売店係の密造

 翌日、王立魔法学校に登校したステラは昼休みを利用してビール造りに励む。

 国の許可を得ていない一般人がアルコール類を作るのは法律違反であるため、誰にもバレないよう、作業場は売店用の倉庫としたのだが、果たして完成まで無事でいられるだろうか。


「えーと。次の作業は糖化なんです」


 粉々に砕いた麦芽をお湯の中にドサドサと入れ、適温に調整する。

 アルコールを作るにはまずでんぷんを麦芽糖やブドウ糖などにするのが大事なのだ。

 これがうまくいかなければ、適切なアルコール度数にならないため、手を動かすステラの表情は真剣そのもの。


「お主の作業を見て胸が躍るのは初めてかもしれん」


 尖った目をきらめかすアジ・ダハーカに、ステラは「ニヒヒ」と笑う。

 期待してくれる者がそばにいてくれるおかげで、ヤル気がどんどんと沸いてくる。


 作業はこのまま順調に進むものと思われたが、イキナリ扉をノックされ、中断せざるをえなくなった。


「わわっ……。誰が来たんだろう?」

「儂が見て来よう」

「うん」


 内側から扉の鍵を閉めておいたので、居留守を使ってもいいのだろうが、訪れた人物はちゃんと把握しておきたい。

 マクスウェル家の教えの中に、悪事を目撃された場合の対処法なるものがあり、それを思い出したからだ。

 ①口止め料を支払う②金で黙らなかったら弱みを握る③対処無しの場合は存在を消す。

 さすがに③を実行する気はないが、①くらいならやってもいいかと思っていたりする。


 戻って来た相棒が告げたのは、意外な人物の名だった。


「レイチェルが来たようだぞ」

「レイチェルさん? こんな所に何の用なんだろ?」

「儂等がここに入り込むのを目撃したんじゃないのか?」

「ふむぅ。困ったですね。アジさん、窓から外に出て、レイチェルさんを誤魔化してみてくれないですか??」

「アヤツにはバレても問題なかろう」

「駄目ですよっ。下手したら共犯になっちゃいますからね」

「お主、なかなかに友達思いなんだな。仕方が無い、旨いビールを飲むために一仕事しよう」

「よろしくなんです!」


 フヨフヨと窓の方に飛んでいく相棒の姿を見送った後、ステラは作業を再開した。数分後に戻って彼の話では、レイチェルはアッサリと立ち去ってくれたようだ。

 何か用だったのかと気にはなったが、ステラは昼の休憩時間を有効利用することにした。



 放課後に教室の出口から出ようとしたステラは、レイチェルに阻まれた。


「スーテーラ!! 昼は頑張ったみたいだね!」

「へ!? えーと、はい……」


 アジ・ダハーカが昼になんと言ってレイチェルを立ち去らせたのか知らないため、ステラの心臓は煩く鳴る。


「やっぱ身長が伸びないと、気になっちゃうよね~。人知れず努力する姿勢は尊敬に値するよ!!」

「身長……。うーん……」


 どうやら相棒は、”ステラは身長を伸ばす為の何かをしている”と話していたようだ。なかなかに不本意な内容なので、思わず目を細めたステラである。

 

「昼にステラを探したのはさぁ、放課後に付き合ってもらいたい場所があったからなんだよね。今から用事ないなら、一緒に来てよ!」

「ごめんです。今日はちょっと忙しいので、無理なんです……」

「え~~~」


 分かりやすく肩を落とすレイチェルに、罪悪感がつのる。


「レイチェルさんはどこに行く気だったんですか? 明日とかなら大丈夫かもです」

「西区のバーだよ」

「未成年が制服姿でお酒を飲むのはヤバヤバなんです」

「飲まない飲まない! 併設されたショップで実家の父ちゃんに頼まれた酒を買って帰るだけだから!」

「ふむふむ」


 それでも、学生がそんな店に入って行ったら誤解されそうなものである。

 ステラは良いことを思いつき、隣を漂うアジ・ダハーカの腹をつつく。


「アジさん、もしレイチェルさんの父上さんが欲しがっているお酒を持っていたら、渡してほしいんです」

「むむ……。代金を支払うのであれば、譲っても良いが」

「ホント!? 『ヴァンパイヤビール ニンニクフレーバー』ってやつだよ。持ってるかな~?」


 ステラは奇妙な偶然に動揺した。

 現在密造しているのがビールだし、ヴァンパイヤ用のアイテムを作ろうとしてる。

 そもそも、”ヴァンパイヤビール”なる銘柄は、ヴァンパイヤ族が関わっていると聞いたことがあるが、”ニンニクフレーバー”なのが良く分からない。彼等が苦手とする物の一つなのではなかったか。


「ふむ。クラフトビールか。先日、雑貨屋のアーシラと飲んで無くなってしまったが、ツテを頼れば手に入れられるだろう」

「入手をお願いしちゃってもいい!?」

「良いぞ。今週中に何とか用意しよう」

「有難う! よろしくね!」


 事が上手く運びそうで、ステラはホッとする。

 それにしても、肝が据わったレイチェルが一人で買いに行けないのは、西区のバーに何かおかしな点があるからなんだろうか?

 場所的にも先日の医者の件を思い出すので、ステラは微妙に嫌な予感がしたのだった。

 

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