ビール作成依頼
「決闘の敗者は勝者の求める物や役務を提供する義務があります」
法務省の役人の言葉にステラはうなずく。
昨日の決闘には勝ったので、カーラウニはステラの求めに応える必要がある。
確認のためにも、先日提示した条件を口にする。
「カーラウニさんには是非私のお仕事を手伝ってほしいです」
「妖精の国で入手したレシピからアイテムを作りたいんやったか」
「はい。覚えてくれて良かったです」
「そりゃあな」
「必要な中間素材の中にビールがあるのですが、自分で作るのがちょいと大変で……。カーラウニさんに作ってもらいたいですよ」
「ええよ。ビールの材料は特殊なんかいな?」
「妖精の大麦です」
ステラの言葉に合わせ、アジ・ダハーカが”妖精の大麦”をローテーブルの上に出す。カーラウニはそれを手に取り、興味深げに眺めた。
「なるほどな。大麦の中でも珍しい種類を使うというわけか」
「そです。出来そうですか?」
「任せとき」
あまりにも話がスムーズに進むので、次第に胡散臭く思えてくる。
「なんか違和感あるです。もっと嫌がられると思ってました」
「ワイのことかいな?」
「うん」
「昨日決闘に負けたんやから、条件を飲むのは当たり前のことやろ。それに……」
カーラウニは横目でチラリと役人を見てから言葉を続けた。
「ステラ様は神−−−−じゃなくて、ワイがずっと尊敬していた方やからな。アイテム作成に関わらせてもらうのは光栄やし、心して働かせてもらいますわ」
「えぇ……」
昨日はなんやかんやと勝手な事ばかり言っていたくせに、よくもまぁ、ペラペラと好意的な物言いが出来るものである。
役人もカーラウニの態度が腑に落ちないんだろう。口が半開きだ。
「まぁ、そうね。ステラは私達ヴァンパイアにとって価値のある薬を作ろうとしているのだから、尊敬の念を抱くのも当然と言えるわ」
ずっと黙っていたフランチェスカが見るみかねたのか、口を挟んでくれた。
「昨日まで反抗的だったから、不信感を感じるでしょうけど、今のカーラウニはステラに従順なはずよ。何かあったらわたくしがしばくから、こいつのことは信用していいわ」
「フランチェスカさんがそう言うのなら……」
よく分からないが、カーラウニはステラに邪神の姿を重ねるようになったのかもしれない。表情からも、言葉からも反抗的な色は全く伺えないので、フランチェスカに監視をお願いしておけば、ビールの件はうまいこといきそうな気もしてきた。
「ほいでは、近日中にまとまった量の”妖精の大麦”を送リますので! 後はよろしくです!」
「任しとき。それとな----」
「むむ?」
目の前の青年は妙に言いづらそうに頬をかく。
「出来たら黒巫女を引き取ってくれへんか? 頭のおかしな子供やけど、貴方様を慕う気持ちは本物なんや」
「そう言われても……」
「住宅事情で引き取れんなら、無理にとは言わへんけど」
「うー、答え辛すぎなんです」
黒巫女というのは、昨日の決闘でステラ達の前に立ち塞がったエマのことだろう。ステータス面でも、実戦でも非常に強敵だった彼女はコリンとワトが事前に仕込んでいた【ダメージ・コピー】によって倒れた。
死にはしなかったものの、決闘終了後も意識を取り戻さなかったのだが、現在はどのような状態なのか。
「エマさんはもう目を覚ましたんですか?」
「それがな……。決闘が終わってから医者に診せたんやけど、一生寝たきりになるだろうと言われたんや。せやったら、アイツにとっていっちゃん大切な神サマの元におった方が幸せなんちゃうかなって」
「一生……」
想像していたよりも深刻だ。
【脆き魂の破壊】は人の命を奪えるほどに強力なアビリティだった。そのためなのか、命が助かったとしてもその肉体、または魂に深刻な影響を与えてしまったようだ。
言葉を失うステラの代わりに、アジ・ダハーカがカーラウニに返事をする。
「ワシ等だけの判断では回答しかねる。家の者と相談してから、回答させてもらうとしよう。ステラよ、それで良いな?」
「そうしますです。ジェレミーさんや、お義父さんお義母さんに黙って決めてしまうわけにはいかないし」
「いい返事を待ってるわ。それから、ワイの仲間の女達はなぁ----」
カーラウニは次の話を始めたが、ステラはエマのことについて考え続けた。
昨日の彼女とのやり取りを思い出すに、エマは全くまともではなかった。普段のステラだったら、なるべく関わり会いたくないと思っただろう。
だけど、彼女の純粋すぎる信仰心はステラの前世に向けられていた。
それを無視し、今後一生寝たきりのままカーラウニに任せてしまって良いのだろうか。
(エマさんかぁ……。彼女を預かるのはジェレミーさん的にどうなんだろう? ダメって言われても、目を覚まさせてあげるくらいはしてあげたいな。ああなったのは彼女の自業自得ではあるけど、このままだと後味悪いや)
ステラは自分の魔法知識の中にちょうど良いものがないかどうか記憶を辿ったのだった。
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