第3話 ミノタウロス

 いつの間にか、頭の中に浮かんでいたステータス画面が消えている。意識が別にれると、自動的に消えるようだ。だが、完全に消えたわけではない。頭の奥にスイッチのようなものが残っている。俺はスイッチに意識を向けた。


 思った通りステータス画面が再び浮かび上がった。


【氏名】マキ・コジロウ 【職業】学生 【レベル】01

【筋力】13 【素早さ】11 【体力】12 【器用】12 【脳力】11 【超感覚】01

【スキルポイント】02 〔スキル選択〕

【アクティブスキル】『投擲術:1』

【パッシブスキル】なし


 スキルポイントが一ポイントだけ減っている。『投擲術』を取得するのは、一ポイントだけでよかったらしい。

「となると、他に二つのスキルを選べるのか……」


 俺は『物理耐性』と『毒耐性』を選んだ。この二つは防御面を強化するのが目的である。『精神耐性』より『毒耐性』を選んだのは、この林にはマムシとかの蛇がいそうだからだ。


「あっ、しまった。清水さんを捜すのを忘れてた」

 俺は清水さんの捜索を再開。それから五分ほど探した頃、彼の遺体を発見した。


「ううっ、何てことだ」

 吐き気がこみ上げてきた。遺体は胸に穴が開いている。あのウサギにられたんだな、可哀想に。俺は他にも居るかもしれないと思い怖くなった。


「きついな。スキルの選択を間違えたかな」

 『精神耐性』を選んだら良かったと後悔する。よろよろと砂浜の方へ戻り始めた。林を抜けトイレの近くまで来た時、男性の野太い悲鳴が聞こえた。


「まさか」

 俺は砂浜の方へ走った。五匹の角が生えたウサギが乗客たちを襲っている。三〇代の男が太腿ふとももを角で刺されて砂浜に倒れていた。


「あっ、船だ」

 クルーザーが戻って来たのだ。

「皆、桟橋に逃げろ。クルーザーが戻ってきたぞ!」

 俺の叫び声で、船に気づいた乗客たちが桟橋の方へ逃げ始めた。


「早く船をつけろ!」

「早く早く」

 ウサギも乗客たちを追って桟橋へ向かった。砂浜に残されたのは、足を怪我した男と俺だけ。倒れている男に駆け寄り声をかけた。


「おい、大丈夫か?」

「あ、足が……」

 かなり痛そうだ。俺は肩を貸して桟橋へと歩き始めた。桟橋では悲鳴を上げるミカたちが、藤岡船長たちの助けを借りて乗船している。


 桟橋の入り口まで来て、桟橋の上で暴れているウサギが邪魔だと気づいた。俺たち以外の乗客はクルーザーに乗れたようだ。

「摩紀、早く乗れ!」

 藤岡船長が叫んでいる。俺だって、そうしたいんだが、目の前のウサギがそうさせてくれそうにない。


「馬鹿野郎、後ろを見ろ!」

 船長の叫び声が聞こえた。振り返ると、とんでもないものが近付いてくる。


「嘘だろ。巨人の胴体に牛の頭って、ミノタウロスじゃねえか」

 体長およそ三メートル、筋肉質の巨体に角を二つ生やした牛の頭が載っている。どう見ても地獄の獄卒である牛頭ごずかミノタウロスである。


 手には巨大なおのを持ち、それを軽々と振り回している。

「うわーっ!」

 怪我をしていた男が、強烈な力で俺をミノタウロスの方へ突き飛ばし、クルーザーへ足を引きずりながら走り出す。


 俺は砂浜に転がって、巨大なミノタウロスを見上げた。巨大な斧が持ち上げられ、俺の胴体目掛けて振り下ろされた。


「おわっ」

 砂浜を転がりながら避ける。斧が砂に減り込み、爆発するように砂が飛び散った。俺は必死で起き上がり林の方へ逃げた。


 幸いにも、ミノタウロスは足を引きずって逃げる男を次の獲物に決めたようだ。桟橋をクルーザーへと進んでいく。

「船長、船を出せ。早くするんだ!」

 恐怖で顔を歪ませた長瀬が叫んでいる。しかし、船長はためらった。


「御手洗一族の僕の命令だ。早く桟橋から離れろ」

 今度は鬼のような顔をした煬帝が声を上げた。船長はクルーザーを動かし桟橋から離れる。怪我をした男が何か叫んだ。その直後、ミノタウロスの斧が男の胴体を真っ二つにする。


 桟橋の上に真っ赤な血が撒き散らされ、クルーザーの上で悲鳴が上がる。クルーザーは沖へと去っていった。しばらくミノタウロスはクルーザーを見ていたが、振り返って逃した獲物を探した。

 だが、先ほどの獲物は逃げた後だった。


 クルーザーが桟橋から離れるのを見た俺は、林に逃げ込んだ。そして、砂浜の方に振り返り吐き捨てるように叫ぶ。

「馬鹿野郎! ……俺を見捨てて逃げやがって」


 俺の中で不安と怒りが渦巻き、身体が爆発しそうに思えるほどだった。近くの藪でザッと音がする。ビクッとして藪を見たが、何かの拍子で音を立てただけのようだ。俺はミノタウロスが男の胴を真っ二つにした光景を思い出す。


 どうする? 見つかったら殺される。どこか隠れる場所はないのか。俺はパニック状態となり、林の中を走り回った。だが、また角があるウサギと遭遇する。


「チクショウ!」

 俺は武器になるものを探した。石しか見つからないので、小石を二つだけ拾い上げる。手に入れたスキル投擲に命をかけることに決めた。


 四メートルほど先に居るウサギ目掛けて小石を投げた。ウサギの胴体に命中した。甲高い悲鳴を上げたウサギは、俺の顔を睨む。


 いきなりウサギが突撃してきた。胸に向かって跳躍したウサギを躱す。もう一つの小石を投げた。小石がウサギの後頭部に命中。ふらふらするウサギに跳びかかり細い首に腕を回し締め上げる。


 全力で締め上げると、首の骨が折れた。死んだウサギは粒子となって拡散し心臓のあった場所に凝結し黒い石となり、ポトリと地面に落ちる。俺は黒石を拾い上げてポケットに仕舞った。後で何かの役に立つかもしれないと思ったのだ。


「何が起こっているんだ。全然分からん」

 角が生えているウサギはまだしも、ミノタウロスは絶対に地球上に存在しないものだった。この島はモンスター島なんだろうか?


 それに頭の中に浮かぶステータス画面。現実世界がゲームのようになったのか?

「考えても分からないなら、行動だ。隠れる場所を捜すぞ」


 俺は山へ向かって進み、山麓さんろくに到着した。山の周りを捜すと防空壕と思われるものを見つけた。防空壕というのは、第二次大戦中に爆撃機の攻撃から避難するために掘られた避難壕やシェルターのようなものだ。

 昔はこの島にも住民が居たようだ。高さ一メートル半ほどの狭い防空壕で奥行きは五メートルほどである。


「入り口を岩や木の枝を使って隠せば、隠れ家として使えそうだ」

 近くには使えそうな岩がある。運ぶのは大変そうだが、何とかなりそうだ。


 防空壕の中に入りチェックする。埃っぽい感じはするが、使えそうだった。

「ここに隠れるにしても、テントや懐中電灯。それに料理道具や食料は必要だな」


 一度は砂浜に戻る必要がある。警察か海上保安庁の船が助けにくるまで、どれくらいの時間がかかるだろうか?

 船長が無線で助けを呼べばすぐにも来そうな気がした。問題は砂浜にあいつが居るかどうかである。この島で船が接岸できるのは砂浜だけであり、他の場所は海面の下にゴツゴツした岩礁がんしょうがあり近付けない。


「とりあえず、隠れ家を確保するために入り口を隠しておこう」

 入り口の前に岩を積み上げて隠した。その後、砂浜へと向かう。


 砂浜にいたミノタウロスはいなくなっていた。俺が張ったテントは、無残に斬り裂かれ壊れている。中を確かめると寝袋と料理道具、それに小型無線機があった。


「良かった。無線で船長と連絡が取れる」

 俺は電源を入れて船長と交信しようとした。だが、応答がない。小型無線機をチェックしたが、壊れているようには見えない。


 何で無線に応答しないんだ? 船長たちは船から離れているのか。俺は溜息を吐いて、寝袋と料理道具を運び始めた。

 乗客たちのテントも壊されている。そこで小型の鉈を発見。鞘に入っており、ベルトに吊るせる鞘もある。拾い上げてベルトに吊るす。確か腰鉈と呼ばれる種類の鉈だ。


「一応、武器になりそうだ」

 武器としては包丁もあるのだが、包丁は料理に使いたい。

 小麦粉の袋も発見した。それも回収して運ぶ。防空壕と砂浜を何往復かして、使えそうなものは全て防空壕に運んだ。


 それから三日が経ち、助けが来ないのではないかと不安になった。

「はあっ、本土でも何か起きているんだろうか?」

 両親や幼馴染のことが気になった。だが、少なくとも翌日には海上保安庁の船が来るだろうと思っていたので、絶望的な気分にはなっていない。


「釣りに行こう」

 食料は魚しかないので、毎日釣りをしている。水は湧き水を発見し十分な量を確保していた。


 砂浜へ行き、あいつがいないか確認してから釣りを始めた。後ろで気配がした。あのウサギである。俺は腰に吊るしている鉈を取り出し構える。


 襲ってきたウサギに鉈を振り下ろした。一撃で勝負が決まった。ウサギは黒石となって砂の上に落ちる。

 頭の中で声が響いた。


【レベルが上がりました】


 その直後、全身が熱くなり痛みが走る。最初の時とは違い、それほど強烈ではない。それでも身体中の細胞が作り直される感じがして息ができない。


【レベルアップ処理終了。ステータスを表示します】

「ふうっ、治まった」

 俺はステータス画面を見て、レベルが『02』になっているのを確認した。スキルポイントは『03』になっている。


「ふーん、レベルが上がると、スキルポイントが三つ増えるのか。選択できるスキルはどうだ?」

 スキルの選択画面を見ると、『精神耐性』『小周天』の他に『異獣知識初級』『心臓石しんぞうせき加工術』『斧術』が追加されていた。


 何だ? 『異獣知識初級』と『心臓石加工術』というのは何なんだ。それに『斧術』? 鉈を使ったから、『斧術』のスキルが選択できるようになったのか。鉈の使い方が斧に似ているということだろうか。


 俺は『異獣知識初級』が気になった。異獣というのは、角のあるウサギやミノタウロスのことだろうか。そうなると『異獣知識初級』は欲しい。それに心臓石が何かということも気になる。

 しかし、今のスキルポイントでは三つまでしか取得できない。


 俺は『異獣知識初級』と『斧術』、『心臓石加工術』を選択した。『心臓石加工術』を選択した時に激しい頭痛に襲われたが、何とか耐えた。

 ステータス画面を見ると、『異獣知識初級』は表示されない。これはスキルではなく情報だったようだ。


【氏名】マキ・コジロウ 【職業】学生 【レベル】02

【筋力】15 【素早さ】12 【体力】13 【器用】13 【脳力】11 【超感覚】02

【スキルポイント】00 〔スキル選択〕

【アクティブスキル】『投擲術:1』『斧術:1』『心臓石加工術:1』

【パッシブスキル】『物理耐性:1』『毒耐性:1』

 ※変化……筋力が+2、素早さ・体力・器用・超感覚が+1


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