2週間ぶりの帰国

 交換留学の期間が終わり、ステラ達は再び海を越えてガーラヘル王国に帰国した。

 久しぶりの母国はテミセ・ヤよりも気温が高いものの、すっかり真冬の景色に変わってしまっている。


 船から港に降り立つと、義兄の代わりに家政婦のノジさんが迎えに来てくれていて、ステラは手を振りながら彼女の元に走り寄る。


「ただいまです。ノジさん!」

「おかえりなさいませ。お嬢ちゃま」

「迎えに来てくれて有り難うです! ほい、これノジさんへのお土産なんです」

「まぁ、有り難うございます。気を遣わせてしまって……」

「うへへ」


 ステラが渡したお土産を、ノジさんは嬉しそうに受け取る。

 彼女の変わらない様子にホッとし、ステラはちょっと気になった事を聞いてみる。


「ジェレミーさんどうしたです??」

「坊ちゃまは高熱が出て、4日前からベッドに伏せっておいでですよ」

「えぇ!!」


 4日も寝込んでいるとは、かなりの長さだ。

 普段健康そのものな人なのに、一体どうしたのだろうか?


「ジェレミーさんの身に何があったですか。病院とか回復専門の魔法院で看てもらったです?」

「ええ、ええ。魔法省の方に来てもらったのですが、どうやら体内のエーテルが絶対量よりも多い状態が続いているようでして、沈静化の効果のある魔法をかけてもらっているのですよ」

「それでも熱が下がらないですか……」

「……グレイスさんの言葉を借りるなら、『人の体は微妙なバランスで成り立っているから、一度崩れると治りづらい』のだと。坊ちゃまには寝ていていただくしかないんです」

「うへぇ……、大丈夫なのかな」

「なんとも言えません……。とりあえず、お嬢ちゃま。ここは冷えますから魔導車に乗ってくださいな」

「う、うん」


 なんだか胸騒ぎがするが、こんな所で突っ立ったまま長話をしていても、目立つし寒い。アジ・ダハーカとエマを促し、ノジさんの丸っこい背中を追う。



 マクスウェル邸についてから、ステラは一目散に義兄の部屋を目指す。

 2階のジェレミーの部屋の前まで走り、閉ざされた扉を二度叩く。

 

「……ノジさんかな?」

「えっと……、ステラなんです」

「ああ、ステラか。入っておいで」

「うん」


 ジェレミーの事だからかなり回復しているんじゃないかと思っていたのだが、扉の向こうから聞こえてくる声は、記憶の中の彼の声よりもかすれている。

 ステラの後からついて来ていたアジ・ダハーカも少し驚いたようで、いぶかしむ。


「ジェレミーのやつ、随分声が弱まっているようだな」

「やっぱそう聞こえるですよね。うぅぅ……。失礼するです」


 ドアを開けてベッドの方を見てみると、ジェレミーが辛そうに起き上がったところだった。その顔は相変わらず整っているが、憔悴の色が見える。

 

 ステラは慌てて駆け寄り、ボフンとベッドの上に乗っかる。


「体調が悪いのに、起き上がったらだめなんです!」

「そんなわけにはいかないよ。それよりも、おかえりステラ」

「ただいまです……」


 ステラの写真が大量にベッドヘッドに貼られているけれど、見てみぬふりをして、彼のおでこに自分の手の平をピトリとくっつける。


「うわっ、アチチなんです!」

「……あ~、久しぶりのステラの手の平はぷにぷにしてて気持ちがいいなぁ」

「手の脂肪はダイエット出来ないですよ。……ぐぬぬ。こんな時でもなければ、お腹にグーパンしたですが」

「ステラに叩かれても、くすぐられっているような感覚になるだけなんだけどね」

「どーせSTR値が低いですよ!」

「ふふふ……」


「ステラよ、そんな事で怒るでない。それよりも、こやつを寝かせた方がいいのではないか?? 体内エーテルが安定しないのであれば、予断よだんを許さぬ状態であろう」

「う、うんうん」


 ついつい腹を立ててしまうステラだが、相棒にたしなめられてしまい、落ち着きを取り戻す。


「えぇと……。あまり強い薬を使うのも良くないと思うので、とりあえずラベンダーの精油を使うですよ」


 ポケットの中からハンカチを取り出して、精油を5滴垂らす。すると途端にラベンダーの良い香りが漂い、ステラ自身にも眠気が忍び寄る。

 

「昨日の夜あんまし眠れなかったから、くらくらしてきたです」

「僕が居ないからって、夜更かししたんじゃない?」

「……そんなんじゃないです。船の上まで見送りに来た人が居たから、ちょっと長話をしちゃったです」

「危険な人じゃないよね?」

「ん。向こうの国で出会った可愛い女の子なんですけど……、私の親だと思い込んでいる狂人だったです」

「ふーん……変わった人も居たものだね」

「小難しい話ばかりするから、なんだか理解に時間がかかったですよ」


 そうなのだ。テミセ・ヤの天才発明家であり、ステラの前世の親を名乗る少女メイリン・ナルルは、昨夜ステラ達が乗る船に押しかけて来た。

 また面倒な頼み事を言い出すのかと思いきや、テミセ・ヤの変わったお菓子でステラの気を引いてきた。

 その菓子類でちょっとしたパーティをやりながら、彼女の今後の予定についてアレコレと話してもらった。


 隣国の政治家がらみのゴタゴタを片付けた後は、新たな発明品に取りかかりたいとのこと。その発明品はステラのアイテム作成に使えるようなものにしたいとのこと。そして、将来的にはガーラヘル王国に戻ってくるかもしれないとのこと。

 様々な話を聞き、悔しいことにステラはメイリンと今後関わることが楽しみになったのだった。


 彼女とのやり取りを思い出しているうちにステラは眠気に抗えなくなり、真下にある布団の中にもぞもぞと潜り込んだ。


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