亀から得たもの(SIDE ステラ)

 アスピドケロンを退治した後、戦闘に関わった者達は魔法省に場所を移した。

 事後処理等を話し合う必要があるのだが、海の氷が溶け出した所為で、浜辺は本来の暑さを取り戻し、大人数で固まるには危険地帯と化したからである。


 国の機関で公務員をやるのは、なかなかメンドクサイようで、ステラが殆ど気にしないような事でも真剣な打ち合わせが行われた。

 海から打ち上げられる海洋モンスターの処理方法。バラバラになったトライデントを水の神殿に届けるかどうか。この件を国王に誰がどのように伝えるのか、等々。

 他にも議題はあったのかもしれないが、半分ほど居眠りをして過ごしたステラは内容を完璧には把握していない。


 しかしながら、魔法省までノコノコとついて行ったのは無駄ではなかった。

 今回の協力の見返りとして、アスピドケロンの肝を貰えたからだ。

 それに、エスカードに提供したポーションの代金もキッチリいただいた。


 帰りは夕暮れ時になってしまったが、未知の素材を獲得したおかげで、足取りが軽い。

 そんなステラの背に声がかかる。


「てっきり疲れ切っているかと思ったのに、元気だね。毎日ポーションを飲んでいるからかな?」


 クルリと振り返れば、20m程離れて、義兄がちゃんとついて来ていた。

 居眠りするアジ・ダハーカを抱えているので、少々暑そうだ。


「ジェレミーさんも、毎日飲みますか?」

「有難いけど、やめておくよ。君の稼ぎが減っちゃうし」

「確かに!!」

「それにしても、君ってば、ちゃっかりエスカードさんにマジックアイテムを提供してたんだね。褒めちぎってたよ」

「そうなんだ。うへへ。ちょっと照れます」


 直に持ち上げられるよりも、他人から伝え聞く方がなんとなく嬉しい。

 照れくささでホッペが火照ってきたので、頭に被ったトンガリ帽子を脱ぎ、顔に向かって仰ぐ。


「ジェレミーさんもそろそろ私を認めて下さい!」

「とっくに認めてるよ」

「そうですか?」

「うん。でもさ、今日は僕の心配を他よそに海にいったじゃない? だからあんまりチヤホヤしないでおく」

「褒めてほしいんですっ」

「ちゃんと罰を受けたなら褒めてあげてもいいよ」

「罰?」

「今日は君が僕に夕飯をおごること」

「えぇ!?」


 体ごと振り返り、義兄の顔を見上げると、悪い笑顔を浮かべていた。

 かつてこんな強請りをされたことがないため、ステラはアタフタと慌てる。


「今日の夕飯はオムライスのハズなんです!」

「”海に行かなかったら、オムライスを作る”って約束だったよね? 破ったんだから、当然ナシだよ」

「そんなぁ。口がもうオムライスモードになってるのに……」

「そんなモードないよ。あ、あの定食屋にしようか!」


 ジェレミーが指さすのは、たまに利用するショボい定食屋だ。

 味は確かなものの、クセのある主人が少し苦手だったりする。

 元気を取り戻した様子のジェレミーがさっさとステラを追い越し、店に向かっていくので、ステラも慌ててついていく。

 

 店内に入ると、元気のいい店主の声がかかった。


「らっしゃい! マクスウェル兄妹と小せぇドラゴンの旦那か! 久し振りだな!」

「親父さん、レモラの切り身が手に入ったから、うまいこと料理して食わせてよ。あとは……、そうだな。お勧めの料理どんどん持って来て」

「ど、どんどん!?」


 この店でそんな事を言っては、店主が店中の食材を使って料理を作りかねない。

 実行に移される前に、ステラは止めに入った。


「いっぱい食べちゃ駄目なんです!」

「ケチだなぁ」

「なんでぇ? いつもはステラちゃんが遠慮しない側なのによぉ」

「今日は、この子が僕等にご馳走してくれるんだよ」

「ほんとか!?」

「ええと、約束を破った罰で、私が代金を支払うことになりました」

「兄に飯を奢ってやるようになったとは、いっちょ前になったな! 見直したぜ!」

「ほへぇ。そういうものなんだ」


 良く分からないけれど、1人の人間として認められたようである。

 おだてられやすいステラは、簡単に機嫌が直り、弾むようにしていつもの席に向かった。


「そういえば、あのアスピドケロンの肝。海神の影響を色濃く受けていたね」

「ですです。良い物を貰えてラッキーなんです」

「何のアイテムに使うかもう決めたの?」

「うーん……。ノープランなんですけど、出来たら人の役に立つ物に使いたいかなぁ……」

「いいね、それ。エスカードさんがさ、ステラのマジックアイテムに興味津々みたいだから、良い物が出来たら、売り込みに行くといいよ。僕にでもいいけど」

「そうします!」


 今回、魔法省の役職者に能力を知ってもらえたのは、得なことだったかもしれない。

 プラス思考になれば、先ほど溺死しかけたのは綺麗さっぱり忘れられそうだ。


 ジェレミーが預けたレモラの切り身は、ドライトマトとアサリと一緒にオリーブオイルで煮込まれ、文句なしに美味しい仕上がりになっていた。

 ようやく目覚めたアジ・ダハーカと共に、大皿の料理をつつき、マクスウェル家の長い一日は幕を閉じた。


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