欠陥品だらけ
行動の目的が定まったものの、それからが大変だった。
大量にある球体のうちから、施設や街の中と思わしきものを選んで侵入し、そこそこの時間をかけて歩き回る。
”テミセ・ヤ”の魔法実験場らしき空間もあるにはあった。
しかし、魔法陣に関する資料は無く、空回りばかりだ。
そうこうしているうちに、ステラの胸の中に虚無感が生まれ、石畳の上にへたりこむ。
「こんなに見つからないとは思わなかったです。ちょっと自信無くなってきた……」
「4時間くらい歩き回ったか! 俺は全く平気だが、あんたが辛いなら休憩しよう!」
「はへぇ。じゃあ、ちょっぴり休みます」
「おう! その辺をもう一度見てくる!」
インドラを見送ってから、ゴロリと寝転がる。
ポケットの自動筆記帳を取り出して、この数時間で入った空間の番号を確認してみれば、まだ12個しか記されていなかった。
球体全てを回るまでにかかる時間を考えると、目眩がしてくる。
「困った……」
魔導車が走っていないのをいいことに、頭を抱えて転がる。
すると、背中の辺りに何かが当たったのを感じた。
さっきまでは何も無かったはずなのに、一体何なのか。
のそりと起き上がり、物体の方を見てみれば、暗色の球体が道の向こう側に弾んで行っていた。
あれほどまでに黒い球があっただろうかと、近くに寄って覗き込む。
「何も見えない。これも【アナザー・ユニバース】で創られた空間なのかな?」
試しに球体の表面に触れる。
すると、古代文字の”1”が表示された。
それを見た瞬間、ステラの胸の鼓動は大きくなった。
想像が正しいなら、これは一番最初に創られた空間なのだ。
ここには何が入っているだろうか?
動揺しているうちに、再び球体の中に飲み込まれる。
「––うわっ! 休憩してるかと思ってたのに!」
「ちょっと事故ったです!」
インドラと二人で放り出されたのは、真っ暗闇な空間だった。
とはいえ、地面と思わしき部分には砂金のような細かい輝きがあり、とても不思議な感じだ。
(何だろ、ここ……。気分悪い。それに、だんだんヘンテコな思考になってくる)
体内のエーテルの循環がおかしい。
脳みそが意図しない活動を始め、知らない場所や、聞き覚えのない会話について思い浮かべ始める。この空間に、人間を撹乱する作用でもあるのだろうか?
「うぅ……。ここって、どこを模した空間なのかな? 鬱々としてくるです」
「人間が来るような場所じゃないのは確かだな!」
「うーん?」
人間が来るような場所ではないとすると、一体ここはどこなのだろうか。
後方には、ずいぶん巨大な魔法陣が縦向きに現れていた。
ここから自分たちが排出されたのは間違いなさそうだが、魔法陣が消えてしまったなら、この陰鬱な空間に閉じ込められるかもしれない。
「インドラさん。ここには何も無さそうだし、早めに出ようです」
「ちょっと待ってくれ! 他に魔法陣が現れたんだ!」
「本当ですか?」
慌ててインドラが立っている地点まで走って行こうとしたが、酷い頭痛に襲われ、足を止める。
「頭がぐるぐるするです」
「無理するな!」
「多少は無理しなきゃです」
ヨロヨロとインドラの近くまで行き、顔を上げる。
そこに現れている魔法陣は酷く歪んでいた。
「この曲がり方……。抽象芸術っぽいです」
「俺に芸術のことを言っても無駄だ!! それより、良く見てくれ! 描かれている内容が、随分と【アナザー・ユニバース】に近いようだ」
「あっ……」
古代文字の授業が落第寸前のステラなのだが、何故かスンナリと読めた。
普通であれば、これほど難解な術式は読み解けず、使う必要があれば丸写しで対応しているくらいなのだ。
自分自身の変化がよくわからない。
「全く同じじゃないです。外周部分に必要なものを描いてない」
「本当だなっ! えーと、本物の術式には……。神聖文字が描いてある。二つの言語を組み合わせた術式だったか!」
「……」
「お? あっちにも術式が現れた。見に行こうっ!」
「うん」
インドラに手を引かれて、走るけれど、見る前からあれも【アナザー・ユニバース】の欠陥品なのだと分かっていた。
何故ダメなのかすらも、ハッキリと言葉に出来る。
「それで創られた空間は……。中の時間が動くですよ。でも参考にはなるから、この亜空間に棄てた。……あれ?」
「……あんた。前世の記憶があるんだろ? まさか、ずっと俺を騙したのか? 新たな遊びか?」
「違うですっ! この場所に来てから、誰かの記憶が混ざるような感覚になってるです!!」
「あ、ああ。悪かった」
インドラはなおも疑うような視線を向けてくる。
その目をしっかりと見つめ返せば、彼も馬鹿らしくなったのか、軽く息を吐いた。
「––––ここは魔法の創造主のエーテルが強い。あんたの記憶もそれに反応し、表層意識に出ているのかもしれない。––––まぁ、これは前に俺がいた病院の先生のうけうりだけど!」
「あうぅ。えらいこっちゃです」
亜空間というものは、魔法使い達が自らの魔法を短縮詠唱で呼び出すために、術式を入れておくような場所だ。
普通であれば、出入りするような所ではないのに、自分たちは入れている。
この特殊すぎる状況が、前世の自分とのシンクロを生んでいるのだろうか。
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