すり抜ける期待

「神……様。私を……見捨て……?」


 その場にうずくまり、ガタガタと震え出したエマに対し、カーラウニは舌打ちする。


「ちっ! 強いクセして扱い辛い幼女やっちゃなー! 【人体自動醸造――」

「させません! 【エーテル抽出】」


 カーラウニが自分に対して特殊なワザを使用しているのに気づき、ステラは彼のMPを抜き取った。ガーラヘルの法律では、合意なく他人からエーテルを抜き取ってはならないとされているが、幸いここにはTV局のカメラが入っていない。

 それに向こうも違法行為を躊躇なくやってくるので、おあいこだろう。


 ステラはカーラウニの真っ赤なエーテルの塊をキャッチしようとしたが、途中で玉の進路が変わった。何故か空中に浮上し続ける。

 それを目で追うと、高い天井付近におびただしい量の赤いエーテルが渦を描いていた。


(えっ!? あれって、ヴァンパイアのエーテル……。あんなにたくさん!?)


 祭壇に置いてあった棺桶からと、杯の中にでも入っていたのだろうか?


 恐る恐るエマの方を向くと、彼女もまた仄暗い目付でステラを見ていた。


「諦めない……。たとえ……器が変わったとしても……」

「こんな事言いたくないですけど、貴女は神? に縛られすぎてる気がするです」

「……?」


(意思疎通は無理なのかな……?)


 成り立たない会話を歯がゆく思っていると、唐突に後ろから羽交い絞めにされた。硬い身体の感触と酒臭さに、ステラは思わず「うへぇ」とうめく。


「黒巫女! さっさと術を完成させーや! ワイが時間稼ぎしとくわ!」

「う……う……。酒臭いよぉ」

「カーラウニ、そうしてると犯罪くさいわ! 離れなさい!」


 後方からブンッと空を切る音がしたと思うと、カーラウニごと高速で放り投げられる。

 幸か不幸か途中で逞しい腕が外れたため、ステラの身体は落下し、顔から地面に落っこちた。


「うみゃぁ……。痛いんです……」

「わたくしがアイツを抑えておくから、お前は黒巫女をなんとかするのよ」

「ふぁい」


 顔についた土を払いながら再びエマを見れば、歌を口ずさんでいた。


「御心のままに……御心のままに……。長き時を超え、御身に宿りし生命の力――――」


 か細い声色なのに、一つ一つの音が妙にクッキリと耳に届く。

 

「ステラ……あの唄を止めるのだ。もし、お主が今のまま暮らしたいのであれば……」


 いつのまにかアジ・ダハーカが起き上がり、自ら回復魔法を使用していた。

 彼自身が積極的に止めに行かないないのは、迷いがあるからなのだろうか。

 そんな彼を見つめながら、ステラは問いかける。


「アジさん。以前の貴方の主は何を望んでこんなしちめんどくさいことしたんですか?」

「『ヒトの平凡な暮らしをしてみるのも面白そうだと』」

「うはぁ……」


 ガクリと肩を落とす。

 もっと大それた使命があるかと思ったのだが、全くそんなことはなかった。

 だけどたんたんとした暮らしを求める気持ちは分からなくもない。

 

「私、今の暮らしが楽しいです。エマさんにも、その事を分かってもらいたいかもなんです」

「そうか」

「ってことで、アジさんはフランチェスカさんを助太刀して下さい! ちょっとヤバそうなので!」

「む……。儂はお主を守らねばならんのだが」

「フランチェスカさんが負けたら、そっちの方がヤバイんです! カーラウニさんの身体能力に敵うと思うですか?」

「なるほど。一理ある」


 アジ・ダハーカは納得してくれたようで、ふわりと飛び上がると、フランチェスカに加勢しに行った。


「出でよ【大蛇】!!」


 フランチェスカの鞭の先端が変化し、巨大な蛇が姿を現す。

 蛇はそれ自体が意思を持つかのように暴れ回るけれど、フランチェスカに一度蹴飛ばされると、攻撃対象をカーラウニとしたようだ。

 宙からのアジ・ダハーカの攻撃とフランチェスカの特殊な鞭にカーラウニは銃で対処してるのだが、やり辛そうにしている。


 カーラウニの方は彼等に任せておけばよさそうなので、ステラはエマの対処に移った。


「【昏天黒地こんてんこくち】!」


 地面から生えた巨大な岩が少女の姿をかき消す。しかし、数秒も持たずに脆く崩れ落ちる。

 岩の中でエマは歌う曲を変えていた。


「仮初めの世界にありて……我を守りし鋼は、おびただしき血だまりを――――」


 おそらく岩を切り裂いたのは彼女の周囲に飛びかう無数の刃だ。

 歌により発動するタイプのバリアなんだろうが、巫女なのに物騒なワザを使うものである。


「貴女のステータスを見ましたけど、さっきのは【覚醒の唄】そして、今は【守りの唄】を歌っていそうですね。歌っている長さに応じて、効果時間が延びるタイプですか。私の攻撃を受け切っても覚醒の術に使えるだけのMPが残ってますかね?」

「神の試練……耐えきる……」


 彼女はヨロリと立ち上がり、一際大きな声で歌い出した。

 

「そっちがその気なら、ひたすら大技を打ち込み続けるだけです」


 ステラは悪そうに笑った後、ポケットの中から”美形おじさんの汁”を取り出し、グイッっとあおった。

 攻撃力を大幅に増強した状態なら、彼女のバリアを幾らか削れるかもしれない。


「さぁ、行きますよ。【効能倍加】!! 【光焔】100連撃なんです!!」

「……来て……。神に私の真価を示すの」


 右手の上に巨大な炎を出現させ、次々に火の矢を少女に向かって放つ。

 エマのバリアに触れた炎はジュ……と音を立てて消失するが、それでも確実に傷んでいる。そして、そのほころびを埋めるためにエマのエーテルが失われる。


 





 

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