ラベンダーの香り(SIDEステラ→エルシィ)
ステラは自分の体内を巡るエーテルに意識を向けた。
分析魔法を数回使ってしまったものの、残量は充分にある。
海神の所有物を壊すだなんて、自分に出来るはずがないと思いたいところだが、何故だか確信を持っている。
競り負けるわけがないと。
(私の自信はどこからくるんだろ? 自信過剰なだけなのかな?)
不思議な気分だ。だけど、試す価値はあるだろう。
アスピドケロンはステラ達が乗るボートに体当たりを繰り返していたが、ジェレミーの攻撃でいとも容易く沈められた。尻尾に刺さっていたトライデントは、切り離されたものの、そのもの自体の意思を示すがごとく浮かび上がり、魔法省職員達の度肝を抜いた。
”主を選定する時――”
海で溺れかけた時の声が、トライデントから聞こえる。
怪訝な表情でそれに手をかけようとするジェレミーに、ステラは慌てて声を上げた。
「それに触っちゃ駄目なんです!!」
「ん? そうなの?」
「そうです! バラバラにしちゃいます! うぐぐ~~! 【分解】!!」
ステラは生産魔法―【分解】をトライデントに向けて使用した。
術式がトライデントの各パーツを囲むように展開し、ギギギ……と非常に耳障りな音を立てる。
ごく普通の武器であれば、これでバラバラになるのだが、このトライデントはくさっても神の所持品なだけあり、一筋縄ではいかない。
(手ごわいなぁ。うへぇ~)
ぐんぐんとMPが抜かれるせいで、全身が酷い倦怠感に襲われ、立っているのがやっとの状態だ。成功するかどうかはかなり際どい。
「ステラ! 怪しいモノに生産魔法を使っちゃ駄目だと、小さい頃からあれほど言ってるじゃないか」
ジェレミーがステラの背後に回り、両の二の腕を掴んできた。それに腹をたて、ステラはブンブンと腕を上下させて振り払う。
「今集中しているから、ほっといてください!」
「そうはいかないよ! 大人しく船室に入って!」
「ジェレミーよ。やらせてみたらどうだ? 兄が妹の成長の機会を阻害してはいかん」
気が付くとアジ・ダハーカがステラ達の周囲を旋回していた。
彼が助太刀してくれたことに気を良くし、ニヤリと見上げれば、ジェレミーは納得いかないような表情をしたが、二の腕を掴む手は放してくれた。
「解体してやるんです!!」
いっそう強くトライデントに集中すると、ビリりと痺れるような感覚が全身に走った。残り僅かだったMPが一気に押し出され、トライデントの接合部各所を強引に引っぺがす。
ボフン!! と少々間抜けな音の後、バラバラになったトライデントが船底に散らばった。
「で、出来ちゃった……」
輝きを失った海神の槍は、もうステラに語り掛けてはこない。
無力化されたと考えても良さそうだ。
周囲の喧騒をどこか遠くに聞きながら、ステラは自分の両手を見つめたのだった。
◇◇◇
「エルシィ様。今日はもう剣の稽古はよろしいのですか?」
背後から声をかけてきたのはエルシィの付き人だ。
彼は非常に出来の良い少年だが、あまり空気を読めないのが難点といえる。
「ジェレミーさんが大慌てで帰られたのですもの」
「あの……。そんなにアスピドケロンと戦闘したかったので?」
「当たり前ですわ!! 聞けば、魔法省総出で対応にあたっているとのこと。どれほど強いのか、確かめたいではありませんか!」
「さようでございますか」
「全くお父様ったら、本当に融通が利きませんわね」
ガーラヘル王が訓練場に見学に来ていなかったら、エルシィは城から抜け出せただろう。
自由ではない身の上を嘆き、天を仰ぐ。
「おや? あそこにおられるのは、王妃様ですね」
「お母様?」
付き人が向く方を見ると、確かにエルシィの母が居た。
エルシィと同じ銀糸の髪に、優し気な顔立ちの麗人は、中庭のベンチに座り、彼女の侍女と歓談している。
最近ずっとふさぎ込んでいたのに、今は春の日差しの様な微笑みを浮かべている。しかも、彼女が着ているのは白いワンピースドレス。
ようやく喪服を着るのをやめたようだ。
エルシィは心が軽くなるのを感じ、彼女に駆け寄る。
「お母様!!」
「エルシィ。今日も元気一杯ね」
「ほどほどですわ! あら? ラベンダーの香りが……」
母に近付いて行くと、上品な花の香りが漂っていた。
もしや? と期待に目を輝かせると、案の定だった。
「これよ。貴女が私に贈ってくれたでしょう?」
彼女の手には、エルシィがプレゼントした小瓶が握られていた。
ステラに貰った精油は、検査の結果、全く問題ないことが分かったので、母へ贈ったのだ。
「あの子の命日が近づくにつれて憂鬱な気分になっていたのに、これを嗅いだとたん、とても気持ちが楽になったわ……。とても品質の高い精油ね」
「実は、私の友人が作って下さった精油なのですわ! あの方はとても優秀で……、きっと王都一、いいえ、ガーラヘル王国一のアイテム士になるに違いありませんわ!!」
友人が母に認められたのがとても嬉しい。
もっと彼女の事をアピールするため、
母の侍女が眉を顰めるにも関わらず、エルシィは日が暮れるまでの間、ステラの武勇伝を熱く語ったのだった。
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