇した。


 トレントは全長二メートルほどで、根っこが変化した三本の足と食虫植物のハエトリソウのような頭を持っている。この化け物を鉄製山刀の一撃で倒すことは難しい。同じ箇所を三度ほど攻撃し幹を切断する必要があった。


 俺は山刀を正確に打ち込むことができるようになっていた。なので、トレントを倒し心臓石を回収しながら奥へと進んだ。そして、予想通りミノタウロスと遭遇する。


 ただちょっとだけ予想外なことが起きた。

「ば、馬鹿な。何でミノタウロスが三匹も居るんだよ」

 見上げるほどデカい牛頭の三対の目が、俺を睨んだ。


 ヤバイ、ヤバイよ。俺は回れ右して逃げ出した。一匹でさえ厄介なのに三匹は想定外すぎる。後ろから地響きがする足音が追ってくる。しかも複数だ。


「この卑怯者のクソ野郎!」

 俺は桟橋に追い詰められた。前方は三匹のミノタウロスが囲んでいる。防空壕の方へ逃げようとしたが、左端のミノタウロスに阻まれた。


「こうなったら、泳ぐしかないか。冷たいんだろうな」

 季節は冬、絶対に海水浴をするような季節ではなかった。


 俺は泣きたいような気持ちになって桟橋の端へ向かって走った。途中にある罠を飛び越え、端まで到達すると、クルリと向きを変える。


 ミノタウロスたちが桟橋の上をドスドスと音を響かせながら迫ってくる。俺は唇を噛んで、海に飛び込む覚悟を決めた。


 その時、先頭を走ってくるミノタウロスが釣り糸で作った罠に足を取られてバランスを崩した。一声吠えてから海に落ちる。次のミノタウロスは海に落ちた仲間に視線をチラリと向け前進し、また罠に足を引っ掛けた。体勢を崩したミノタウロスは、巨大な斧を振り回してバランスを取ろうとする。


 その斧が後方から来たミノタウロスの顔に命中した。二匹のミノタウロスはぶつかり、そのまま海へと転落する。


 俺は何が起きたのか理解できず、アホ面をさらして見ていた。海に落ちたミノタウロスたちは必死に浮かび上がろうとしているが、その肉体は水よりも重いらしく海面まで届かない。


 一〇分ほど藻掻いていたミノタウロスたちは力尽き、海底に沈んだ。そして、心臓石へと変化する。その瞬間、あの声が聞こえた。


【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】



 その直後、全身が燃えるように熱くなり、強烈な痛みが走った。連続で襲ってくる身体中の細胞を作り直されるような痛みで気を失いそうになる。だが、こんなところで気絶するのは危険だ。何とか耐えて痛みが収まるのを待つ。


 しかし、あれだけレベル上げを頑張ったのに、釣り糸の罠一つでミノタウロスが死んでしまった。

「俺の努力と時間を返せ!」

 ミノタウロスが沈んだ海に向かって叫んだ。ミノタウロスを倒すために何ヶ月も頑張ったのだ。それが、こんなことになるなんて……。


 俺は痛みに耐えながら、努力した数ヶ月を思い返していた。


【レベルアップ処理終了。ステータスを表示します】


【氏名】マキ・コジロウ 【職業】学生 【レベル】20

【筋力】37 【素早さ】30 【体力】31 【器用】31 【脳力】18 【超感覚】20

【スキルポイント】30 〔スキル選択〕

【アクティブスキル】『投擲術:4』『斧術:4』『心臓石加工術:5』『気配察知:2』

          『小周天:4』『棍棒術:4』『操炎術:3』『操闇術:2』

【パッシブスキル】『物理耐性:6』『毒耐性:3』『精神耐性:4』


 レベルが『20』にまで上がっている。筋力や素早さなどはレベルが一つ上がるごとに1ポイントまたは2ポイントほど上がり、脳力だけは上がりが悪いようだ。


 俺の脳味噌の出来が悪いからだろうか。溜息がこぼれ出る。筋力が『37』となっているが、これは超人の域に達しているような気がする。指一本で逆立ちができるし、垂直ジャンプをすると二メートル近く跳び上がれる。

 俺は筋力の上昇により超人的なパワーを身に着けたが、筋力の上昇も頭打ちになっている。


 筋力は無制限に上昇するものではなく限界があるのかもしれない。後は小周天スキルなどを磨き、一時的に筋力をアップするような能力を伸ばす方がいいのかもしれない。ちなみに気功の一種らしい『小周天』は、スキルレベルが4となり、もう少しで上級者の域に達する。


 もう一つ重要なことがある。『操闇術』のスキルレベルが2になり、【影空間】という能力を身に着けたことだ。これは影空間と呼ばれる別次元の空間と接続するもので、真っ黒な円形の境界面を出現できるようになった。


 とはいえ、影空間が何かはよく分からない。何か入れられるのかと思ったが、何も入らなかった。よくよく調べてみると、影空間に入れられるのは同調機能を持つものだけらしい。


 その影空間に同調する機能を持つ道具を、闇属性を持つ心臓石から作れるのだという。これは心臓石加工術のスキルレベル5で手に入れた【効力付与】を使って作れる。


 そして、選択できるスキルが四つ増えていた。『刀術』『ガラス細工』『罠術』『探査』だ。俺は『刀術』と『探査』を手に入れたいと思った。ただ安全な場所に移動してからだと思い直す。


 俺は桟橋の上から海中を覗き込んだ。海の底にキラリと光るものがある。ミノタウロスの心臓石だった。

「回収するべきなんだろうな……」

 冷たい風が俺の頬を撫でる。寒中水泳か、仕方ない。服を脱いで海に跳び込んだ。潜って心臓石を回収する。ミノタウロスの心臓石は火属性のもので、大きさはゴルフボールほどもある。


 海から上がった俺は、服を着て防空壕に戻った。防空壕の中に座り込み、ステータス画面から『刀術』『探査』を取得した。


 『刀術』は日本の剣術や剣道の技術ではなく中国武術の刀術に近い技術のようだ。そして、『探査』も思っていたものと違った。これは病院で行われるエコー検査のようなもので、病気や怪我の検査に有効なスキルだったのだ。今回のスキル取得で一二ポイントも使ったのに、と思いながら溜息を吐いた。


「まあいい、これから筏作りに専念しよう」


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