旅の同行者は多いにこしたことはない?

 月日が移り変わるのは早いものである。

 駅の売店への出品や、同業者とのトラブル、そしてもちろん学校行事やテストなどなど……、アレコレ忙しくしている間に、街を吹き抜ける風はすっかり肌寒くなっていた。


 ステラはくもり空を見上げてブルリと震える。


「もうすぐ、冬がくるです。寒い冬が……。|冬来たるなんです……」


 小さな頃から冬の冷気に対しては異様に弱く、気温が零下を下回る日は冬眠中の熊のごとくベッドに潜っていた。

 何も知らなかった頃の自分は”大人になったら、冬の寒さに余裕で耐えれるようになるだろう”と希望をもっていた。

 しかし、悲しいかな。現実は残酷だ。

 精度が上がった分析魔法によれば、ステラの弱点は冷気。

 これでは簡単に治る見込みはない。


 暗澹あんたんとした表情をするステラが面白いのか、ジェレミーがクスリと笑う。


「そんな状態で帝国に行って大丈夫なの? ガーラヘル王国よりも寒いわけだけど」

「む……、大丈夫ですよ……」


 小声で返せば、モフモフとした何かを首にかけられ、目を丸くする。

 どうやら後ろからマフラーをかけられたらしい。


「一度決まったことに、これ以上難癖をつけないでおく。気を付けて行っておいで」

「うん! バイバイです!」


 ステラはニカリと義兄に笑い、駅舎へと走る。

 

 これから向かう先はヴァルドナ帝国。

 行楽をかねた調査旅行が本日ついに叶ったのだ。


 最初はなんやかんやと理由をつけて止めようとしていたジェレミーは、『黎明れいめいの香』を話題に出すと、急に協力的になってくれた。

 彼の感情を正確に理解するのは難しいけれど、どうにも、そのアイテムがステラにとって重要な意味を持つと考えたようだ。


 まず彼がやってくれたのは、探偵を雇い、アレムカが本当に『黎明の香』のレシピを所持しているのかどうかの調査だった。

 結果によれば、間違いなくアレムカの祖母が件のレシピを考案し、彼女の家が定期的に王家に納品しているのだそうだ。


 その話が本当だとしても、相手はあのアレムカ。

 再びステラを騙す可能性がないとは言えない。


 なので、ジェレミーが用意してくれた弁護士からアレムカとの契約を法律上の作法にのっとったモノとしてもらった。

 これだけやっておけば、間違いなくレシピを入手出来るはずである。


 何かやり残したことは無いかと考えを巡らせながら、駅の売店へと近づいて行くと、小さなドラゴンと少女が振り返った。

 ステラの相棒アジ・ダハーカと、護衛としてのエマだ。


 帝国へ行くのであればと、ジェレミーに彼等を付けられたのだが、彼等と一緒であれば何も問題はない。むしろ楽しみが増えたと言える。

 

 彼等は先に魔導車から下りて、おやつや飲み物を補充してくれていた。


「もう兄妹離別の儀は済んだのか? もう10分ぐらいはかかるだろうと踏んでいたんだがな」

「ついにジェレミーさんも妹離れが出来るようになったですね」

「ふむ。面妖めんような……」

「……ホットフルーツ牛乳買った。飲む?」

「あ! 飲みたいです!」

「良かった」

「エマさん有難うなんです」

「ん」


 エマから受け取った飲み物は夏場には売っていない。

 冬季限定の珍しいドリンクなのだ。

 ステラは久し振りの味わいにホッコリした後、二人と一匹で固まるようにベンチに腰掛ける。


 もう1人の同行者の身分がやんごと無い非常に高いため、ステラ達は立場をわきまえて早く来たのだが、通行人にチラチラと見られながら待つのはなかなかに苦痛だ。


 やや暫くすると、駅舎の入口の方が騒がしくなり、ステラは顔を上げる。

 

「お、エルシィさんが来たみたいですね」

「これはまた……。随分な大所帯で来たものだな」


 空中に浮かび上がったアジ・ダハーカが呆れたようなため息をついている。

 ステラもベンチから立ち、つま先立ちしてみると、たしかに入口付近に近衛の制服を来た者達がウジャウジャと居た。

 オスト・オルペジア行きよりも更に多い人数かもしれない。


 そんな彼等を恐れるように駅の利用者が逃げて行くので、こちらまでいたたまれない気分になってくる。


「もう! どうしてお父様はこんなに大勢の者を付けて寄越すのかしら!? 私はステラさんと二人きりが良いと言ったのに!」

「エルシィ様……、貴女のお立場では流石にそれは無理というものでしょう……」


 近衛の群れをかき分けるように現れたのは、いら立ちを露わにしたエルシィとそのお付きの者だ。

 彼等の話から察するに、この数の近衛を付けられたのはガーラヘル王のはからいといったところか。


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