水のエレメント
次の日、マクスウェル家には朝から建設業者がやってきた。
どうやら庭にプールを作ろうとしているようで、穴を掘ったり、整地したり、機材を使用する騒音が凄まじい。
何故今更そんな物を作るのか不思議に思い、ジェレミーに聞いてみると、ステラを泳げるようにしたいのだそうだ。昨日海で溺れかけたのを深刻に受けとめているらしい。
理由はそれだけではなく、そろそろステラの誕生日なので、プールをプレゼントにしたいのだとか。
ステラとしては、昨日のトラウマが酷くて、お風呂に浸かるのも少々怖くなっているくらいなので、あまり嬉しい贈り物ではない。
しかしながら、受け取る側としては、どのように作られるのか興味はあり、外のベンチに座り、読書ついでにジロジロと作業現場を観察する。
その読書だが、何を読んでいるかというと、妖精の国から持って来た書物やメモ用紙だ。
実はこの中に問題のブツも紛れ込んでいて、読んでいると心臓がバクバクと五月蠅くなる。
妖精の国からアジ・ダハーカが無断で持って来ていた物をスッカリ忘れてしまっていたのだ。
何かというと、大昔のアイテム士の部屋に散らばっていたレシピ類である。
直ぐに返却しなければと思ったのだが、アイテム士としての好奇心が強すぎて、結局目を通してしまっている。
(うぅ……。面白過ぎて読むのが止まんない! 地下の小部屋に住んでいたアイテム士さんはすっごくたくさんの事を試してみていたんだなぁ)
成功した組み合わせだけでなく、失敗した組み合わせ等も書かれているため、まだ半人前なステラには参考になることばかりだ。
メモを取りつつ、3時間ほど過ごしていると、家の訓練所の方からアジ・ダハーカが飛んできた。
「さっきから随分集中しておるな」
「ん。アジさんは訓練所に居たですか?」
「うむ。暇だったのでジェレミーの訓練を見学しておった」
「ジェレミーさんはお偉いさんになっても、ちゃんと鍛えてるんですねー」
「親の七光と言われぬよう、気を張っておるようだ」
「七光? それって人を
「褒める意味はないな」
いつもながら小難しい言葉を使う相棒に適当に頷き、視線をレシピに戻す。
ペラリと一枚めくると、次の紙の内容がなかなかに興味深かった。
「”
「似非とな……。大昔のアイテム士も胡散臭い薬を作っていたものだ」
「名前が凄いんです!」
「お主も大概だがな」
「ふーんだ。えーと……、紙になんか日記っぽいことが書いてありますね」
所々かすれた文字を一つずつ丁寧に読んでいく。
”ティターニア様はご友人の悪行を憂慮していらっしゃる。ヴァンパイアであられる所為か、血への渇望が酷いのだとか。私のこの薬はきっとその方の役に立つ。体内に取り込んだなら、力有る者の血を飲んだときと同じ感覚を得られるハズなのだから”
ステラはレシピから目を上げ、「おお!!」と叫んだ。
「作ってみたくなったのか?」
「はい! とっても!」
材料はモータルウォーター、”妖精の大麦”で作ったビール、水棲馬の肝を溶かした高濃度のアルコール等と書かれている。
しかし、モータルウォーターとビールは何とかなりそうだが、もう一つの用意が難しそうだ。
「水棲馬の肝か。アーシラさんの雑貨屋さんに売っていないか見に行ってみようかな」
「あの者なら、今旅に出ているぞ」
「えー……」
このドラゴンには美女の友人が多すぎる。
何故なのか気になるけれど、少々怖いので、聞けないでいる。
まぁ、それはいいとして、今はこのアイテムに水棲馬の肝が使われる理由を考えたい。
(肝かぁ……。血管が詰まるのを防いだり、細胞の再生を促したりするのを狙っている? でもそれだけじゃ、水棲馬である必要がないなぁ)
腕を組んで「うんうん」唸るステラを気の毒に思ったのか、アジ・ダハーカが珍しくも助け船を出してくれた。
「一つ良い情報を与えてやろう」
「何ですか?」
「妖精の国に住まう生き物の内臓はな、ティターニアの力の影響から、各種エレメントが付きやすいのだ」
「火、地、風……とかです?」
「そうだ。妖精の国に住む水棲馬の肝には水のエレメントが付与されているのではないか?」
「ふむ。……ん?」
何か重要なヒントをくれたような気がする。
大事なのは、水のエレメントと言いたいのだろうか?
そして、ステラは水のエレメントが付いた素材をごく最近目にしている。
「そっか……。分かったかも! アジさん! アスピドケロンの肝を出してほしいんです!」
「うむ。ここだと暑さで痛みやすいだろうから、涼しい場所で取り出すぞ」
「ほい!」
一度このレシピに書かれたアイテムを作りたくなっている。
本当にヴァンパイアの飢えを癒すような効果があるのだろうか??
ステラは頭の中に、ヴァンパイアの少女の姿を思い浮かべながら、いそいそと室内に入って行った。
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