革細工屋の倅

 オンボロ小屋の裏庭で、ステラは過去の知人をマジマジと見つめる。

 雷神インドラはボロい民族衣装をまとい、穏やかな表情で肉を焼き続ける。その姿から神聖さを感じ取るのは難しく、一般人との差は容姿の美しさくらいだ。

 彼は顔を上げると相好そうごうを崩し、トングに挟んだ肉をステラの目の前に差し出す。


「肉を食え。その辺で飼われてた鶏の肉だから、それなりに旨いぞ」

「う、うん」


 きっとタダで自分の物を分け与えるのが、彼なりの好意の示し方なんだろう。

 だとすれば、与えられた肉を食うのが礼儀というもの。


 ステラはインドラの前に置かれているアルミ缶の上に腰を下ろし、葉っぱに盛られた肉を受け取った。

 他所の家で飼われていた鶏を勝手に食べてしまっていいのかという疑問はさておき、ステラは肉に刺さった小枝を掴み、豪快に噛みく。

 

「アチチ……。でも、うまいれす」

「そうだろ! お供の二人も食え! どんどん焼くぞ!」

「ふむ、貰うとするか」

「……私の分は、ステラ様に」

「了解だ!」


 謎の食事会になってしまったけれど、何となく打ち解けているような気はしてくる。これなら話を切り出しやすい。


「インドラさん。イキナリなんですけども、ブラウンダイアモンド――金剛杵こんごうしょをどうしますか?」

「んあ??」

「金剛杵を私が持ってるです」


 そもそもこの国に来たのは、アレムカから依頼を受け、金剛杵をインドラに返すという使命があったからだ。金剛杵が渇水を解決させるアイテムかもしれなくても、本来の持ち主に一応聞くべきだろう。


「あー! あんたが持っていたのか! どーりで、懐かしい感じがしたわけだ」

「私の所に来てから、だんだん内部がパリパリしてきたです」


「こんな具合だな」


 アジ・ダハーカが【無限収納】から金剛杵を取り出し、炎の真横に放りなげる。

 オレンジ色の明かりを反射する硬質な石は、その内部に激しいプラズマを発生させている。音が漏れ聞こえないのが不思議なくらいの勢いだ。


「あんたのエーテルに触発されて、本来の力を取り戻しつつあるんだな。ってことは、俺よりもあんたが持っている方がいい」

「それはちょっと困るですね。これを貴方に返す為にここまで来たのに」

「金剛杵があれば、この国を救えるはずだ。けど、今の俺には使えないんだ」

「うん? 良く分かんないです」

「ちゃんと説明しなきゃだな。――実のところ、俺は今、人間の身体に入っている」

「乗っ取りです?」

「違うぞ!! 生まれ変わったんだ!」

「私と同じ……」

「そうそう。流行りに乗ったんだよ。制限が厳しい中で生活するのも楽しかろうってな」

「へー」


 やっぱり何となくノリが合わない。

 この原因は自分が前世の記憶を失っているのに対し、彼の方は記憶を持っているからなのか……。


「事前準備が適当だったからな、体内のエーテル含有量がえらく少ない。しかも小遣いが少なすぎて、力を解放するための旅にも出かけられなかった」

「自分の前世を打ち明けたら良かったですよ」

「打ち明けたさ! だが、頭がおかしいと、数年間病院に閉じ込められた!」

「あぁ……」


 ハードモードな人生を送ってきたようだ。

 アジ・ダハーカが遠慮なく笑い転げているのが、非常に気まずい。


「私って結構運が良かった方なのかな」

「まぁ、儂がいたからな!!」

「それもそうか~」


 似たような境遇の神との話は非常に興味深く、まだまだ話足りないのだが、こちらに同行者達が近づいてきていた。

 その中にはエルシィやゴンチャロフ皇帝の姿もあり、際どい話をし続けるわけにはいかない。


「随分大勢で来たんだな」

「インドラさん。私の前世のことを秘密にしてくれないですか?」

「あんたも病院に収容されるリスクを考えてるのか。勿論秘密にしておくさ」

「ありがとです!」


 ステラとインドラが約束し終えた頃に、ゴンチャロフ皇帝が到着した。


「夜分失礼する。そちらにおわすのは、我らが守護神インドラ様ではないだろうか?」

「あんたはゴンチャロフ・ニコライ・アレクサンデルか」

「私の名を把握しておられたか……。光栄に思う」

「残念だが、今の俺は人間だ」

「なんとっ!?」

「雷神としての神格性は薄れ、力も弱くなっている」

「……この国を、……私を見捨てるのか?」

「そんなわけあるか! その証拠にワザワザここまで来てやっただろ!」

「お、おぉ……」


 インドラは快活に笑い、両手を広げる。

 その姿は人間の身でありながらも、神々しさがあり、ステラは非常に感心してしまった。


 帝国の面々にも効果てき面だったようで、ゴンチャロフだけでなく、護衛達もが非常に感じ入ったかのように涙している。

 なんというか、かなりミーハーな人達なのかもしれない。


 使い物にならなくなった帝国民に代わり、エルシィがエンドラに話しかける。


「インドラ様、私はエルシィ・ブロウ。ガーラヘル王国から参りましたの。昨日の非礼をお許し下さいませ」

「いいんだぞ! 妹が心配だったん――」

「にゃぁぁ!! 余計なこと言うなです!」

「うごぉ!?」


 ステラはトングを掴むと、網の上の肉を大量に挟み、インドラの口に突っ込んだ。こっちの件については口止めしていなかったのが悔やまれる。

 恐る恐るエルシィの方を見てみれば、彼女の方は不思議そうに首を傾げていて、何を言われたのか理解していない様子だ。




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