最も身近な人を救うには

 王室神事部バルトロメオが帰った後、ステラは販売用のアイテムを作成しながら、ボンヤリする。

 どういうわけなのか、さっきから思考がアチラコチラにとびがちだ。

 特に義兄に関しては何度も似たような事を考えているありさま。


 さっきバルトロメオに言われた言葉を無意識に気にしているのかもしれない。

 

(ジェレミーさん、今日は大丈夫だったのかな? また体調悪くなってないかな? もうそろそろ帰ってくる頃だと思うけど……)


 昨日の弱った義兄の姿を思い出すと、だんだん作業がはかどらなくなってくる。

 もちまえの器用さもなくなり、アイテム用の小瓶が2本割れる。


 ステラはため息をつきながら破片を集め、それを持ってノロノロと部屋から出る。


 やっぱり一度ジェレミーの様子を確認したい。

 彼が再び悪化していたら、ティターニアの返事を待ってからアイテムを作り、ジェレミーの為に尽力しよう。


 そう思いながら義兄の部屋に行ってみるが、中には誰も居なかった。


「あれ?? ジェレミーさんどこ行っちゃったんだろ??」

「――ジェレミーか」

「へ?」


 ステラの独り言に応えたのは、階段スペースを下から上に飛んで来たアジ・ダハーカだった。


「一人で訓練所の方に歩いて行くのを少し前に見たぞ」

「訓練所! 体調悪そうでしたか?」

「遠目だったので、それは分からんな」

「そうなんだ。ちょっと様子を見に行って来るですよ」

「ならば伝言を頼む。『夕食の時間は何時もどおりにしてほしい』とな」

「うん」


 相変わらずマイペースな相棒の言葉に肩の力が抜ける。

 彼にとってはジェレミーの体調なんかよりも、夕飯の方が大事ってことなんだろう。

 だけど、そんな感じのスタンスでいいのかもしれない。

 義兄は普段あれだけ無敵な人なのだから、心配しすぎは逆に失礼だ。


 とりあえずガラスの破片を捨てに行こうと一階に下りてみるが、訓練所の方を向き、首を傾げる。

 アジ・ダハーカの話が本当なら、訓練所に明かりがついていそうなのに、窓から見える屋内は暗い。


「うーん……。念のため、見に行ってみようかな」


 ステラはガラスの破片を捨てた後、小走りで訓練所に向かう。

 ガッシリとした建物にだいぶ近付いても、やはり中には人の気配はない。

 もう母屋に戻ったのだろうか?

 彼を探し回るか、アイテム作りを再開するか迷っていると、裏の方から微かな音が聞こえてきた。


「音?」


 懸命に足を動かして、建物の角を曲がり……目を見開く。


「ジェレミーさん!」


 木製のベンチにもたれかかるようにして、義兄が倒れていた。

 ステラは直ぐに駆け寄り、彼の肩甲骨の辺りに手を置く。


「なんでこんな所で……」

「……ステラ」

「意識があるですね。良かった……」


 真冬の寒さの中にあって、ジェレミーの前髪は額に貼りつき、肩で息をしている。

 明らかに辛そうなのに、ステラの顔を見るやいなや笑顔になり、気を遣われているようでいたたまれなくなる。


 彼のおでこに右手をくっつけてみれば、やはりかなりの熱があった。


「無理して定時まで働いたですか?」

「いや、……帰宅途中に急におかしくなったかな。下手すると……また訓練所を破壊しちゃうかもしれないから、離れようとした……。なのに、ここで動けなくなってさ。……笑えるでしょ?」

「全然、笑えないです」


 ステラがこの家に引き取られてから、訓練所が壊れたのは過去2回。

 今彼が口にしたのはおそらく一度目の方で……、あの日からマクスウェル家の様子が一変した。

 義父と義母が家からいなくなり、たくさんいた親族も殆ど寄り付かなくなった。

 ジェレミーは魔法学校を中退してしまって、ステラは少しでも大人ぶろうと空回りばかりしてしていた。


 なんだか苦い気分になり、ブンブンと頭を振る。

 今は感傷に浸っている時ではない。

 一度大きく息を吸い込み、ジェレミーに【アナライズ】をかける。

 彼のMPはやはり上昇していて、数値はもう20,000をゆうに超えていた。

 

「ジェレミーさん……、あんまりやりたくないですが、貴方の身体の時間を止めていいですか? 知らない間に死んじゃったらって思うと、この状態を放置しておけないっていうか」


 ステラが考えているのは【アナザー・ユニバース】内への隔離。

 あんな虚無な空間に閉じ込めることに強い抵抗感を感じるが、とにかく悪化するのだけは防ぎたい。

 彼がこの状態になっている理由が分からないので、手の施しようがないのだ。

 今日ティターニアに出した手紙に対する返事に期待しているけれど、それが届くまでの間にジェレミーが死んでしまっては何の意味もない。

 

 ステラの提案に対し、ジェレミーは頷いてくれた。


「ステラちゃんに触れてもらっているうちに、随分良くなってはいるよ」

「そんなの嘘です!」

「本当なんだけどね。……でも、君に時間操作するすべがあるなら、頼んでもいいかな。この感じ、たぶんろくなことにはならないと思うから」

「う、うん」

「色んな人に連絡しないといけないから、明日以降にしてほしい」

「任せろです!」


 話をしている間に、確かに義兄の体温は下がった。

 身体にも力が入るようになったのか、姿勢を正し、その効き手はステラの頭の上に乗っかる。



「――やっぱり君が、僕のエーテルを整えてくれていたんだ。残酷なものだね。守っていたはずが、ずっと依存状態だったなんて……。知りたくなかったな」



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