脆き魂の破壊
「――31発目、32発目……」
炎の魔法とバリアは接触するたびに小爆発を起こす。
一秒ごとに撃ち込む魔法により暗い遺跡内は明滅を繰り返し、祭壇に刻み込まれた細やかなレリーフが
ステラの魔法は40発を越してもエマのバリアを破ることはない。
しかしながら、バリアに弾かれた【光焔】は天井や壁に当たり、全体がジワジワと崩れ出す。
「もう50発ほど撃ったら、この空間はペッシャンコかもですね!」
煽られ耐性が無いのか、エマの表情はみるみるうちに余裕のないものに変わっていった。
「……うぅ。守る……思い出。……絶対にっ。【
「ひゃぅ!!」
エマが自身の周囲のバリアを消し去り、【光焔】のダメージを食らいながらも氷属性の低級魔法を使用した。
普通であればさほど驚異的な魔法ではないが、寒さに弱いステラには一たまりも無かった。
「しゃ、しゃぶい……。ガクガクガクガク……」
「神様が……悪い」
「ブルブルブル」
よろよろと近づいて来たエマは小さな手でステラについた霜や氷を払い落とし、ムギュウと抱きついた。
「私……これで術を……完成させれる」
「……あまりに寒くて止めづらいんです。ふはぁ……」
ステラは半分諦めかけたが、意外にも加勢する者が居た。
「ステラから離れて!」
鋭い声と共に、巨大な蛇がこちらに投げつけられた。
カーラウニと戦闘していたはずのフランチェスカの援護だ。
緩慢に顔を動かしたエマが低い声で呟く。
「邪魔。【
少女のたった一言により、フランチェスカの鞭に宿る使い魔が呆気無く消失した。
恐ろしい技を目の前で見せられ、寒さのために朦朧としていたステラの頭は冷静さを取り戻す。瞬時に手の中にエーテルを集め、魔法を発動させる。
「離れるです! 【疾風】!」
咄嗟に出て来たのは使い慣れた魔法だ。
運よくエマは後方に押し戻され、膝を付く。
「もらったわ!」
ステラを飛び越えたフランチェスカが少女に向かって鞭を打ち据えようとする。
その間、エマの表情は奇妙なくらいに凪いでいた。
彼女がフランチェスカに何をしようとしているのか、それは明白だ。
命を刈り取ろうとしているんだろう。
「っ!! フランチェスカさ―――」
「――――【脆き魂の破壊】」
エマの無慈悲な声は一際大きく響く。
大切な者を失う。絶望で胸がいっぱいになったが――奇跡が起きた。
「とりゃあー!!」
白い制服に身を包んだ少年がエマとフランチェスカの間に飛び込んで来たのだ。
一瞬誰なのかと混乱したステラだったが、すぐに合点がいった。
地上に居たはずのコリンだった。
彼の身体が輝いたと思ったら、何故かエマの方が倒れた。
「「えっ!?」」
何が起こったのかサッパリ分からないステラとフランチェスカは、揃って口を開ける。一体コリンはどんなワザを使ったというのだろうか。
「やった! ワトの魔法が効いたよ。【ダメージペースト】をかけておいたんだ!」
彼が言う魔法はダメージを反射させる性質だったはずだ。
ドヤ顔で振り返るコリンに、ステラは目をパチパチと瞬かせた。
いくら事前に大魔法をかけていたとはいえ、危険を顧みずに自身の身体を使って、一発逆転を狙ってくるとは……。
メンタルが強いにも程がある。
「コリンさん。あ、有難うです……」
「僕はステラちゃんの親衛隊長だからね! このくらい当然だよ!」
「おお……」
ステラは相変わらずなコリンに対して苦笑いを浮かべつつ、エマに近付いた。
彼女はコリンにかかっていた反射の魔法により、【脆き魂の破壊】を食らい、死んでしまったのだろうか?
仰向け状態の少女は硬く目を瞑る。その傍らに膝を付き、首のあたりを軽く押さえてみると、ちゃんと脈があった。
「命があるっぽいです……」
「見たところ体に外傷はないみたいだけど、彼女はどんなワザを使っていたの?」
「良く分かんないですけども、たぶん一瞬で殺してしまうものだったと思います」
「ええっ!? ……そ、そうなんだ」
コリンはやや引きつった笑いを浮かべる。
ウッカリ人を殺してしまうところだったのを知って、メンタル的に厳しくなっているのかもしれない。
「でも、エマさん――この女の子は生きてるんですよね。どういう状態なんだろう?」
「簡単に死んだりはせぬ。巫女の魂は特殊だからの」
カーラウニと戦っていたアジ・ダハーカが飛んできて、エマの腹の上に着地した。かなり疲れた様子なのは、ヴァンパイアの始祖の力を解放したカーラウニが強敵だったからなのか。
後方を振り返ってみると、元の体躯に戻ったカーラウニが、鞭で柱に縛り付けられていた。
胸に深く刻まれた十字の傷が決定打になっていそうだ。
色々あったので忘れかけてしまうが、フィールドに残っていた敵陣営二名が揃って伸びているこの状況が示すのは一つだ。
「何か、私達の勝ちっぽくないですか?」
「その通りだ。偉いぞ」
「おお……」
ステラはアジ・ダハーカとフランチェスカ、コリン、そして入り口近くで息を整えているワトと目を合わせ、静かに勝利に浸ったのだった。
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