他国の国教(SIDE ロカ)

 ステラ・マクスウェルと出会ってから、驚かされることばかりだ。

 たった今、目にしたアイテムと魔法を多重に利用した氷柱にも唖然とさせられた。

 19年間生きた中で、相当な猛者と仲間となったり、相まみえたりしたというのに、これほどテクニカルな者などステラ以外にはいなかった。


(今の巨大な氷柱を見れただけでも、ガーラヘルまで来た甲斐があったというもの!)


 感動するあまり言葉を失うロカに対し、ステラはニヘラと笑いかける。


「ほいでは私とアジさんは出発するとします。エマさんとロカさんも、よろしくなんです!」

「あ、はい! すぐに出発します!」

「ステラ様に【守りの唄】、かける」


 エマはそういうと、穏やかな声で歌った。

 この技はシールド系らしいから、こうしてかけておくことで、ステラにとってのアドバンテージになるのだろう。


 ステラとアジ・ダハーカは、これから河川の一部を凍らせ、それを渡って対岸に向かう。彼等の目的地はロイヤル・ロードから外れた森林地帯――無数に掘られた堀のエリアなのだそうだ。

 ステラはいかにも体力が無さそうなので、そこに行くのは判断ミスのように思われるのだが、何か切り札があるということか。


 彼女の小さな背中を頼もしい気持ちで見送ってから、ロカ自身も出発する。


 エマの方もメイド20名を連れて、既に歩きだしていて、方向が同じロカは彼女達を追うような形になった。


 この一団を抜くべきか、はたまた、行き先の分岐点まで護衛するべきか。


(エマさんは私よりもレベルが上だから、心配する必要はないはず。……でも、先日は彼女の義姉に襲撃されていたし、あの人も今回この試験に参加している……。どうしたものか)


 こういう優柔不断なところが自分の欠点だ。

 レイフィールドでの最後の大きな仕事でも、自分の甘さからつけ入る隙を作った。

 あの時、ロカは調査団の副団長をしていたのだが、先遣隊を盾にされたことで挟撃きょうげきのチャンスを逃してしまったのだ。目の前で仲間が死ぬかもしれないという重圧に耐えかね、団長班から遅れをとった。

 その結果、あの虚無な空間に調査団全員が閉じ込められることとなった。

 調査団だった者の半分は、今でも精神病棟で治療を受けていて、ロカの方は少々のプレッシャーや混乱でも情緒不安定になる。


 今もエマの護衛をすべきか否かと考えているだけで、涙目になっている。


 気を落ち着かせる為に、双眼鏡でステラを見てみる。

 すると、なんと、彼女は凍った川の上で転倒し、冷凍マグロが床を滑るように向こう岸に進んでいった。


(今のはワザと転んだ!? それとも、ウッカリ?? ステラさんは大丈夫なのか??)


 またもや動揺し、心拍数がえらいことになる。

 

 そんなロカの様子を察したのか、試験会場の通りに差し掛かるとすぐに、エマがクルリと振り返った。

 彼女はステラ以外に興味がなさそうなのに、他の人間に関心を示すこともあるのかと意外に思ってしまう。


「――どうして私の後を? ロカ。ステラ様の作戦、遂行してほしい」

「分かっています。ですが、目的地の方向が途中まで同じなんです。それに貴女自身、再び義姉の方に襲撃されるかもしれませんよね」

「……パーヴァのこと。ロカには関係ない。ステラ様に任せるのが一番」

「そうですか。では私はエマさんに気を遣わず、先に行かせてもらいます!」

「うん」


 エマはステラにしたのと同じように、【守りの唄】をロカにもかけてくれた。

 彼女の歌が終わってすぐに駆け出そうとしたロカだったが、前方に真っ白な礼服を着た麗人が二人たたずんでいるのを目にし、ギクリとする。

 二人は確か、エマの姉パーヴァ・コロニアのフォロワーだったはずだ。

 情報通のレイチェルの話によると、あの礼服はこの国の国教の神官服――普通であれば、神殿などでしか見かけることはない者達なのだ。


 彼等がここに居るということは、待ち伏せされていたと考えて良いだろう。


「すいません、エマさん。やはり、貴女の戦闘に加わった方がいいと判断します!」

「ロカ……、分かった」


 ”智恵ある神”の神官たちは、どちらもやせ細っており、右が水色の髪、左が黄緑の髪をポニーテールにしている。静かな眼差しをしているというのに、その奥の瞳には敵意を秘めている。


「「エマ・コロニア。あなたを通すわけにはまいりません」」


 彼等の言葉は気持ち悪いくらいにハモっている。

 誰かほかの人間に操られていると言われたなら、信じてしまいそうだ。


 狼狽するロカに反し、エマは落ち着いている。


「――そう」

「「エマ・コロニア。邪悪なあなたは今、21名の家畜を抱えています。その意味が分かりますか?」」

「メイド達は家畜じゃない。ロカも。人間だと分からないのは不思議。神官なのに」

「「神官の役割は、神の教えを下々の者に伝えること。人間か家畜か、判断する必要はございません」」


 この言葉にメイド数名が反応した。

 しかし、メイド長が即座にいさめたため、口論には発展しない。


「そう。じゃあ、戦おう。私達神に使える者は古来より、力をぶつけ合ってきた」

「「邪神の巫女を更生する良い機会です」」


 二人の神官は、それぞれ錫杖しゃくじょうを掲げ、クロス状に重ね合わせた。



 

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