第4話 俺の光くれてやろう
諸々の動作は素人目にも緩慢だが、大刀を一度振るうと、それはあまりにも重く、強大だった。横薙ぎに振るわれた無骨な刃は、衝突した場所から洞穴の岩壁を粉々に砕く。砕けた破片が薙ぐ衝撃に乗り、散弾のように襲い掛かって来る。
咄嗟に両腕で防御しようとするが焼け石に水。とがった先端が容赦なく肉を抉り、深く食い込んでくる。衝撃波がそれに加わり、木枯らしに吹かれた木の葉の様に吹っ飛んでもおかしくなかった。
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉおおっ!」
大声で叫びながら耐える事しか雲雀には出来なかった。石片飛び交う嵐の中では目を開くすら出来ず、ただ身を守る事しか出来なかった。
衝突の音、崩れる音、砕ける音。破壊の幾何重奏が壁床天井に何度も響き、他の音が聞こえないどころか、全感覚器を狂わせた。だから、辺りが静まり、恐る恐る目を開けた時、自分がどんな態勢でいるのかも分からなかった。ひんやり、段々と岩肌の湿気た冷たさが背中に沁み、胸と腹には金属の鋭い冷感が伝わってきた。胸にかかる重みと重力を感じて彼は、自分が仰向けに寝ている事に気づいた。
では自分の上に乗っているものは一体なんだろう、と視線を下げる。そして、うつ伏せで自分に覆いかぶさっている朧が見えた。
「朧……さん、まさか俺を庇って?」
「ご安心を。石ころ如きに破られるほど
彼女は笑顔を作ったが、どう見ても無理をしているのは明らかだった。
二人はひとまず一命は取り留めた。状況は絶望的であったが、ひとまずは安堵した。
安堵こそしたが、気を緩めはしない。素早く二人は起き上がり、怪物へと向き直った。
殆んど晴れてしまった土埃の向こうで、怪物は得物を肩に担いでいた。
「ちっ、外したか」
吐き捨てる様にそう言うと、怪物は舌打ちした。
(まずいぞ、また来る……!)
冷汗が流れ、一歩後ずさる。即席の不意打ち作戦を胸にやって来たが、いざ追い詰められた時の事は何も考えていなかった。もう一歩、後ずさりそうになってしまう。
そこへ、雲雀の近くへと朧が一歩後ろに下がった。そして、そっと耳打ちした。
「雲雀さん。私が攻撃して時間を稼ぎますから、何とかその隙に逃げて下さい」
「っ何言っているんですか!逃げるなら一緒に逃げましょう!」
「いえ、鎧を着た私は素早く動けません。必ず足手まといになってしまいます」
何も答えられず、雲雀は歯噛みした。
朧が言う事は、雲雀も考えていた。さらに、朧は何も言わなかったが、ここに自分がいても役には立てないとも。寧ろ邪魔になってしまうのではとも。
もう一歩、その足を後ろに下げてしまえばいい。それが最良の選択肢。
だがそれでいいのか?
そうしてしまっていいのか?
彼女を、このまま見殺しにしていくのか?
彼の足は動かない。
(……何をしているのです。どうして逃げようとしないのですか……?)
雲雀が少しも動こうとしないので、朧もまた攻撃に転じる事ができずにいた。
「……なんだぁお前ら、急に動かなくなりやがって」
怪物は奇妙がり、小首を傾げた。
「まぁ……もうお前なんぞどうでもいいわ。父には勇猛で劣り、母には知識で劣る。俺を倒すなど到底できそうにもない。もはや殺す事さえ馬鹿馬鹿しくなってきたわい」
すると、大刀を放り出して、その場に胡座をかいた。突然の事に戸惑う雲雀らをよそに、深く長い時間をかけて息を吸い、同じ時間だけそれを吐いた。
「あーあー、やめだやめだ。やっていられるか馬鹿馬鹿しい。こんな雑魚しか残っておらんのか!?」
泥酔して管を巻くように怒り、大声で吠える。
怪物にとってそれほどこの戦いは大事なのか、と雲雀は理解は出来ても共感はしかねた。
「こうなれば里に降りて全員血祭りにあげてやろうか。さすればもっと強い武士が、都から来るに違いないわ」
「なっ、それでは話が違う!」
今まで聞いた事もないような調子で、朧は血相を変えて叫んだ。すると、ギョロリと大きな目玉が動き、彼女を睨み付けた。強い怒りが燃えているのが仮面越しでも分かった。
「違うぅ?何が違うものか。お前は村を守る為に来た。そしてお前は負けた!ならば村を食おうが殺そうがワシの勝手だ!」
「勝手な事を言うな!私はまだ負けてないぞ!」
「いや、貴様は既に負けている。ここに来る前からな。お前の心は弱すぎる」
「黙れぇ!」
カッと朧は目を見開いた。地面を蹴り、跳ぶと、怪物の首めがけて突貫する。同時に薙刀も唸り、疾風迅雷の突きが繰り出された。
「せいやァァァァァァ!」
火花が散り、炸裂する音。
だが刃は怪物の首に届かず、その胸の辺りに突きたっていた。それすらも、ぶ厚い装甲の前には敵わず、地面に降りる朧と一緒に抜けてしまった。
ざっと数メートルは跳んで攻撃を食らわせたが、着地すると、それ以上はなかった。
「言ったはずだ。お前では勝てない、と。勝つつもりのない一撃など、ワシには届かない」
彼女は、何も答えない。
表情は見えずとも、何か大切なものが弾けとんでしまったと、寂しい背中が物語っていた。
薙刀をダランと下げたまま、動かない。
「……私の首は差し出す。だから、せめて、彼の命だけでも……」
そして、今にも消え入りそうな声で、彼女は最後、怪物に頼んだ。
雲雀は息つく暇もなく、黙ってそれを見て、聞いていた。
恐怖心の内に、堪らなく悔しい思いを抱えながら。
(あぁ……どうしてこの状況で他人に気が回るんだ……)
思わず、唇を噛む。つい力が入り、切れたところから鉄の味が染みでるが、眼中になかった。
足が小鹿みたいに震えているが、無理やり立ち上がらせた。
両眼に、熱く融けた決意が固まっていた。
(怖くても、恐ろしくても、立て……っ!)
あの怪物を倒せるような力は、何もない。
彼女をこの場から逃がすような能力もない。
だが何も出来ないからと、何もしないでいる事など耐えられなかった。
「まだだ」
沈黙を破り、怯えた心を震わせ宣言する。
「まだだ!まだ俺が残っている!俺が戦う」
怪物と朧は、彼の方へと振り返った。
つづく
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