第2話 ステータス

 俺は女性の悲鳴で目を覚ました。飛び起きてテントから出ると、乗客のテントがある方で騒ぎが起きていた。そちらに走り出す。


「どうしました?」

 リリカに尋ねた。彼女は大学を出たばかりで年齢が近く、話しかけやすい。小柄な彼女は不安そうな顔で教えてくれた。


「ミカさんが、大きなネズミを見たのよ。猫ほどもある大きなネズミだって言うの」

 大きなネズミと聞いて、某テーマパークで人気のビッグマウスが頭に浮かんだ。だが、そんなものが島に居るわけはない。寝起きで頭が働いていないようだ。


 次にペットとして人気が高くなっているというヌートリアというネズミを思い出した。

「もしかして、ヌートリアじゃないんですか?」


「それってネズミなの?」

「ええ、南アメリカの大きなネズミです。ペットとして輸入されているようなんだ」

「へえー、物知りなのね」


 長瀬が少し青い顔で、こちらの方へ来た。

「君、うちの職員が大きなネズミに噛まれた。船はいつ頃戻るんだ?」

「午前中には戻る予定です」


「船長に連絡しろ。早く戻ってくるように伝えるんだ」

「分かりました。ところでネズミに噛まれた職員の怪我はひどいんですか?」

「かなり血が出てる」

「でしたら、まず救急箱を持ってきます。応急手当をした方がいいでしょう」


 長瀬が舌打ちをして大声を上げた。

「そんなものがあるなら、早く持ってこい」

 怒鳴らなくてもいいのに、短気なおっさんだと思いながら俺はテントへ走った。船から持ってきた救急箱を取り出して、怪我人のところへ行く。


 怪我したのは煬帝だった。左足首の辺りを噛まれたらしく足首にタオルを巻いて血止めしている。痛そうではあるが、大した怪我ではないみたいだ。

「救急箱を持ってきました」

 長瀬に救急箱を渡し、俺はテントに戻った。船に連絡を取るためである。


 小型無線機でクルーザーに連絡を取る。

「こちら、摩紀。聞こえますか?」

 ちょっと時間を置いてから船長の声が聞こえる。

『聞こえてるよ。何かあったのか?』


「お客さんの一人がネズミに噛まれて怪我をしたんです。早く戻ってこれませんか?」

『すでに出港して、そっちに向かっている。怪我人は手当をしたのか?』

「今、手当している最中です」


 船長が怪我の具合などを尋ねてきたので、分かることを答える。一時間ほどで到着すると船長が言った。無線を切った俺は、少しホッとした。一時間だけ待てばいいんだ。


 長瀬のところへ行って、クルーザーは一時間ほどで戻ると伝えた。

「そうすると、問題は研修をこのまま続けるべきかどうかだな」


 大袈裟な。たかがネズミに齧られたくらいで研修を中止するなんて、と思った。煬帝の傷も二センチほどの浅い裂傷であり、病院でちゃんと治療した方がいいと思うが、深刻になるほどの傷じゃない。


 男性職員の一人が走ってきた。

「長瀬部長、大変です。清水さんが行方不明です」

 男性職員の一人がトイレに行くと言って、テントを離れ戻ってこないらしい。


「トイレだろ。ちょっと時間がかかっているだけじゃないのか?」

 怪我をした煬帝に比べると、長瀬の反応がにぶい。煬帝が御手洗一族で、清水が単なる職員だからだろう。


「でも、三〇分は経ってますよ」

「それでトイレに行ってみたのかね?」

「行きました。誰もいません」

 トイレはテントから少し離れた場所に作ってある。地面に穴を掘り、周りをブルーシートで囲っただけのものだ。


「仕方ない。男性職員数人で探してくれ。君も手伝ってくれ」

 長瀬が俺にも頼んだ。俺はやれやれと思いながら、トイレの方へ向かった。同じように三人の男性職員がトイレに向かっている。


「さて、手分けして探そうか」

 職員の一人が提案したので、俺は山のある北の方へ向かった。この島の真ん中には標高八〇メートルほどの小さな山がある。


 その山の方角には広葉樹が生い茂る林があり、リスやいのししなどが棲息していると聞いていた。

「清水さん!」

 俺は大声を上げて、行方不明の職員を探した。一〇分ほど探した時、右側のやぶがガサリと音を立てた。俺は警戒して木の後ろに隠れる。


 猪ではありませんように、心の中で祈っていると、黒いウサギが出てきた。ちょっとホッとする。

「しかし、デカいウサギだな。しかも頭に角が生えて……」

 見間違いかと思い、もう一度確認する。間違いない。ウサギの頭に一〇センチほどの角がある。


 そのウサギが俺を睨んだ。間違いなく敵意がある。何か武器になるものがないか探した。ちょうど傍に細長い石が落ちていたので拾い上げる。


「こっちに来んな」

 普通は警戒して人には近付いてこないはずのウサギが迫ってくる。いきなりウサギが俺の胸を目掛けて跳躍した。


「うわっ!」

 叫び声を上げて横に跳んだ。木の根っこに足を取られて転ぶ。俺は持っていた石を振り回した。それが偶然ウサギの頭に命中する。


 ウサギが地面を転がりよろよろしながら起き上がる。逃げるチャンスだったが、なぜか闘争本能に火が点いた。ウサギに襲いかかり、石で頭を殴る。何度も何度も殴りつけた。


 突然、ウサギだったものが形を失い粒子となった後、心臓付近に集まり始め凝結した。それは黒い石炭のようなパチンコ玉ほどの小石となって地面に落ちた。

「な、何だ? わけが分からん」


 その時、また変な声が頭に響いた。

【レベルが上がりました】

 全身が燃えるように熱い。そして、筋肉の全てが悲鳴を上げた。身体全体が再構築されているかのような痛みが駆け巡る。


「ぎゃあああ……」

 痛みで地面を転げ回って暴れる。その痛みは一〇分ほど続いたように感じたが、実際は十数秒だったようだ。


「ああ、痛かった。何だったんだ?」

 俺が呟いた時、また頭の中に声が響いた。

【レベルアップ処理終了。ステータスを表示します】


【氏名】マキ・コジロウ 【職業】学生 【レベル】01

【筋力】13 【素早さ】11 【体力】12 【器用】12 【脳力】11 【超感覚】01

【スキルポイント】03 〔スキル選択〕

【アクティブスキル】なし

【パッシブスキル】なし


「な、何だ? このゲームみたいなものは」

 頭の中にゲームのステータス画面のようなものが表示されている。さっきの戦いで頭を打ったのか?


 起きている現象が理解できずに五分ほど呆然としていた。ほっぺたをつねってみると痛かった。夢じゃない。何とか正気を取り戻して、現実に向き合う。

「とりあえず、これをチェックしてみよう」


 氏名・職業は、そのままである。レベルが01なのは納得だ。ただ筋力・素早さ・体力・器用・脳力は、比較対象がないので、どれほどのものなのか分からない。


 そして、超感覚は第六感とか霊感、超能力などに関係するのか、それともゲームでお馴染みの魔法に関係するものなのかは不明だ。


 次はスキルポイントとスキル選択である。この組み合わせだと、何らかのスキルを取得できるんじゃないかと思いスキル選択という項目に意識を集中した。


「あっ」

 スキルの選択情報が頭の中にポップアップされた。並んで表示されたスキルは五つ。『投擲とうてき術』『物理耐性』『精神耐性』『毒耐性』『小周天』である。

 前の四つはなんとなく分かるが、最後の『小周天』は何のことだか分からない。


 ゲームをしているようで、少し面白くなってきた。俺は何を選ぶか悩み、他にも角のあるウサギが居るなら攻撃手段が必要だろうと、『投擲術』を選択した。その結果、頭の中に投擲術に関する技術が流れ込んできた。


 身体の動かし方や呼吸法、目の動きなど細かな情報が脳に焼き付く。俺は小石を拾い、一〇メートルほど離れた位置にあるブナの木に向かって投げた。


 小石はブナの木に命中した。小石は木の幹に傷を付け撥ね返された。幹に付いた傷は浅く、小石に大した威力はなかったようだ。頭の中に技術はあっても、それを身体が正確に実行することができない。つまり練習が必要なのだ。


 チェッ、投擲術のスキルを習得すれば、もの凄い豪速球が投げられるようになるのかと思っていたのに……。練習が必要なんて、面倒だな。

 ただ練習すれば、さっきのウサギ程度なら一撃で仕留められるようになると分かった。


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