賄賂を要求されても??

 侍女選出試験を受ける者達は、受付の順番を待つために列を作っている。

 ステラ達はその最後尾に並び、前方の人々を観察する。

 年齢の幅がかなり広い。ステラやエマと殆ど変わらないような年齢の者達がいる一方、80歳前後と思わしき方もいる。

 外見も様々で、天使の様に麗しい女性がいるかと思えば、濃いすね毛とヒゲを生やした女性(?)もいるようだ。


 そして、あくまでも侍女を選ぶための試験なのだから、皆それなりに上品な態度を保ちそうなものなのに、そこら中でバチバチと火花を散らしているのが面白い。


 特に目を引くのは、入口付近で対峙しているミレーネとパーヴァの一団だ。

 彼女達が名家の出なのは知れ渡っているからなのか、皆の関心のまとになっている。


「あれだけ忠告したのに、出場するんですね。ミレーネさん」

「ああ。君の言い分も理解出来たけど、やはりエルシィ様の侍女の座は譲れない」

「昔のセトンス家の女性だったら相応しかったでしょうが、今の貴女の家は蝶々を売って得た収入で食いつなぐのが精いっぱいなはずです。そんな家の女性が次期国王の側に居るだなんて、考えただけでゾッとしますね」

「君は少し考え方が古いかもしれない」

「……っ!」


(おおぅ……。良い家柄の人達って、こういうのが日常なのかな)


 聞き耳を立てている間に、ステラ達に受付の順番が回ってきた。


「――ステラ・マクスウェルさん。出願者1名にフォロワーが3名ですね」

「そうです!」

「では、出願者1名がD6666へ、フォロワーの方々はD6667へ入ってください。試験官が一人ずついますので、彼等から出される問題を解いてください」

「へ??? 別室ってことです???」

「そうです。時間が迫っているので、お急ぎでお願いします」

「わ、分かったです……」


 出願者とフォロワーが分けられたということは、別々に問題が出されるんだろう。事前に聞いていた内容と異なっているような気がして、ステラの心臓はえらいことになっている。


「ど、どうしようなんです。筆記試験の科目なんか一切分からないですよ」


 ステラはブルブル震える。

 筆記試験を通過出来なかったなら、自分の所為だ。

 レイチェルやエマ、ロカに気の毒そうな視線を向けられ、何だか肩身が狭い。


「なぁに。お主には儂がおる。儂の知識をもってすれば、最悪な事態にはなるまい!」

「うぅ……。アジさん! 珍しく頼もしい感じなんです!」

「珍しいとはなんだ! 儂は何時でも頼りになる、有能なドラゴンだぞ!」

「うーん??」


 アジ・ダハーカの所為でたまにヤバイ事に巻き込まれているので、素直にうなずけない。


 そうこうしているうちに、ついにD棟の6666号室前まで来てしまった。


「うあぁ。来ちゃった……。学校の試験よりも緊張するです」

「ステラなら大丈夫だよっ! 可愛さで満点採れるって!」

「ステラ様。困ったら、呼んで。直ぐに行くから」

「試験官を一発殴って、気を失わせている間にこちらの回答用紙と交換しましょう」


 フォロワーとして来てくれた3人が3人とも、不可能な事ばかり言うので、ガックリと項垂うなだれる。だけれど、ここまで来たからには受けずに帰えるわけにはいかない。


「恥をかいて来るとします! 皆さんまた後でっ!」

「ステラ、頑張って!」

「またね」

「こちらも全力をつくします」


 ステラは3人に見守られながら試験室に入る。

 中には初老の女性が一人佇んでいて、ステラに目を留めると、優し気に微笑んでくれた。


「ステラ・マクスウェルさんですね?」

「そうです! よろしくお願いしますです!」

「私の名はカーラ・クイル。普段はガーラヘル王立大学で教鞭きょうべんをとらせていただいております。どうぞそこの席にお掛けになってくださいな」

「ほいっ!」


 まともそうな人が試験管でホッと胸を撫でおろす。

 これがアレムカのような意地悪な老女だったら、変な汗がとまらなくなっていただろう。

 ステラとアジ・ダハーカが椅子に腰かけ、筆記用具を取り出した後、クイル試験官は一枚の紙を渡してきた。

 それを見て、「お?」と首を傾げてしまう。

 筆記試験なのだから、問題文がズラズラと書かれているかと思いきや、ただの白紙なのだ。


「えっと……。問題文も解答欄もないですが……?」

「ええ。まずは今から私が出す問題に答えていただきます。それに正解しましたら、それに応じて問題文が表示されるようになっていますよ」

「ふむぅ? 分かったです!」


 何が何だか良く分からないが、試験官に合わせるしかない。

 ステラがコクリと頷くのを待ってから、クイルは予想外なことを言い出した。


「では始めます。ステラさん、私に金貨1枚払ってください。そうしましたら、あなたの分の筆記試験は満点とさせていただきましょう」

「へっ!!???」


 何を言われたか一瞬理解出来ず、口をパクパクとさせてしまう。

 この老女は”金貨一枚分の賄賂で、ステラの点数を盛ってやろう”と言っているようだ。筆記試験をまともに受けたなら、ズタズタになるのが分かり切っているので、少し心が揺れる。


「よし、ステラ。払ってしまうがいい! この老女は金貨1枚で点数を売ってくれるぞ!」

「うーん、うーん……」


「もし貴女が私に金貨を支払わないで、フォロワーの方々が隣の部屋の試験官に金貨を支払ったなら、貴女は0点になり、フォロワーたちは満点になります」

「むむっ……。両方賄賂を払ったらどうなるですか?」

「今すぐに合格ですよ」

「両方支払わなかったら?」

「両方0点です」


 試験官の説明を聞きながら、ステラはなんだか臭いと思った。

 この独特な説明口調は、いかにも試験問題的――とすれば、これはやはり試されているということだ。


「分かったです。私には、0点を下さいです! 賄賂は払いません!」

「正解です。見事ですね、ステラさん。今のは、経済学でいうゲーム理論に倫理観の有無を判定する意図を組み合わせて作った問題です。貴女が不正解だったなら、失格とさせていただいておりましたよ。まぁ、受験生に倫理観がありさえすれば、経済学的な知識がなくても通過できるようになっているので、良心的ですね」

「う、うへぇ……」


 なんとか正解したが、これは引っかかった受験生が多そうだ。


 クイル試験官はニコニコと手の平を白紙の上にかざし、問題文と解答欄を表示させた。



 

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