衝撃的なニュース
ステラとアジ・ダハーカは一緒に浴室に入る。
入浴の為ではなく、生の素材を取り出すのに、そこが最適と判断したからだ。
「では始めるぞ」
「ほい!」
小さなドラゴンが魔法でバスタブの中に氷の塊を作り、さらにその上にアスピドケロンの肝を置いた。
青色の光を放つ素材は見惚れる程に美しい。
「幻想的な色合いなんです!」
「本体から離れてもなお、海神の影響が色濃いようだな」
ダンジョン産のモンスターと異なり、野生のモンスターは、死んでも肉体が消失しないため、食用に出来る。しかしながら、この内臓の様に、各種エレメントの影響が強すぎるモノに関しては古来より食さないこととされている。
エレメントの中には、人体に危険な作用を及ぼす種類があるの、充分に分析魔法を使えない大多数の人間にとってはリスクが高いのだ。
しかしステラなら簡単に克服出来る。。
「【ディープアナライズ】!」
名称:アスピドケロンの肝(水)
性能:血行が良くなる。肌が美しくなる。摂取者の防御力を大幅に下げる。
体調、生理現象全てが無問題であると脳が錯覚する。
弱点:アルコール
虚空に表示されたデータを眺め、「ふむふむ」と頷く。
これなら水棲馬の肝と代用出来そうだ。
相棒に肝の十分の一程を切り取ってもらい、フードプロセッサーで細かくした後、大きめの瓶にウォッカと共につめこむ。
一週間程度暗室に放置したなら、アルコールにエキスがシッカリと移るだろう。
一仕事終えたステラは、居間に移動し、マッサージチェアに飛び乗った。
「え~と、後は”妖精の大麦”でビールを作らないとです」
「うむ。期待しておるぞ」
「イースト菌はパン用でいいのかなぁ。後で食糧庫を覗いてみないと」
ブツブツと呟くステラを放置して、アジ・ダハーカはピコンとテレビを付ける。
”――容疑者は自宅で密造したワインを露店で売りさばいたとして、罰金で金貨500枚が――”
アナウンサーのたんたんとした声が伝えるのは、王都の軽犯罪のようだが、ステラとしては聞き逃せない内容だった。
モニターに視線をうつしてみると、悪そうな顔をしたおじさんが、実名で晒されている。
状況をあまり理解出来ないけれど、酒を造る行為は褒められたものではないのだろうか?
「何で罰金なんかとられちゃうんだろ??」
「法律に違反したからだね」
廊下から第三者の声が聞こえてきたので、ステラは驚きのあまり飛び上がった。
振り返れば義兄がタオルを手にニコニコとこちらを見ている。
こうして足音を消して歩く癖は、マクスウェル家の者に伝わる暗殺術で身に付いたらしいが、甘やかされて育ったステラはこの動きに感付くことは出来ない。
「一昔前に、質の悪い酒が市中に出回って、多くの死者が出たんだ。だから素人が醸造するのは禁止されているよ」
「さ、参考になります! ええと、もう訓練が終わったですか?」
「一回戻って来ただけ。ノジさんが浴室が血なまぐさいというのでね」
ノジさんとはこの家の家政婦さんの名前だ。
彼女はアスピドケロンの肝の件を知らないので、驚いたらしい。
「……犯人は私なんです」
「やっぱりね。念のために来たけど、ステラから彼女に事情を説明しておいてよ」
「ほい!」
「それと。あのさ、確認なんだけど」
「ん?」
「ステラは酒を密造したりなんかしないよね? 特殊素材を使ってビールを作って売りさばいたりなんかしないよね?」
「ふぁ……」
ジェレミーの笑顔からとてつもない圧を感じる。
ステラ達の会話をどのくらい聞いていたのか知らないが、これには頷かざるをえない。
民芸品の牛のようにコクコクと首を振るステラに満足したのか、ジェレミーは笑顔を深めた後、扉を閉め、立ち去って行った。
「ジェレミーさんいつも以上に怖かったです。やっぱマクスウェルの名前を汚されたくないのかな」
「アヤツは純粋にお主を心配しているだけだと思うがな。毎日のようにお主の写真に頬ずりしているくらいだぞ」
「怖い……」
時々目にする義兄の奇行を、ステラは普段頭の中から消去しているものの、こうして相棒の口から改めて聞くと恐怖でしかない。
まぁまぁ高い気温だというのに、ガクガクと震えてしまう。
「そんなことよりも、ビールはどうするのだ? ”妖精の大麦”を使ったビールなぞ、王都のどこでも作られておらんぞ! 儂も飲んでみたいのだが!!」
法律について全く詳しくないステラだが、叔母から作り方を学んだアイテムの中には、アルコールを使うものが幾つもある。しかし叔母もステラも警察に捕まったことがないのはどういうことなのか。
完成品にアルコール分が含まれていないなら許されるという事ではないだろうか?
ビールの状態で売っていると見做されなければOKな気がしてくる。
「酒をコッソリ作るんです!! それで、気付かれる前に、アルコール分を飛ばすんです!」
「ふむ。なるほど。であれは、監視のきついこの家よりも、魔法学校内で作った方が安全かもしれんな」
「うんうん。明日が楽しみなんです」
ステラはマッサージチェアから下り、イースト菌を探しに食糧庫へと向かった。
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