あの日の事(side 義兄)
自分の隣にコロンと寝転んだ義妹に、ジェレミーは二度ほど目を瞬かせる。
熱の所為でぼやける視界の中にあっても、彼女の姿はしっかり認識出来ている。
あいも変わらず小さくて、背格好は10歳にも満たないかもしれない。
外出着のまま寝てしまった彼女からマフラーやコートを剥ぎ取り、うまく動かない手でたたんでいると、ベッドの上にステラの相棒がよじ登ってきた。
「すまぬな、ジェレミーよ。お主も熱が高いだろうに、ステラの面倒をみさせてしまっている」
「気にしないでいいよ。このくらいの事はしてあげれる」
「うむ。それにしても、人体とは面倒なものだな。肉体はアイテムで癒やせても、心の方は疲れがたまる」
「……ステラちゃんは頑張りすぎちゃうからね」
ジェレミーは改めて義妹の顔を見下ろす。
顔は小さいのに、頬がふっくらとしていて、森に住む小動物のように愛らしい。
金色の髪の毛は発色が良く、ジェレミーは手を伸ばして、ゆっくりと撫でる。
するとステラの口元がニマッと微笑んみ、つられて笑ってしまう。
「さて、儂もここで一眠りしてから雑貨屋に向かうとしよう」
「正直言って、君邪魔くさいよ」
「変態と二人きりにするわけがなかろう!」
「手厳しい」
ジェレミーが困ったように笑えば、小さなドラゴンは呆れたような表情のまま、ステラとの間に入り込む。
義妹との貴重な時間を邪魔されいらつくけれど、ステラと彼の関係を思えば、許容するほかない。
軽くため息をついてから、自分もベッドの上に横になる。
どういうわけかさっきよりも、体が軽く感じられる。
「……君たちと話しているうちに、少しだけ呼吸が楽になったみたいだ」
「ふむ」
指先や手のひらの感覚もハッキリしてきているようで、ステラの小さな拳に重ねてみると、よりいっそうプニプニな弾力を感じ取れる。
(ステラちゃん相変わらずプニプニでポヨポヨだな。最近だと大人ぶって反抗ばかりするから、今しか触るチャンスがないよ。眠ってしまったら勿体ないな。……っていうか、だんだん目が冴えてきた)
さっきまでのダルさはどこに行ったのか、今はもう起き上がって家事の一つや二つこなせそうなほどに回復している。
不思議な現象に内心首を傾げていると、何やら鋭利な物が腕を擦った。
アジ・ダハーカが頭の角度を変えた所為で、彼の角があたったのだ。
「おい」
「お手々を触っているだけだよ」
「うっ、うむ。いや、そうではなく、お主の熱が下がっていくような気がするのだが」
「高く感じられない?」
「ステラの体温とさほど変わらぬな」
「本当に?」
サイドテーブルに置いておいていた体温計を口に挟み、検温してみる。
すると、たしかにアジ・ダハーカの言う通り、体温が平熱まで下がったいた。
「確かに下がったね」
「ノジからは、魔法省の者達がお主になにやらかの魔法をかけたと聞いた。それが今になって効果があらわれたのではないか?」
「あの人達、そんな優秀じゃなんだよね」
何となくそれは違っているような気がしているし、魔法に関するジェレミーの直感はよく当たる。
「ステラちゃんが何かしてくれたんじゃない?」
「ステラはラベンダーの精油をハンカチに染みこませただけだが?」
「そうなんだけどね」
スッキリしてきた頭が勝手に、以前自分が起こした事件と今回の発熱を結びつけている。
(……あれは確か、魔法学校の最終学年の時)
――ジェレミーは実の父親に連れられ、若く美しいガーラへル王を謁見した。
少年にしか見えない外見とは裏腹に、話題は父親世代の人間のいたって普通のものばかり。ジェレミーの日々の訓練や学業、そして義妹であるステラの様子などアレコレ聞かれ、最後にステラの写真を定期的に送ることを約束した。
事情があってステラを手放さなければならなくなったのだろうが、父親としての愛情が確かにあるのだと、そのときは感嘆したものだった。
――しかしその日の夜、自分の身に未だかつて無い変化が起こった。
変化、と生やさしいものではない。訓練途中に体内のエーテルがざわめいたと認識した次の瞬間、訓練場を消し飛ばしていた。
エーテルの暴走なのだと頭の片隅で認識しつつも、自分の力では押さえ込むことも出来ず、一緒に訓練していた父親や親族、様子を見に来た母親を吹き飛ばしていた。
目の前の惨状を見ながら、沸騰するように発熱する身体に苦しみ、わけのわからない悲鳴を上げて転がったように思う。
永遠に続くかと思われた地獄の苦しみはしかし、寂しがり屋な子供にしがみつかれたことで、嘘のようにおさまった。
――父も母も一命をとりとめた。しかし以前のようには戦えなくなり、他国に駐在しながら地道な諜報活動をおこなっている。そうなってしまった原因は自分にあるし、責任をとりようがない。
そして何より不気味なのは、自分のMPが元々の9000から倍以上に膨れ上がったまま安定したことだ。
(ガーラヘル王がごくに何かをしたのは明らかなんだ。利用価値を見いだされた)
ジェレミーはステラをギュッと抱きしめ、自分の唇をかんだ。
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