マクスウェル家はたまり場と化す

 誕生日から一夜明けた土曜日。

 ステラが微妙にムカムカとする胃を抱えながら自室から出ると、廊下の左側から眩しい程の美少女が歩いて来た。

 彼女は肩にかかった銀糸を優雅に撫で払い、優し気に笑いかける。


「おはようございます。ステラさん」

「んぅ?」


 絶世の美少女エルシィが何故朝からマクスウェル邸に居るのか。

 虚ろな目で彼女を見上げつつ、記憶を辿れば、昨夜の出来事を思い出した。


 二人でプールで遊んだ後に、ジェレミーと家政婦のノジさんが作った大量の料理やケーキを食べた。

 その後、エルシィはお城に帰るのかと思いきや、何故か『ステラさんのお家に泊まりますわっ』と言い張り、阻止しようとする付き人を物ともせずに客間を占拠したのだった。


「立てこもりが起きましたっ!」

「うふふ。今日のステラさんもとってもキュートですわ。晴れていますし、朝からひと泳ぎといきませんか?」

「泳ぎは……。昨日一杯水を飲んだから、今日は遠慮ですっ」

「あら。残念ですわ」


 昨日プールで泳いでみてハッキリしたのだが、ステラは水に浮かぶ才能がないらしい……。

 プニプニした肉ならそれなりに浮きそうなものなのに、余裕で沈む。

 浮き輪に乗っかり、誰かに運んでもらわないといけない。


 エルシィとまともに遊べなかったのが無念でならず、ステラは小さな体を更に縮め、とぼとぼと顔を洗いに向かった。


 身支度を済ませてダイニングルームの扉を開けると、本日二度目の驚きがあった。


「おっはよー! ステラ!」

「あ、レイチェルさん!」


 なんと、Tシャツにショートパンツ姿のレイチェルが椅子に座っていたのだった。

 確かに決闘の打ち合わせをするため、今日マクスウェル邸に集まることになっていたけれど、来るのが予定よりも二時間早い。


「早く目覚めたから、ステラと一緒にアニメでも見よっかなーって思ったんだ! ――って! 後ろに居るのはエルシィ王女!?」

「ごきげんよう、レイチェルさん。こんな事言いたくないのだけど、人を指さす行為はお行儀が悪いのではないくて?」

「行儀作法なんて綺麗さっぱり忘れちゃったよ! ていうか、悔しい……。この家に泊まって良かったなら、昨日押し掛けたのにぃ!」

「ふふんっ! やった者勝ちなのですわ!」

「あわわ……。ええと、二人とも落ち着くです! エルシィさんも、レイチェルさんも、朝食どうしますか??」

「勿論食べますわ!」「食べる気でいたよ!」

「準備を手伝ってきますっ」


 微妙に揉めている二人から逃げるため、ステラは手伝いを口実にダイニングルームから抜け出した。


(びっくりして、眠気がとんじゃった)


 いつもなら、穏やかな喋り方をする義兄と家政婦、そして爺さんくささの溢れる相棒しかいないので、こんな日は新鮮だ。

 不整脈気味にドキドキする胸を抑えながら小走りでキッチンへと向かう。


 入口から顔を出すと、キッチンには働いている者が3人居た。

 まずはジェレミーとノジさん、そして意外にもエルシィの付き人がテキパキと手を動かしている。

 クラスメイトでもある付き人が、こうして他人の家の厨房に入っているのは、恐らくエルシィ同様、この家に泊まったからなんだろう。


 彼を気の毒に思いつつ、小声で挨拶をすれば、三者三様に返事が返ってくる。

 その中で、ジェレミーだけがステラに近付いて来た。


「良い所に来たね。ダイニングルームにパンを持って行ってくれる?」

「うん! わわっ。大量なんです」


 手渡されたのは、ミッチリとパンが詰まったカゴ2つだ。

 こんがりと焼かれたものから、真っ白でフワフワのものまである。


「今日はかなり人数が多いからね。さっき繁華街まで買い足しに行ったんだよ」

「私まで宿泊してしまって申し訳ありません」

「王女の警護もあるだろうし、仕方がないよ」


 エルシィの付き人が、気まずそうな顔をしつつ、ステラ達の間を通り抜けて行く。両手にサラダの大皿を持っているので、彼も料理の運搬に取り掛かることにしたんだろう。


「今朝父さんと母さんから連絡を貰ったんだ。君に宜しく、だってさ。誕生日プレゼントもそのうち届くんじゃないかな」

「あっ……。う、うん」


 ジェレミーの両親は長期間この家にいないけれど、ちゃんとステラの誕生日を覚えてくれていたらしい。

 元々優しい人達だったので、何とも思っていなかったが、気を遣ってくれたのは嬉しいものだ。にやける顔を隠す為に、ジェレミーから顔を背ける。


 すると、視線の先に普段とは違う光景が飛び込んできた。


「魔導二輪車が庭に入ってくるんです」

「本当だ。あの子もステラの友達なのかな?」

「えっと……、フランチェスカさんだ! 友達ですよ!」

「女子が3人に、男子が1人が朝から……。君さ、ちょっとタラシの才能あるんじゃない?」

「タワシ?」


 良く分からないことばかり言われても困る。

 ジェレミーはちゃんと説明しようともせず、流しの方に戻って行くので、言葉の意味は分からずじまいだ。

 パンが入ったカゴを持ってフランチェスカを迎えに行く途中、小さなドラゴンが合流した。


「今日は随分と賑やかだな」

「アジさんおはようです。昨日遺跡に行って調べてくれた情報を皆に話してくださいです!」

「うむ。赤毛が提供してくれた動画も吟味してみよう」

「うんうん!」


 決闘に使われるフィールドについては、昨日少し聞いたものの、特徴をまだまとめられていない。

 今日打ち合わせに来てくれた人達の意見なども踏まえて、作戦を練る必要があるのだ。







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