さっぱりとした麗人

 ステラの友人、エマは4歳まで養護施設で育てられ、能力の高さが判明すると、コロニア家に養女として迎えられた。しかし、コロニア家での生活環境は決して良いとはいえず、日常的な虐待ぎゃくたいがあったらしい。


 彼女をマクスウェル家に住まわせようと決めた後、ステラやジェレミーはコロニア家の実態を調べ上げ、行政を味方につけた。

 そして、ガーラヘル法で定められる徒弟とてい制度――10歳~16歳までの子供であっても親方の元で働ける制度――を利用し、コロニア家から引き離すことに成功したのだった。


 コロニア家がエマにした仕打ちを思い出すと、ステラの胸が痛む。


(今は関わらないで済んでるけど、将来的にコロニア家と何かあったら嫌だな。エマさんを守りたいよ)


 ボンヤリと考え事をするステラの背に、グウェルの声がかかる。


「数か月前、マクスウェル家とコロニア家の間にトラブルがあったらしいな」

「それは……ノーコメントなんです」

「見た目に反して、口が堅いようだ」

「……」

「あの女――パーヴァ・コロニアも侍女選出試験に出るらしい。厄介なことに、あいつはウチの学校を首席で卒業したほどの実力の持ち主。しかも、大学も出ているから、教養もありそうだ」

「エルシィさんには、もっとピッタリな侍女さんが居ると思うです」

「その通り。蛾を見に行くぞ。来い」

「ふぁい」


 パーヴァ・コロニアに遭遇した所為で、忘れかけていたが、セントス家はモルフォ・ソレイユを飼育している。

 折角来たのだから、ちゃんと見てから帰りたい。


 グウェルはステラを連れて一度母屋へ入り、中庭に出た。

 巨大な建物に比例するように中庭も広く、中央付近には温室が設置されていた。

 近寄ってみると、温室の外壁はガラスで出来ているのが分かる。

 

「あっ!」


 ステラは思わず声を上げた。

 温室内に、チラリチラリと炎のきらめきが見えたのだ。


 マクスウェル家の書庫で調べて分かったのだが、モルフォ・ソレイユは普通の蝶々とは全く異なっている。羽根の表面にオレンジ色の炎を灯し、特殊なエーテルを含む鱗粉を一生に一度落として、死ぬ――とても儚い存在だ。

 それが分かっているから、ガラス越しに見るモルフォ・ソレイユの輝きが、とても尊く感じられる。


「すっごく綺麗なんです!」

「そうか? 遠くから見ると、ゴーストの一種みたいで不気味だ」

「うへへ。ゴースト怖いですか? 私は怖くないんです!」

「自分で倒せるモンスターが怖いわけないだろ。中に入るぞ」

「ほい」


 モルフォ・ソレイユにくっ付かれたら、髪や服などが燃えるかもしれないと思ったが、近くで見るチャンスを逃したくはないので、大人しくついて行く。

 グウェルが入口を開くと、中が良く見えた。

 モルフォ・ソレイユの数は百匹以上居そうだ。そして、全く予想しなかったことに、中には人間が一人居た。


 男性――ではない。美しい女性だ。

 ピシッと黒いスーツを着て、紺色の髪を肩のあたりで切り揃えている。動きにも無駄が無いため、高級なホテルで働いていそうな雰囲気だ。


 グウェルはそんな彼女に声をかける。


「姉さん。今帰った」

「おかえり、グウェル。……そちらのお嬢さんは君の友人か?」

「学校の後輩だ」

「あ、初めましてです。ステラ・マクスウェルです」

「ミレーネ・セトンスだ。初めまして、ステラさん」

「作業中悪いが、少し俺達の話に加わってほしい」


 ステラは激しく瞬きした。

 このグウェルという男、姉の前ではかなり態度が良い。


「では応接室に通したらいい。私は手を洗ったら向かおう」

「分かった。直ぐに来てくれ」



 グウェルによって、セトンス家の応接室に案内されると、ミレーネも直ぐに来てくれた。


「グウェルと親しくしてくれる人が居て、安心した。外ではずいぶん高慢に振る舞っていると聞いたから、心配だったんだ」

「姉さんが心配するような事じゃないだろう」

「いや、するさ――」


 姉弟の話を聞いているうちに、だんだん居心地が悪くなってきた。

 グウェルと自分はそれぞれの利害の為に、一時的に関わっているだけだ。

 美しい人間関係などは期待しないでほしい。


 しかし、グウェルの方はステラの考えとは異なっているのか、何故かステラを褒め始める。


「こいつはウチの学校の中で、もっとも実力のある者の1人だ。学校内にとどまらず、学外の決闘、そしてオスト・オルペジアや帝国の地でも英雄の様な活躍をみせている」

「ほぅ? 君が認めているということは、相当なんだね。幼く見えるけれど、実力は年齢とは関係ないんだな」

「わ、私は! もう、13歳なので、幼くはないです!」

「立派なレディだったか。気を悪くさせたなら、謝まらせてほしい」

「大丈夫なんです!」


 包容力を感じさせる微笑みを向けられ、ステラはヘニョヘニョになった。

 周りに残念な大人が多いだけに、こういう人に弱のだ。


 それにしても、グウェルがこれだけ自分に注目しているとは思わなかった。

 売店で売り子をしていても、彼は客として来てくれたことなどなく、いつも素通りだった。


「こいつに勝てるのは、学内ではおそらく俺だけだろう」


 滑らかに語っていたグウェルの声が、急に冷える。

 こちらを見据える目には挑発的な色も見えるので、ステラはササっと目を反らしておいた。

 色んな情報を集めていたのは、おそらくライバルの1人としてロックオンされていたからなんだろう。いつでも倒せるように、情報収集するのは大事な行動だ。




 

 


 

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