第9話
鳥居をくぐる。もうくたくただ。ネコはお社の中へと戻っていった。
白いネコは化け物の体に吸い込まれ、やがて消えた。琥珀色の眼だけが化け物の体の中に揺蕩っていた。眼があるべき位置に戻るには少々時間がかかる。
化け物は今日見たものについて反芻した。そのうち夜が明けた。
また光がお社の中に差し込んできた。外を覗いてみる。
白い世界が目の前に現れた。雪が降っていた。一夜にしてかなり積もったようだ。昨日はそれほど寒くなかったというのに、今日はかなり冷え込んでいる。
なんだか探索に出かけるのも億劫だ。今日は出かけずにいようか。しかし、かなり腹が減っている。食料となりそうなものを探しに行こうか。
昨日の疲れが残っているのか、何もしたくない。だが腹が減っている。この二つの気持ちの板挟みである。埒が明かない。
空腹が勝利した。俺は再び白いネコを生み出した。
白いネコは外へと出かけて行った。
ネコはトコトコと歩き出した、が、神社の敷地から出るまでもなかった。食べ物がすぐそこにあった。
ニンゲンの子だ。昨日のニンゲンの子は大層まずそうだったが、今日目の前にいるこいつは違う。格別とはいかないが、それなりに旨そうだ。
年を重ねれば重ねるほどに悲しみは増える。つまり、美味しくなる。だから俺は子どもはあまり食べない。
だが今日の俺は腹ペコだ。そして、目の前にいる小娘は、子どもにしては上等だ。
今日はこいつを食べよう。そうしよう。
さて、こいつを食べる前に、少しでも美味しく食べられるように仕上げよう。
ネコはミャアと鳴いた。小娘がこちらを振り返る。目が合う。小娘の記憶がぼんやりと俺に流れ込んでくる。
これは小娘の両親だろうか。母親らしきニンゲンと父親らしきニンゲンが見える。激しく言い争っている。鼻をつまみたくなるような酒と煙草の臭いがする。小娘の視界が滲む。
おや、ニンゲンの子どもが見える。それと、机が見える。机の上には黄色い菊が置かれている。美しいではないか。俺はどうしてか花は好きだ。また小娘の視界が滲む。ああ、そうか。ニンゲンには同胞が死んだときに花をくれてやる習慣があるのだったな。嫌がらせのための贈り物なのだろうな。
ネコは小娘に語りかけた。
「お前は誰にも愛されていない。お前がいなくなったところで皆何も思わない。お前はいなくなったほうがいいのだ。」
小娘はさっきよりも少しだけ旨そうになった。お社の中から俺は飛び出し、口を大きく開けた。
小娘は、口元にゆるく弧を描いた。
真っ白なだけの景色になった。小娘はもう腹の中だ。
ああ、惜しいことをした。俺は少し後悔した。
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