焼肉の香り
ステラがゴンチャロフ皇帝の目の前で雷神インドラの居場所を特定した事で、室内は一気に騒がしくなった。
『どんな姿をしていたのか?』、『何を話していたのか?』そして『その力はいか程なのか?』。帝国側の高官達は先ほどの白けた様子など忘れたかのように熱心にガーラヘル王国側の者達に質問している。
ゴンチャロフの話によれば、帝国では神と人との距離が遠くなってきているとのこと。実在するのだと知り、高揚しているんだろう。
皇帝もまたソワソワとし始めていて、雷神に会いたくなっているのが丸わかりだ。
この騒ぎの中、ステラは昨日出会った青年の容姿を思いうかべる。
(綺麗な顔だったけど、神々しい感じはなかったような??)
胡散臭い行商人だったので、正直半信半疑だ。だけども、金剛杵を使用して探索した場合と、蛇革の財布を使用して探索した場合では、結果は一致していた。
やっぱり結果を信じて、会いに行くべきだ。
「みなさん、夜会に戻らないなら、今から雷神さんに会いに行かないですか? 善は急げなんです!」
右手をまっすぐに挙げて主張すれば、室内は静まり返った。
彼等が注目するのはゴンチャロフ皇帝。たぶん守護神と皇室のむずび付き等に配慮し、皇帝の考えを尊重したいのだ。
ゴンチャロフは勿体つけるように「うぉっほん」と咳払いしてから、ステラに向かって話し始める。
「居場所の探索、恩に着る。ガーラヘル王国の人間は優秀な者が多いのだな」
「そんなに褒められると、ちょっと照れてしまうんです……。えへへ」
「フッフフ。取りあえず、地図の場所へ行くとしよう。本来であれば神官を伴うのだうが、神殿に呼びに行っている間に、行方が分からなくなるかもしれないからな」
「じゃあ決まりですね!!」
◇◇◇
それなりに盛り上がる夜会会場を素通りし、ステラ達は宮殿を抜け出た。
お忍びの行動とはいえ、地図で示されている場所は帝都郊外の廃墟エリア。普段からかなり治安が悪いようなので、多くの護衛が同行することとなった。
数台の大型魔導車で地図に示された場所へと向かうと、トタン板で作られた粗末な小屋が並ぶ通りに差し掛かる。
ガーラヘル王国内ではなかなか眼にしないような荒んだ光景に驚きつつも、ステラは自動筆記帳の地図に注意を払う。
「地図に表示されたマークによると、だいたいこの辺にインドラさんがいそうなんですけど……」
「周囲が真っ暗で人探し――いえ、神探しは容易ではありませんね」
運転席に座るエルシィの付き人は、困った表情で魔導車を停車させた。
「ステラ・マクスウェルさん。本当にこのような薄汚い場所にインドラ様がいらっしゃるのですか? 出来ればエルシィ様には治安の悪い場所を歩いてほしくはないのですが……」
「無駄な心配ですわ!! こんな事もあろうかと、私、レイピアを持参しましたもの!!」
隣に座るエルシィを見やれば、いつの間にやらその手にレイピアが握られていた。治安が悪い場所には高レベルのモンスターがつきものなので、向上心溢れる彼女はレベル上げの機会を見逃すつもりはないんだろう。
しかしながら、王女である彼女を真っ先に行かせるわけにはいかない。
「とりあえず、私が様子を見てくるとします。やばそうじゃなかったらエルシィさんも来てください」
「えぇ!?」
「エルシィさんを宜しくなんです」
「お任せください!」
ささっとドアを開け、滑り降りれば、背後から慌てるような声が聞こえたが、彼女のことは付き人に任せておけばいいだろう。
後部座席からはエマが下りて、足早にステラに付いてくる。
アジ・ダハーカも上空を飛んでいるから、何かヤバイモンスターと遭遇しても、死ぬことはなさそうだ。
暗闇の中を前に、前にと進む。
足元から枯草の良い香りがし、それに混じってかすかに肉の焼ける匂いもする。
良質な油と、甘じょっぱいタレのような、食欲がそそられる良い香りだ。
ステラのお腹はすぐに反応し、『グゥ』と鳴った。
「お主、屋台や夜会であれだけ物を食ったのに、まだ食い足りないのか?」
「うぅ……。夜会中はお菓子ばっかり配布されたから、食事した気になってないですよ!!」
「……いっぱい食べる姿を見るの、楽しい」
アジ・ダハーカやエマと適当に話しながら歩き続ければ、しだいにパチパチと炎がはぜる音も聞こえだす。明らかに、近くに誰かが居るのだ。
音や匂いを頼りに、一軒の小屋の裏に回り込む。
すると、小さな焚火の前に例の青年が腰を下ろしていた。
「インドラさん」
「おう。来たか」
ステラの呼びかけに、間髪入れずに言葉が返された。
警戒心など一切ないような様子から察するに、雷神インドラはステラ達が近づいてきているのを気付いていたんだろう。
「あんた、やっと俺を思い出したんだな」
「悪いんですけど、思い出せなかったです。でも用事があって探したっていうか……、迷惑ですか?」
「迷惑なものか。探せた事自体が、俺とあんたの絆の証明だろう」
ニカッと笑うその顔は良い人感がにじみ出ていた。
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