帝国からやってきた泣き虫
ミレーネ・セトンスは自分の弟の挑発行為を好ましく思わなかったのか、「まぁ、落ち着け」とたしなめる。
「グウェルは随分熱心にステラさんの優秀さを教えてくれるね。そろそろ、何を
「姉さんにはバレバレだったか。実は、ステラ・マクスウェルを侍女選出試験に出させようと考えているんだ。他でもない、姉さんの為に」
「余計なことはしなくていいと言っただろう」
「余計な事なんかじゃない! 俺様は姉さんの為を一番に考えてるんだぞ!」
「――あの! まだ承諾したわけでは」
勝手に決めつけられるのが不満で口を挟むも、グウェルの手で制される。
「マクスウェル、貴様は黙っていろ。あのな、姉さん。パーヴァ・コロニアに負けてもいいのか? エルシィ王女が、あの家の影響下に入れば、必ず洗脳されるぞ。昔あれだけ可愛がっていたのに、随分と薄情なんだな!」
グウェルの言葉によって、ミレーネは微かに動揺したようだ。
美しい手を胸のあたりで握りしめ、静かに目を伏せる。
「さっき、パーヴァが宣戦布告に来た」
「知ってる。二度と来るなと言っておいた」
「そうか……。確かに、心配ではあるよ。コロニア家は昔から”知恵ある神”への信仰心が
「
「……」
ステラは二人の会話を静かに聞く。
小難しい言葉が多いため、全てを理解できるわけではない。
しかし、パーヴァがエルシィの侍女になってしまった場合、エルシィの人格が変わってしまうかもしれないという点は理解出来た。
彼女が国民を虐めだしたら、きっと凄く悲しい気持ちになるだろう。
(この二人の言葉だけを信じるわけじゃないけど……。エマさんがあの家でいっぱい
ミレーネの方は幾分かエルシィの人格を尊重していそうではある。だったら、彼女がエルシィの侍女になったほうが、マシかもしれない……。
仕方が無しに、ステラは手を上げた。
「私も侍女選出試験に出るですっ」
「……必要ないよ。君はもっと有意義な時間の使い方をするべきだ」
ミレーネは拒絶するけれど、これはもう、決めてしまったことなのだ。
「個人的な事情もあるので、出たいです。ミレーネさんが私を認めなくても、勝手に出願しちゃうです」
「なんて子……」
「貴様がヤル気になったってことは、マクスウェル家とコロニア家が揉めているのは本当らしいな。せいぜい、ウチの役に立ってくれ」
罪悪感に満ちた表情を浮かべるミレーネと、満足気なグウェル。この二人は実に対照的な姉弟だ。
◇◇◇
グウェルにマクスウェル家の近くまで送ってもらい、帰宅すると、夕方だというのにお客さんが来ていた。
訪問者はステラに用事があるということだったので、居間に行ってみたはいいが、室内があまりに謎な状況だった。
アジ・ダハーカとエマの向かい側に座っている女性が号泣しているのだ。
「こ、これは……。えーと」
「む、ステラではないか」
「ステラ様、おかえり」
「ただいまです……」
挨拶を返しながら二人の傍まで行き、泣いている女性を観察する。
三つ編みにしたお下げは明るい赤色で、可愛らしい顔立ちをしている。
泣いていて良く分からないが、瞳の色は薄水色かもしれない。
この女性を見ていると、ステラの胸はモヤモヤした。見た事がある気がするのに、どこで会ったのか思い出せない。
「この人……。どうしたですか?」
「覚えておらぬか? この者はヴァルドナ帝国にて、お主が助けた調査団の1人だぞ。お主に恩返しするために、はるばるここまで来たのだ」
「えぇぇぇ!!!」
ステラの叫び声に女性は顔を上げ驚いた顔をした。
そして、再び大粒の涙を零す。
「ズデ……ズデラさ……?」
「う、うん。ステラ・マクスウェルです」
「う゛ぁぁぁ!! 会いたかったでじゅ! ロ゛ガ・レズリムです!!」
「ロ゛ガ?」
「ロカ・レスリムという名だな。駅で座り込んでいたのをエマが見つけ、ここに連れて来たのだ」
「この人、全財産持ってガーラヘル王国に来た。でも、列車の中で、全部盗まれた。悲しい……」
「何と言う災難……」
そこまで酷い目にあったら、ステラでも号泣してしまうだろう。
本人の身が無事だったのが不幸中の幸いである。
暫くするとロカは泣くのをやめ、ガーラヘル王国に来た具体的な目的を話してくれた。
「私、ガーラヘル王国に移住するために、ここまで来ました。ステラさんの商売を側で手伝いたいのと、帝国の冒険者ギルドに出品するをフォロー出来るんじゃないかと思ったので……。でも、全財産が無くなってしまいました。どうしましょう……」
自分の為にここまで来てくれた人を放り出すわけにもいかず、彼女をマクスウェル家に置いてもらえないか、取り計らう事にした。
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