目の前にぶら下げられたエサ
ブラウンダイアモンドについてはアレムカが刑務所に収監された後も、面倒なやり取りが続くこととなった。
ステラは正直なところ、厄介なアイテムにこれ以上関わりたくはないのだが、契約事項が込み入ってしまい、そうもいかない。
紙面上の所有者はアレムカなのだからそのまま彼女の周囲に居ればいいのに、何故か自分のところに来る。
湧いたらその都度、わざわざそれをブリジッドに返しに行くなどの対応をとってはいるのだが、1週間、2週間……と経つにつれて面倒くささに耐えられなくなり、ついにアレムカに会いに刑務所へとやって来た。
◇
面会室のパイプ椅子にチョコンと腰掛けたステラの前に、職員に連れられたアレムカが現れる。
縞々柄の囚人服を着た彼女は以前よりも老け込んでいた。
ステラはそんな彼女に少々緊張しつつ、ペコリと頭を下げる。
「あんたが会いに来るとは驚いたね」
「ブラウンダイアモンドについて、ちゃんと話した方がいいんじゃないかと思ったです」
「はぁ……。
「それはこっちの台詞なんです。貴女が私の相棒とヘンテコな契約をした所為で、石ころにストーキングされてるんです」
「その話を聞くに、金剛杵はあんたを持ち主と決め込んだように思うね。だというのに、こちらのアビリティは元通りになりゃしない。馬鹿なアイテムだよ。全く」
「そう言われても……」
アレムカは心底ウンザリしているようで、カウンターの天板を爪先で何度も叩く。ブリジッドの身勝手さは、この老婆譲りなんだろうが、その言動にいちいちキレていては何ひとつ話が進まないのは分かっている。
「以前ブリジッドさんと話をして、少し意外に思ったことがあるです。アレムカさんが金剛杵を私に押し付けたのって、”呪いを移す”以外に何かを期待していたからっぽいですね」
「そうさ。夏にあんたが戦う姿を見た事があるんだ。知人が見せてくれた動画の中で、アンタはアスピドケロンと戦っていた。アイテム士でも腕が立つ奴がいるのかと、驚いたものだった」
「ふむ?」
「アンタだったらもしかしたら、神器――金剛杵を元の持ち主に返せるかもしれない。それが駄目なら、破壊してくれるかもしれない。そう思ったのさ」
「元の持ち主……?」
「雷神」
「!!」
確かに金剛杵を調べてみると、雷神の武器のように表示される。しかし、半信半疑だったりもするのだ。
イガグリのような外観なのに、神聖な武器だとは何か変だ。
「アタシはアレが憎い……。私の店は、以前母が独りで一生懸命守ってたんだ。引き継いだ時はこの店をどうやってでも、後世に遺そうと誓った。だというのに、あんなブラウンダイアモンドに全てを台無しにされて……。一体この恨みをどうやって晴らせばいいのだ」
「……気の毒ですけど、もっと色々やり方があったと思うです。頭がまともな人に相談すれば良かったです」
「まーね。でも、それはどうでもいいのさ、問題はこれからのことだ。ステラ・マクスウェル。アタシからの依頼を受けておくれよ」
「金剛杵ですか?」
「ああ」
アレムカの眼球はギラギラとした光を放ち、ステラの目を覗き込む。
この老婆の依頼を受ける義務は無いと思いはするものの、話を遮って立ち去ってしまえば、ここに来た意味がなくなる。
「雷神に金剛杵を返すか、破壊するか、そのどちらかを達成出来たなら、アタシの祖母が王家の為に作ったレシピをアンタに譲ろう」
「……それって、どんなレシピですか?」
「流石はアイテム士、目が輝いておるな。レシピには、『
「れいめいの……こう?」
「『知恵ある神』を降臨させる儀式があってね、『黎明の香』で身と心を清めるのさ。これがあれば、王家への献上品を創れるってことだね」
「……」
「魅力的だろう? 腕を認められたなら、王家御用達のアイテム士になるのだって夢じゃないんだよ」
アレムカの甘言に乗ってはいけないと分かっている。だけれど、その『黎明の香』とやらをガーラヘル王に渡してみたいという願望がむくむくと沸き上がる。
これを受け取ったなら、実の父は一体どんな顔をするのだろうか?
前世が邪神だからと、余所の家に預けた娘から『知恵ある神』の降臨に関するアイテムを貰う……。こんなこと、きっと想像もしていないに違いない。
「王様に、直接会ってみたいな……」
「そうだろう。では依頼を受けてくれるということで良いな?」
「うん! でも、依頼を達成したなら、そのレシピとやらはちゃんと貰いたいので、
「やれやれ、分かったよ」
ブラウンダイアモンドをこのままにしておくのも厄介なので、良い機会なんだろう。ついでにガーラヘル王に会い、反応を見るのも楽しそうだ。
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