時間凍結

 気が遠くなるほど長い時の中で、幾つもの命が儚く散るのを見届けた。


 近しい者も例外ではない。

 自分にとってほんの僅かな間に、老い、死に絶え、その肉体すらも朽ちてゆく。


 独り残されるむなしさに、

 自分の心は徐々に歪んでいっただろうか……?



 ステラは胸の痛みと共に、過去の出来事を思い出した。


(【アナザーユニバース】を創ろうと考えた時、私には友達が居た。私の所為で酷い目にあって……、随分苦しんでた。私と関りを持ったその時から、病気をわずらって、寝たきりになって……。なのに、食べ物も薬も売ってもらえなくて……。死なせたくなかった。あの人の時間を止めて、平和な時代が来てから解放する。そうしたら、また楽しく暮らせるんじゃないかと思った。でも、完成を待たずに死んじゃった)


 未完成のままの術式は、信徒だけでなく、外部にも知られることとなり、今悪用されている。

 遥か昔の出来事を思えば苦々しい気分になるが、自分自身の事だから文句を言えない。


 記憶の重みに顔をしかめていると、インドラがポリポリと頭をかきながら話しかけてきた。


「――悪かった。疑ったりなんかして」

「あんまり気にしてないですっ」

「良かった。それで……、魔法について何か思い出したか?」

「かなりの記憶が流れてきてる感じです。【アナザーユニバース】には、【時間凍結パゴノ ト クロノ】の術式が組み込まれてるですね。そしてあの当時、対になる魔法――つまり、空間から物体や人間を解き放つ効果の魔法も、同時並行的に考えていたですけども、途中でやめたです」

「んなぁっ!?」


 インドラは絶句したかのように、口を大きく開け、固まった。


 自分も彼のように思いっきり呆れてしまいたいけれど、そうも出来ないのがウンザリする。


「なんか色々な出来事があったっぽいです。今の自分には、一部しか思い出せてないみたいですけども……」


 トボトボと歩き、再びいびつな形の魔法陣の前に立つ。


「――前世で自分は、生まれ変わった後の自分に置き土産をしたかったんですね」

「もっと分かりやすく言ってくれないか!?」

「えぇと……。この魔法陣の外周、本物の方には【時間凍結】の術式が書かれてるですよ。でもこっちは空白。そして中心に近い部分に【空間配列】が組み込まれてるです」

「【時間凍結】は分かるが、【空間配列】とはなんだ!?」

「う~ん。同等の質量のエーテルが入った空間の集合体みたいな感じです。え~と、つまり私達が4時間も歩き回った空間全てのことです!」

「理解したぞ! で、ここから抜けるにはどうする? 俺でも【時間融解】を使用するぐらいは想像できるけど……」


 ステラは少し考える。

 いつもの自分だったら、この手の質問に弱かったが、今はそれっぽい答えにたどり着けた。


「――まず、解放したい空間全てを指定するです。それらに対して、”人間”、”雲”、”岩”みたいに、取り出したい対象の属性を決めるんです。そうすることで、空間外、――というか、元の世界に色んなモノを出すという魔法になるんです。あー、そうか。これを考えていた時は、放出したい物が決まってないから、術式に書いておけなかったのかも」

「そういう事か!! 割とメンドクサイ魔法になるな! だけど……、それをするにはかなりのMPが必要になるんじゃないか? 空間の個数や抜き取る物体の種類次第で、膨大になるぞ!!」

「うん。一回だけではきついかもなんですけども、取りあえずドラゴンと人間だけに絞ってやろうと思うです。それだと、ギリギリMPが足りるかもしれないんです!」

「いい考えだなっ! 流石は俺が唯一認めた男だ!」

「今は可愛い女の子なんですっ!」

「う゛っっ! わ、悪かった。少し混乱してだなぁ!! とにかく、……エーテルが足りなくなったら、金剛杵を使ってくれよ!」

「そうするです」


 リボンで背中に括り付けていた金剛杵を手に取ると、まぶしい程のプラズマが弾けていた。皆を助ける為に、この神器の力を借りなければならないかもしれない。


 改めてギュッと握ってから、歪んだ魔法陣に手を伸ばす。

 触れたか触れないかのところで、大量の球体が放出され、暗い空間にいろどりが添えられる。


 それを見回してから、殊更ことさらハッキリとした言葉で詠唱する。


「……我命ず。凍り付きし時を溶かせ。【時間融解クロノス・ティキシィス】!!」


 魔法陣の外周に、神聖文字が現れる。

 その清浄な光を確認してから、ステラはゆっくりと目を閉じたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る