義兄の安全の為に

 次の日の朝、ステラはジェレミーを【アナザー・ユニバース】の空間内に入れた。

 昨日の容体が嘘だったかのように元気だったため、最後まで入れるかどうか悩んでいたのだが、本人が強く希望したため、実行した。


 ステラはドアから顔を出し、彼の穏やかな寝顔をジッと見続ける。

 魔法空間内はジェレミーの部屋を模しており、彼本人は窓際のソファに横になっている。

 

「にぃちゃん……」


 暫く彼の手料理を食べられないのかと思うと、朝ごはんを食べたばかりだというのに物足りない気分になってくる。

 やっぱりステラの生活に彼の手料理は不可欠なのかもしれない。


「……うーん、料理を作ってくれるからこそのジェレミーさんなんだよなぁ。実際ご飯が美味しくなかったら家出だってありえたと思うし……」


 なんだか変な思考になっているのは、たぶん昨日彼自身が気になる事を言っていたからだ。

『――やっぱり君が、僕のエーテルを整えてくれていたんだ――』

 彼の言葉が何を意図していたのか正確に理解出来ているわけではない。

 だけど、なんとなく”ステラの存在が彼のエーテルの暴走を止めているから、ジェレミーはステラに愛情を持てている”と言いたかったのではないかと思っている。

 正直いって、自分にそんな能力が備わっていることに驚いたし、ジェレミーが自分に罪悪感を抱いていそうなのにも驚いている。


「……私のその能力がジェレミーさんに必要だったなら、嬉しいけどなぁ」


 今まで何故ジェレミーがシスコンになるほどまでに、自分に愛情を抱いているのか分からなかった。

 理由の無い兄妹愛なら血が繋がっていない分、些細なキッカケで他人同士になってしまいそうだし、物心ついた頃からそうなってしまうことを少しだけ恐れていた。

 だからなのか、昨日の彼の本音らしき言葉にステラは結構ホッとした。


 ステラはいつになく素直な気持ちを話せているのを自覚する。

 これはきっと、彼が今起きる可能性がないからだ。

 【アナザー・ユニバース】は特別な空間で、内部で動けた者は自分以外ではインドラの生まれ変わりの青年と、ズルワーンの生まれ変わりの少女のみ。

 つまりは、神に近い人物のみが行動可能な空間なのである。

 ちょっと本音で独り言を言ったとしても、誰も聞いているわけがないはずだ。


 言いたい事を言い終え、スッキリした気分で兄の部屋の扉を閉めようとしたのだが――、


「僕の方こそ、嬉しいよ。ステラちゃんがそんなに真剣に考えてくれるなんて、全然期待してなかった」

「ふぁっ!?」


 心の底から驚き、ステラは床から5センチほど飛び上がった。

 目を見開いて義兄の部屋を再び覗いてみると、ジェレミーがソファに腰を下ろし、髪を整えていた。

 彼はステラが何故そんなに驚いているのか分からないのか、いつも通りの仕草で首を傾げる。


「な、何で動いているですか!?」

「これから僕に時間を止める魔法をかけるんだよね??」

「魔法はもうかかってるです。ジェレミーさんの時間は止まっているはずなんです……」

「そうなんだ? ステラちゃんを邪魔しないようにじっとしていたけれど、ずっと身動き出来ていたよ」

「むむ……」


 ステラは自分の義兄なはずの男の顔を見つめる。

 今更にもほどがあるのだが、彼のことが良く分からなくなってきた。

 この空間は神に近い存在しか動けないはずなのに、どうしてジェレミーも動けているのか。

 通常の人間のレベルをはるかに超えてしまったMP値も、やはりその辺に関係があるということなんだろうか??


「魔法は……、もしかしたらジェレミーさんには効かないかもなんです」

「そっか。うまくいかないなら、仕方がないね」

「うん……。ジェレミーさん」

「どうしたの?」

「ジェレミーさんて、もう身長伸びなくなったりしちゃってないですよね? 顔に皺とか出来てないですよね?」

「僕は19歳だから流石にシワは出来てないなぁ。でも身長の方は、1ヶ月前に計ったら2センチ伸びてたね。185センチまであと僅か」

「成長はしてるですか……」


 自分やメイリンは成長が止まってしまっているので、彼も同様なのかと思ったけれど、そういうわけではなさそうである。

 だんだん混乱してくるが、身体の時間が止まらない人間をこの空間に閉じ込めてしまっては、生死に関わりそうだ。ステラはジェレミーを促し、一緒に魔法空間から脱出した。



「全く困ったもんです」


 ステラは書庫の片隅で医学書を開く。

 ジェレミーは魔法空間を出た後、ステラが彼の為にアイテムを作るまでの間、魔法省への出勤を止めると宣言した。

 そしてステラもまた、彼のエーテルを抑制するために家に居る時間を増やす必要にかられ、午前または午後のどっちかしか外出出来なくなったしまった。


 早くジェレミー用のアイテムを作りたいのに、彼の身体の症状が謎すぎるため手の付けようがないのがもどかしい。

 そこでステラは、オスト・オルペジアに住む妖精女王ティターニアと連絡が付くまでの間、人体エーテル学の本を読み漁ることとした。


「うーん……。”黎明の香”の納品日は10日後だし、あんまり時間がないなぁ」


 ステラはなるべく早くページを捲り、それっぽい記載を懸命に探した。


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