ヴァンパイア宅の眠り巫女
店じまいを終えたカーラウニに連れて来られたのは無機質な建物。
自宅でありながらも生活感が薄いのは、この中に父親の会社が入っているからであろうか。
ステラ達がこの家の門扉の前に着くと、ちょうど一台の魔導車が暴走気味に車道に出て行くところだった。
運転席に座る人物が先日写真の中で見た女性に似ているような気がして、つい前方に立つ青年の顔を見上げる。記憶が正しいなら彼の母のはずだ。
「お庭の中をあんなスピードで走行したら、デンジャラスなんです」
「一刻も早くウチから出て行きたかったんやろうな」
「この家の人なのに?」
「もうじきこの家とは無関係になるんや」
「……」
何とも意味深な言い方である。
カーラウニの母の浮気写真はどこにも見せていないので、ステラは何もしていないに等しいが、その辺どうなっているのか。
アジ・ダハーカの方も気まずく思えたんだろう。写真の件を話しだした。
「カーラウニよ。先日は儂が撮った危うい写真にショックを受けたようだったな。悪かった。もしまずい問題が起こっているのなら、ネガごと渡すが」
「あ~~~それなぁ。もうええわ。写真とは関係なく、ママはオヤジと俺を捨てることに決めたんや。写真はそっちで廃棄してくれん?」
「ふむ。気の毒なことだ」
この短期間にカーラウニの身にも様々なことが起こったみたいだ。
やや同情したステラだったが、カーラウニの次の言葉にゲンナリとする。
「ま、余所で他のママを探すわ。適当に遊んでいるウチに本物のママが戻って来てくれるかもしれへんし、それまでの代理ママが必要やな」
「これが真正のマザコンってやつですか……」
この男と長く話すと精神力をゴリゴリと削られる。
エマの容体は気になるが、出来るだけ早くこのヴァンパイアから離れるべきだろう。
呆れ果てつつも、彼の背中について家の中に踏み入る。
家の構造はヴァンパイア族風と言っていいだろう。
普通の家であれば客間は一階か、もっと上の階に置かれるものだが、カーラウニの家の場合は地下だった。
コウモリが飛び回る通路を奥へと進み、大きなドアの前にたどり着く。
「この部屋に黒巫女を寝かせてるんよ」
「少し緊張してきました」
「ずっと寝ている以外はおかしなところは見当たらへんし、緊張することあらへん」
軽い感じに話をしながら、カーラウニがドアを開ける。
部屋の中央部に設置されたベッドの上に幸薄そうな少女が横たわっていた。目を閉じ、微動だにしない様子は少し心臓に悪い。
「――カーラウニさん。その小さな方は一体……?」
室内から第三者の声が聞こえ、ステラはビクリと体を震わせた。
ちょうど死角になっている位置に妙齢の女性が居たのだ。王城付きの魔法使いの制服を着ているのだが、公務員がここに何の用があるのだろうか。
「パーヴァはん、来てたんやね。黒巫女は相変わらず眠ったままなんかな?」
「ええ……」
「この方は黒巫女の保護者になる方や。今日は様子を見せたろ、思うてな」
「……保護者? 何を言ってるのです!? エマちゃんはウチで面倒みている子です。勝手な事をしないでほしいわ!」
「でもなぁ。ワイの調べによると、黒巫女はアンタの家で虐待されとったみたいやし……。そのまま返すのは、流石のワイでも心が痛むわぁ」
「虐待なんてしてません! ただ、正しい神を信仰するように躾けているだけです!」
カーラウニとパーヴァの会話を聞いていると、もの凄く悲しい気分になってきた。話の流れから、パーヴァはエマの家族なんだろう。
だけど、パーヴァの家では風変りな子供を許容出来なかったようだ。
「エマさん。ずっと辛かったですか?」
ステラの問いかけにエマが答えることはない。
その代わりにカーラウニが彼女の身の上話をしてくれた。
「三年前まで、黒巫女は孤児院に居た。だが、神様もご覧になったやろ? こいつの能力値は異常だ。パーヴァはんと同じように王城に送り込む駒に出来ると考えた者に引き取られたんよ。だがな、黒巫女はまともに会話が成り立つ相手じゃない。その所為で随分痛めつけられたみたいや」
「悲しい……。それにしても、カーラウニさん、結構エマさんのこと調べたですね」
「ワイも流石に素性の知れん者と手を組もうとは思わからな」
「ふむふむ」
ステラ達が会話している間に、アジ・ダハーカがエマの枕元に移動していた。
「――診たところ……。巫女の魂に深いヒビが入ってしまっているようだ。だがこれはコリン達の術による反射だけではなく、長年蓄積された精神疲労もあり、大きなダメージに繋がっていそうだぞ」
「もしかして、エマさんの弱点が睡眠だったのは、その辺に理由がありそうです?」
「おそらくは」
「アジさんの力でなんとかならないですか?」
「内側からの治療なら可能かもしれんが、実行するとなると、治療する側にもリスクが出る」
「その辺もうちっと詳しく聞きたいです!」
「よかろう」
アジ・ダハーカはとある古の術についての説明を始めたのだった。
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