さっぱりとした麗人
ステラの友人、エマは4歳まで養護施設で育てられ、能力の高さが判明すると、コロニア家に養女として迎えられた。しかし、コロニア家での生活環境は決して良いとはいえず、日常的な
彼女をマクスウェル家に住まわせようと決めた後、ステラやジェレミーはコロニア家の実態を調べ上げ、行政を味方につけた。
そして、ガーラヘル法で定められる
コロニア家がエマにした仕打ちを思い出すと、ステラの胸が痛む。
(今は関わらないで済んでるけど、将来的にコロニア家と何かあったら嫌だな。エマさんを守りたいよ)
ボンヤリと考え事をするステラの背に、グウェルの声がかかる。
「数か月前、マクスウェル家とコロニア家の間にトラブルがあったらしいな」
「それは……ノーコメントなんです」
「見た目に反して、口が堅いようだ」
「……」
「あの女――パーヴァ・コロニアも侍女選出試験に出るらしい。厄介なことに、あいつはウチの学校を首席で卒業したほどの実力の持ち主。しかも、大学も出ているから、教養もありそうだ」
「エルシィさんには、もっとピッタリな侍女さんが居ると思うです」
「その通り。蛾を見に行くぞ。来い」
「ふぁい」
パーヴァ・コロニアに遭遇した所為で、忘れかけていたが、セントス家はモルフォ・ソレイユを飼育している。
折角来たのだから、ちゃんと見てから帰りたい。
グウェルはステラを連れて一度母屋へ入り、中庭に出た。
巨大な建物に比例するように中庭も広く、中央付近には温室が設置されていた。
近寄ってみると、温室の外壁はガラスで出来ているのが分かる。
「あっ!」
ステラは思わず声を上げた。
温室内に、チラリチラリと炎の
マクスウェル家の書庫で調べて分かったのだが、モルフォ・ソレイユは普通の蝶々とは全く異なっている。羽根の表面にオレンジ色の炎を灯し、特殊なエーテルを含む鱗粉を一生に一度落として、死ぬ――とても儚い存在だ。
それが分かっているから、ガラス越しに見るモルフォ・ソレイユの輝きが、とても尊く感じられる。
「すっごく綺麗なんです!」
「そうか? 遠くから見ると、ゴーストの一種みたいで不気味だ」
「うへへ。ゴースト怖いですか? 私は怖くないんです!」
「自分で倒せるモンスターが怖いわけないだろ。中に入るぞ」
「ほい」
モルフォ・ソレイユにくっ付かれたら、髪や服などが燃えるかもしれないと思ったが、近くで見るチャンスを逃したくはないので、大人しくついて行く。
グウェルが入口を開くと、中が良く見えた。
モルフォ・ソレイユの数は百匹以上居そうだ。そして、全く予想しなかったことに、中には人間が一人居た。
男性――ではない。美しい女性だ。
ピシッと黒いスーツを着て、紺色の髪を肩のあたりで切り揃えている。動きにも無駄が無いため、高級なホテルで働いていそうな雰囲気だ。
グウェルはそんな彼女に声をかける。
「姉さん。今帰った」
「おかえり、グウェル。……そちらのお嬢さんは君の友人か?」
「学校の後輩だ」
「あ、初めましてです。ステラ・マクスウェルです」
「ミレーネ・セトンスだ。初めまして、ステラさん」
「作業中悪いが、少し俺達の話に加わってほしい」
ステラは激しく瞬きした。
このグウェルという男、姉の前ではかなり態度が良い。
「では応接室に通したらいい。私は手を洗ったら向かおう」
「分かった。直ぐに来てくれ」
◇
グウェルによって、セトンス家の応接室に案内されると、ミレーネも直ぐに来てくれた。
「グウェルと親しくしてくれる人が居て、安心した。外ではずいぶん高慢に振る舞っていると聞いたから、心配だったんだ」
「姉さんが心配するような事じゃないだろう」
「いや、するさ――」
姉弟の話を聞いているうちに、だんだん居心地が悪くなってきた。
グウェルと自分はそれぞれの利害の為に、一時的に関わっているだけだ。
美しい人間関係などは期待しないでほしい。
しかし、グウェルの方はステラの考えとは異なっているのか、何故かステラを褒め始める。
「こいつはウチの学校の中で、もっとも実力のある者の1人だ。学校内にとどまらず、学外の決闘、そしてオスト・オルペジアや帝国の地でも英雄の様な活躍をみせている」
「ほぅ? 君が認めているということは、相当なんだね。幼く見えるけれど、実力は年齢とは関係ないんだな」
「わ、私は! もう、13歳なので、幼くはないです!」
「立派なレディだったか。気を悪くさせたなら、謝まらせてほしい」
「大丈夫なんです!」
包容力を感じさせる微笑みを向けられ、ステラはヘニョヘニョになった。
周りに残念な大人が多いだけに、こういう人に弱のだ。
それにしても、グウェルがこれだけ自分に注目しているとは思わなかった。
売店で売り子をしていても、彼は客として来てくれたことなどなく、いつも素通りだった。
「こいつに勝てるのは、学内ではおそらく俺だけだろう」
滑らかに語っていたグウェルの声が、急に冷える。
こちらを見据える目には挑発的な色も見えるので、ステラはササっと目を反らしておいた。
色んな情報を集めていたのは、おそらくライバルの1人としてロックオンされていたからなんだろう。いつでも倒せるように、情報収集するのは大事な行動だ。
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