人類にレベルシステムが導入されました
月汰元
第1章 未知の声編
第1話 無人島の研修
日本海に面した
その地方都市で最大のグループ企業である
アルバイトでクルーザーに乗ることになった
「はあはあ……やっと半分かよ」
額に噴き出た汗を首に巻いたタオルで拭く。耶蘇総合大学のプロレス研究会に所属し、一八〇センチの身長とトレーニングで鍛え上げられた俺の筋肉をもってしてもキツい作業だ。
「おい、早くしろ」
藤岡船長の声が聞こえた。そう言った本人は、操縦席で優雅に紅茶を飲んでいる。早く出港したかったら手伝いやがれ。そう思いながらミネラルウォーターが入った箱を船に運ぶ。
ようやく荷物の積み込みが終わり、船のデッキで一休みする。船をレンタルした御手洗グループは、研修の名目で無人島でキャンプを行なうという。
無人島でキャンプすることが何の研修になるのか、俺には分からない。たぶん研修の名を借りて遊びに行くのだろう。
「おい、小僧。サボってないで、後部デッキを片付けろ」
藤岡船長の声が飛んでくる。このアルバイトを選んだことを後悔した。何で選んだのだろう。
「我慢、我慢、あいつの喜ぶ顔を見るためだ」
俺はアルバイト料をもらったら、幼馴染の美咲にプレゼントを贈ろうと思っている。―――あいつが欲しがっていたピアスを贈ったら、どんな顔をするだろう。俺はニヤけた顔で後部デッキへ向かった。
乗客が集まり始め、荷物を持った男女がクルーザーに乗ってくる。楽しそうに乗船した人々は、クルーザーのキャビンに消えていった。
片付けが終わりクルーザーが出港する。目的の島は
乗客は一二人も居るのに、船員は船長と整備士、それにアルバイトの俺だけである。豪華クルーザーのはずなのに、整備士がつきっきりでエンジンの調子を見ている。どうやら、外見は豪華でも船体やエンジンは古いようだ。
乗客の中に船酔いする者が二人ほど出たので、乗り物酔いの薬を持っていく。
「この薬を飲んでください」
カプセルに入った薬とミネラルウォーターを渡した。
「チッ、薬があるなら乗った時にくれよ。気が利かない奴だな」
御手洗信用金庫で営業部長をしているという四〇歳ほどの男に文句を言われた。長瀬という小太りの男で、今回の研修を監督する立場にある人物だ。
何だよ、こいつ。親切で薬を持ってきてやったのに。船酔いするなら、初めに薬をくれと言えば良かっただろ。誰が船酔いするかなんて、俺は知らねえんだから。
乗客の全員が御手洗信用金庫の従業員であり、理事長の発案で研修が決まったと聞いている。志木島は理事長である御手洗
「おい、島だ。あの島じゃないのか?」
「そうです、お客さん。あれが志木島ですよ」
普段は
島の様子が見えてきた。南側に綺麗な砂浜があり、波打ち際で海鳥が
アルバイトじゃなくて、遊びに来たのなら最高なのに―――俺は船の動きを見守りながら、心の中で毒突いた。
クルーザーが砂浜に作られた桟橋に近付き横付けされた。乗客たちが次々に島に上陸し、残された荷物を俺が運び始める。
荷物の全てを運び終わった時、疲れ果てて砂浜にへたり込んでしまった。何も手伝わなかった船長が、船から降りてくる。
「だらしねえな。お客さんに挨拶してくるから、お前は昼飯の支度をしろ」
「ちょっと休ませてくださいよ」
「五分だけだぞ」
船長が去って少し休憩した後、俺は島の雑木林に入って
船に戻ってクーラーボックスに入っている食材と料理道具、それにライターを持ってくる。作る料理は焼きそばである。乗客たちの様子に目を向けると、彼らも昼食の用意をしていた。
乗客たちはバーベキューのようだ。俺が運んだ荷物の中から食材を取り出して串に刺している。向こうは高級そうな肉だが、こっちは安い豚バラ肉とキャベツにモヤシだ。
即席の竈に薪を放り込み火を点けた。フライパンを熱して油を注ぎ、切ってある食材を放り込む。最後に焼きそば麺を入れて、市販の焼きそばソースで味付けした。
出来上がった焼きそばを皿に盛って、飲み物と一緒に船に居る整備士の丹野のところへ持っていった。丹野は引き籠もりじゃないかと思う。滅多に船の外へは出ないからだ。
「丹野さん、昼飯です」
「そこに置いとけ」
ぶっきらぼうな返事が聞こえた。焼きそばと飲み物をテーブルの上に置く。
砂浜に戻ると、船長が焼きそばを食い始めていた。俺も傍に座って食べ始める。船長が乗客たちの様子を見ながら声を上げた。
「ここで二泊することが、研修だって言うんだから楽でいいよな」
「でも、食材はバーベキューで使い果たしたようですけど、どうするんでしょう?」
「自然から食料を調達して、サバイバル精神を鍛えるんだ、とか言っていた。大量の小麦粉と釣り道具があるんだ。何とかなるだろう」
昼食が終わり、テントを張る作業が始まった。男性のグループと女性のグループに分かれて作業している。男性のグループは少しずつ進んでいるが、女性のグループは全然進んでいない。
「小次郎、手伝ってやれ。これじゃあ、夕方になってもテントは張れないぞ」
船長に指示されて、俺は女性のグループへ向かった。女性は四人、サナエ、ミカ、トモコ、リリカと呼ばれている。サナエは一番年長で主任らしい。ミカとトモコが二〇代後半で、リリカが新人のようだ。
女性グループのテント張りを手伝い、一時間ほどで二張りのテントが完成した。
「ありがとうね、小次郎君」
四人の中で一番グラマラスなミカが礼を言った。ちょっとニヤけた俺は船に戻る。
船ではトラブルが発生していた。エンジンの調子が悪かったようなのだが、原因がスパークプラグが劣化していたからだと分かったのだ。
「どうするんです?」
藤岡船長は考えた末、俺をここに残して母港に戻りスパークプラグを交換することにしたと言う。なぜ俺をこの島に残すのかというと、小型無線機の使い方を教えて、万が一の場合の連絡係とするためである。
この島には基地局がないので、携帯やスマホが圏外になっている。怪我人や病人が出た場合、無線機で船長に連絡するように指示されたのだ。
「船はいつ頃戻るんです?」
「明日の午前中になる」
「俺は島で一泊するんですか?」
「船に積んであるテントを使えばいい。問題ないだろ」
予定では船の中で二泊することになっていたので、テントでも大した違いはないか。俺はそう考えた。五分後、研修の責任者である長瀬に事情を話して、船が島を離れた。
俺は乗客たちから少し離れた場所にテントを張った。研修の邪魔をするなと船長に言われたからだ。夕食はどうするのかと確認したら、料理道具と釣り道具を渡された。自分で何とかしろということである。
「しょうがない。釣りでもするか?」
この辺りの海はアイナメやメジナが多いようだ。アイナメを四匹とメジナを二匹釣った。夕食には十分な量である。
乗客たちも釣りで魚を手に入れ、夕食にするようだ。日が沈み、夜がやってきた。砂浜に寝転んで星空を見上げると、満天の星が煌めき、涼しい風が海から吹いてくるので
「あいつ、今頃何をしているかな?」
俺は空を見ながら、幼馴染の美咲のことを思い浮かべた。
研修をしているはずの男女は、酒を飲み始め騒いでいる。その喧騒が聞こえてくるが、少し離れているので気にならない。
「早いけど、寝よう」
俺はテントに潜り込んで横になった。下が砂地なので寝心地は悪くない。荷物運びで疲れていたせいだろうか、すぐに眠りに落ちた。
その夜中、身体が揺れて目を覚ました。
「何だ! 地震か?」
地面が揺れている。その島で唯一の山の方で何かが崩れる音がした。少し不安になったが、地震の多い国で生まれたので、それほど動揺せずジッとしていた。
その時、頭の中に不思議な声が響いた。
【現時点をもって、この星にレベルシステムが導入されました】
「……えっ、何の声だ?」
あまりにも意外な言葉に、俺は混乱した。レベルシステムって何だよ。幻聴か。
地震が治まり、懐中電灯を探して向こうのテントに向かう。焚き火の周りで数人の男女が話していた。
「皆さん、怪我はないですか?」
「あれくらいの地震じゃ、怪我する者などおらんよ」
長瀬が眠りを邪魔されて不機嫌な様子で答えた。研修を受けている職員の中で、御手洗一族の一人である御手洗
ちなみに信用金庫の従業員は、職員と呼ばれているようだ。財団法人や病院と同じらしい。
「君は、変な声を聞かなかったか?」
「……レベルシステムがどうのという言葉ですか?」
「そうか、君も聞いたのか。全く誰のイタズラなんだ?」
あの声を誰かのイタズラだと思っているようだ。俺は皆の無事が確認されたので、自分のテントに戻った。
この時の地震が、普通のものではなく地球全体に大きな影響を及ぼしたと分かるのには、時間が必要だった。
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