第4話 心臓石加工術と投擲術

 『異獣知識初級』を選択した時、頭の中に異獣に関する知識が流れ込んだ。あの角のあるウサギは『ホーンラビット』、ミノタウロスはそのままの名前らしい。

 この知識の中にある異獣は三〇〇種。名前と攻撃能力や防御能力、知能、素早さなどが細かく分析されている。


 そして、『心臓石加工術』は異獣を仕留めた時に残る黒石などを形態制御する技術のようだ。心臓石には、火・風・水・土・木・光・闇などの属性があり、黒石は闇属性の心臓石だった。


 また形態制御というのは、どういうことか。頭の中に流れ込んだ知識を調べると、心臓石から様々な素材を生成し加工できるらしい。但し、心臓石加工術のスキルレベル1で生成できるのは、繊維関係のものだけだ。


 釣りを再開し九匹のアジを釣って防空壕に戻った。三匹を焼いて食べ、残りは干物にする。

 俺は防空壕の入り口に石と粘土で竈を作り、火も焚けるように工夫していた。


 少し前までは、海上保安庁の船が助けに来ると考えていたが、冷静に考えると遅すぎる。

「このままじゃダメだ。助けが来ないならいかだを作って、島を脱出しよう」

 筏を作る場所としては、砂浜しかなかった。他のところで作っても海に出るためには砂浜に運ばなければならない。俺は筏の材料になるものを探して島を探検することにした。


 もちろん、ミノタウロスには気をつけるつもりでいる。腰鉈と水の入ったペットボトルを入れたリュックを担いで出発した。山裾に沿って時計回りに進む。


 植生を観察すると、山裾から中腹までは広葉樹が多く、山頂付近は針葉樹が多いようだ。落ち葉を踏み締め、ゆっくりと歩き出した。ホーンラビットと頻繁に遭遇するようになった。


 ホーンラビットとの戦いに慣れたのか、鉈の一撃で仕留められるようになった。筋力と敏捷性が向上したのも影響しているのだろう。


 二〇分ほど進んだところで竹林に出た。そこで大きく黒いトカゲと遭遇する。大きさはコモドオオトカゲ程度で特徴的な尻尾をしていた。尻尾の先にとげ付きの鉄球のようなものが付いているのだ。


「おわっ、こんな化け物もいるのか」

 鉈を取り出し構える。異獣知識によると『ハンマーリザード』と呼ばれる異獣のようだ。尻尾が最大の武器で、その棘付き鉄球で殴られると死ぬ。


 ハンマーリザードの全身が回転した。その勢いで尻尾の先に付いている棘付き鉄球が襲ってきた。俺は全力で跳び下がる。空振りした鉄球が、竹に叩き付けられ硬い幹をへし折る。


 根本近くを折られた竹がザザザッと音を立てて倒れた。俺は顔を強張らせ、鉈を握る手が震えた。ホーンラビットには頼もしく思えた鉈も頼りなく見える。


 こいつを倒さなければ、筏を作る材料を手に入れられないと思い勇気を絞り出す。鉄球をぎりぎりで避けながら近付き、鉈の刃をハンマーリザードの背中に振り下ろした。


 十分な力を込めた一撃だった。だが、硬い鱗のような模様のある皮に撥ね返される。

「そんな……」

 その時、大トカゲが回転し棘付き鉄球が飛んできた。その棘が右足の付け根を斬り裂く。


 痛え、滅茶苦茶痛え! クソッ、逃げなきゃ。俺は足を引きずりながら逃げ出した。ハンマーリザードが追ってくる。顔を恐怖で歪ませ必死で逃げた。


 五分ほど経過しただろうか、後ろを見るとハンマーリザードがいない。

「はあはあ……。逃げ切った」

 俺は防空壕に戻って傷の手当をした。血はかなり流れていたが、傷は深くないようだ。


 どうしたらいいんだ? あんなのが居ると竹を取りに行けないじゃないか。竹で筏を作ろうと思っていた俺は、悩み始めた。竹の代わりに木を集めようかと思ったが、小さな鉈だけだと木を切り倒すのは難しそうだ。そうなると倒木や漂着した木材などを使って作ることになる。


「砂浜は地主が片付けたようだったし、山や林の中を捜すのは危険な気がする」

 どうするのがベストなのか分からず、俺は方針を決めかねていた。


「ゲームだったら、勝てるようにレベル上げかな」

 レベル上げの相手は、ホーンラビットしかいない。しかし、怪我した足では戦うのは難しい。


 レベル上げも無理か、どうする、どうする俺。傷を治しながらできることはないだろうか? 俺はステータス画面を表示して持っているスキルを確認した。


 スキルを練習してレベルを上げられないかと考えた。スキルレベルは1~9まであり、1~2が初心者、3~4が一人前、5~6が上級者、7が名人、8が達人、9が神業という区分になるらしい。


 練習してスキルレベルを上げられそうなのは、三つのアクティブスキルになるだろう。その中で『斧術』は怪我をしているので練習ができない。


 残る二つは『投擲術』と『心臓石加工術』である。

「まずは『心臓石加工術』を試してみるか……」


 俺はポケットから心臓石を取り出した。『心臓石加工術』を取得した時に流れ込んだ知識に従い、一つの心臓石に集中する。その心臓石を見つめ、変化させようと思っている物をイメージする。今回は釣り糸のような丈夫で細い糸を脳裏に浮かべ意志力の全てを込めた。


 頭の中でカチリと音がして、心臓石が一瞬で糸に変化した。長さ五メートルほどの釣り糸である。

「うわっ、本当に釣り糸になりやがった」


 心の中では半信半疑だったのだ。それでも心臓石が変化したのは、俺の中にある『心臓石加工術』のスキルが力を発揮したのだろう。


 俺は三つの心臓石を糸に変えた。それから残りを布に変化させてみる。出来上がった布は、二〇センチ四方の黒い布だった。


 ステータス画面を表示してスキルの欄を確かめた。相変わらず『心臓石加工術:1』である。数回スキルを使った程度では、スキルレベルは上がらないようだ。


 心臓石が尽きたので、練習できるのが『投擲術』だけとなった。少し疲れたな。怪我もしてるし、休もう。俺は寝袋に入った。


 防空壕の中で横になったが、中々寝付けなかった。傷は少し痛むが、それが原因で眠れないというほどでもない。どうしてもハンマーリザードに攻撃された時のことを思い出し、恐怖が蘇ってくるのだ。


 俺を置き去りにした船長や長瀬たちのことが頭に浮かび、怒りが湧き起こった。だが、その怒りも長くは続かない。このまま島で死ぬんじゃないかという不安で心が一杯になる。

 それでも一時間くらい横になっていると、疲れた身体が限界に来て眠りに落ちた。


 翌朝、雨の音で目が覚めた。防空壕の外は土砂降りだ。

「これじゃあ、釣りにも行けないな」

 島に一人残されて、独り言が多くなったように感じる。


 アジの干物を焼いて食べ朝食とした。その後、足の傷を調べてみると傷口が完全に塞がっている。完治しているわけではないのだが、少しくらい動いても大丈夫なようだ。


 俺は少しでも早く島を脱出したいという気持ちがあり、何もせずにジッとしていられるような精神状態ではなかった。そうだ……投擲術の練習をしよう。


 小雨になった瞬間に外へ出て小石をいくつか拾って戻った。それから防空壕の奥の壁を的にして石投げを始めた。投擲術の基本は頭の中に知識としてあるので、それに従い練習する。


 拾った数個の石を投げ、石が尽きたら壁の近くに落ちた石を拾って元の位置に戻る。それを繰り返した。一時間、二時間と繰り返し肩と手首が限界に達したので休む。


 そんなことを繰り返して一日が終わった。投げる石のスピードは増し、命中率も上がった。だが、スキルレベルは変わらない。


 翌日は晴れたので釣りに行かなければと思った。干物を食べ尽くしたのだ。釣り道具を持って砂浜へ向かう。途中、ホーンラビットと遭遇した。


 少し距離があるので投擲術を試すことにする。荷物を地面に置き、右手に石を持つ。ホーンラビットに視線を向けたまま全力で石を投げた。


 時速一〇〇キロほどで飛んだようだ。石はホーンラビットの顔に命中。その衝撃で異獣の全身が跳ね上がる。息の根を止めたわけではないがないが、かなりのダメージを与えたようだ。


 俺は近付いて鉈でとどめを刺した。その瞬間、頭の中に例の声が響いた。


【『投擲術』のスキルレベルが上がりました】


「あれだけ練習しても上がらなかったのに、何でだ?」

 もしかすると、練習だけではダメで実戦で使わないとレベルが上がらない仕組みなのだろうか?


 砂浜に到着すると、数匹の黒いウサギが俺に気づいて近付いてくる。鉈を抜いて構えた。次々に襲ってくるホーンラビットを、鉈を縦横無尽に振り回して撃退する。


 襲ってくるホーンラビットを全て仕留めた俺は、『斧術』のスキルレベルが上がるかもと期待していたが、残念ながら上がらなかった。


 なぜだろうと考え、答えに気づいた。今の戦いは、頭の中にある斧術の動きではなかったからだ。ただ鉈を振り回しただけだった。それでは斧術を使ったと言えない。レベルを上げるには練習してスキルに沿った動きを身に着け、実戦で使って敵を倒す必要があるのだろう。


「ゲームとは、ちょっと違うようだ」


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