コロニア家の女

 ”モルフォ・ソレイユの鱗粉りんぷん”を求めたステラに対し、生徒会長グウェル・セトンスは変わった条件を提示した。

 ガーラヘル王国の王女エルシィの侍女を選出するための試験にステラも参加し、邪魔者を排除するという内容だ。

 そんな試験を受け、多くの試験参加者に迷惑をかけるくらいなら、鱗粉は別から入手したいところである。


 しかし、グウェルという男は想像以上に強引だった。

 放課後になるやいなやスライム組にやって来て、机にしがみ付くステラを半ば拉致する形で魔導車に詰め込んだ。


「誘拐なんですっ! おまわりさんを呼ぶですよ!」

「モルフォ・ソレイユを見せてやろうと思ったのに、その態度か?」

「あ! やっぱり無条件でくれることにしたです??」

「やるわけがないだろう。条件はさっき言った通りだ」

「うぅ……」


 そう言われても、ステラに侍女選出試験など無理なのだ。

 お昼休みにエルシィに聞いてみたのだが、試験科目がやばかった。


 筆記試験:【一般常識&時事】、【歴史】、【会計】、【政治】、【ガーラヘル王国法】、【経済】、【国際地理&文化&法律】、【大陸語】、【芸術】

 実技試験:【礼儀作法】、【ファッションセンス】、【料理】、【裁縫】、【戦闘】

 最終試験:面接


 このようになっていて、筆記試験に合格しなければ実技試験を受けられないのだそうだ。グウェルの依頼は、『実技試験の時に、他の受験生を排除する】というものなので、筆記試験は絶対に通過する必要がある――が、筆記試験の科目の中の殆どがステラにとっては未知の学問領域なのだ。


 しかしながら、この試験には他では考えられない特色もあるようで、その中の一つが、試験補助者を3人まで選べるというものだ。

 エルシィの話によると、侍女が対応しなければならない仕事の範囲は非常に広く、到底一人の人間だけでは回せない。そこで、適切な人材を確保し、任せられる部分はその人達に任せるのが効率的なのだそうだ――つまり、人を効率的に扱えるかどうかをみる目的もあるらしい。

 

 ステラは昼の会話を思い出しつつ、自分の考えをグウェルに伝えた。


「――グウェルさんのお姉さんは、試験の時に補助する人を3人選べるです。なので、その中に腕の立つ人間を入れたらいい気がするです」

「フンッ。補助者がたった3人という点が問題なんだ。考えてもみろ、欠点を補うために、料理人と経済学者、そして芸術家の三人を雇ったらそれで終わりなんだぞ。もしライバルが何もかも完璧な女だったら、そいつは傭兵を3人雇う。姉はバトルでグチャグチャに引き裂かれて、印象が最悪になる」

「つまり、お姉さんは料理と経済と芸術が苦手だから、3枠は全て埋まってしまってて、バトルの時は外部のチームに頼らなきゃです?」

「そうなる。受験生の中に、コロニアの女が居なければ、工作なんぞ必要ないんだがな」

「コロニアの……女」


 コロニアと聞き、真っ先に思い浮かべるのはエマの顔だ。

 最近ではわりと何でも話してくれる彼女が、侍女選出試験の事は話していなかったので、グウェルが挙げた”コロニア”は、エマの事ではないんだろう。


 少しモヤモヤしてきたステラのことなどお構いなしに、グウェルは話し続ける。


「一昔前まで、王女の侍女はセントス家やコロニア家など、名家の女が選ばれていた。だが……、最近では一般人にも選出の機会を与えるようになったんだ」

「えっと。セントス家とコロニア家から選びたくなくなったです??」

「貴様、喧嘩を売っているのか?」

「べ、別に。ただ、私が実技試験で頑張っても、生徒会長のお姉さんは選ばれないような気がしただけです」

「姉は誰よりもガーラヘル王国の事を考えている。実力を示したのに落とされたなら、俺は――セントス家はエルシィ・ブロウを支持しない」

「私を潜り込ませる時点で、純粋な実力じゃないような……」

「黙れよ。の鱗粉が欲しいなら、言われた事を遂行しろ。分かったな」

「蛾じゃなくて、モルフォ・ソレイユ……」


 話をしているうちに、立派な門構えの邸宅に着いていた。

 停車した魔導車からぴょんと飛び降り、庭の様子を観察していると、母屋おもやの方からスラリとした体形の女性が現れた。

 ステラは彼女の姿をみて、口を半開きにした。


「あっ」

「あら? 貴女はエマの……」


 女性の名前はパーヴァ・コロニア――エマの姉だ。

 一度カーラウニの家で会ったのを彼女も覚えているらしく、細い眉を思い切りしかめた。


「エマはどうしているのかしら?」

「元気にしてるです」

「元気ですって? コロニア家から奪っておきながら、その程度の報告しか出来ないの?」

「奪ってなんかいないです。エマさんは自分の意思でコロニア家を出て、うちで働いてくれてるです」

「コロニア家に問題があるとでもいいたそうね」

「言いたいです!」


「――セントス家の庭先で言い争うな。見苦しい」


 意外にも、グウェルが二人の間に立ち、言い争いを止めてくれた。

 ただし、その顔面はとんでもなく凶悪なことになっている。


「消えろ、コロニアの女。何をしにきたかは知らないが、二度とこの家の門をくぐるな」

「セントス家のせがれ……。生意気だわ」


 パーヴァはステラとグウェルを冷たく一瞥いちべつした後、さっさと魔導車に乗り込み、セントス家から出て行った。

 

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