売店係の弱点

 ステラはお茶とランプを持ってきてくれたピオニーに、ペコリと頭を下げた。


「有難うです」

「順調ですか?」

「はい。私でも何とか使えそうです」


 手順をもう一度頭の中で整理してから、【ディープアナライズ】を使用すると、先ほど亜空間内に仕込んだ術式が、魔導書と全く同じに展開し、ステラの目の前にステータスデータがずらずらと現れた。

 “アビリティ“の情報までは今まで通りだが、その下に新たに“ウィークポイント“の項目が増えている。

 正しく分析出来ているならば、“冷属性“と“時間逆行“がステラの弱点ということになりそうだ。


 確かに、冬の寒い日は暖かな部屋に篭っていないと極端に動きが悪くなるので、“冷属性“に弱いのは納得できる。しかし“時間逆行“というのが良く分からない。


 考え込むステラに、ピオニーがヒントをくれた。


「ステラ・マクスウェルさんは、今までの人生で死んだ経験があるのでしょうか?」

「む? 死んでいたなら、今ここにいる私は幽霊ということになりますよ?」

「……」


 ピオニーは言いにくそうに顔をしかめる。

 彼女が伝えようとしている内容は、かなり微妙なのだろうか。


「人間達は宗教上の理由で、人生を一度きりとしているようですね」

「人生二度目はないんですよ?」

「あります。蘇生を行える者がいますから」

「ええ!? そうなんですか! よく知ってますね!」

「それなりに勉強してますから。話を戻しますね。一度死んだ者は、蘇生後に生きた時間が容易に巻き戻りやすい。貴女のウィークポイントに時間が逆行する事が挙げられているのは、その辺が関係するかもと思いました」

「死が近いんですか……」

「しかし、あまり恐れなくてもいいかもしれません。この世界に時間を操作できる者は非常に少ないはず。それこそ、神の領域に足を踏み込むような所業ですから……」

「うん……」


 恐れる必要がないと言われても、不安を拭いされない。

 本当に自分は一回死んでしまっているのだろうか?


(私がマクスウェル家の養女なのは、一回死んだからなのかな?)


 ホオズキの炎を見ていると、少しだけ落ち着かない気分になる。

 無意味に手足を動かし、ちゃんと生きているのを確かめてしまう。


 ピオニーは静かな眼差しでステラをジッと見つめてきた。


「弱点のことは他に漏らしません」

「うん。有難うです」


 気になることは色々あるけれど、これ以上自分の弱点について考えても仕方がない。

 これからの人生を、冷属性の魔法を得意な者や、時間を操作出来る者と戦闘を行わないようにしたらいいだけだ。


 それよりも、朝から気になっていた事をピオニーに聞きたい。


「話を変えちゃいます。ダンジョン核が壊れて、モータルウォーターの仕事に影響はないですか?」

「と言うと?」

「ええと……。ダンジョン核の力でスルーアが生まれてて、それで、その……。スルーア達にモータルウォーターの仕事をさせていたじゃないですか。だから、とどこおりそうだなと思ったです」

「そう言うことですか。まぁ、スルーア達の仕事を、他の妖精にさせればいいだけです。花の名を持つ妖精達は、自分達の存在を誇示するために、同じ名の花をそこら中に植えますが、正直少し無駄だと考えています」

「あ! 野原の整備はピオニーさんの指図じゃないんですか?」


 思い出したのは、この城に来るまでの間に目にした、様々な季節の花が咲き乱れた野原だ。美しすぎるあまり、ブラックな仕事ぶりを感じられたものだ。


「違います。宰相としてやらねばならない仕事がたくさんありますから」

「それもそうかぁ」

「モータルウォーターについては、気にする必要はありません。妖精達の有り余った魔力を使用すれば、以前と同じくらいの採取量を確保出来るはずです」

「ふむぅ」


 オスト・オルぺジアの宰相が言うのだから、なんとかしてしまうのだろう。

 余所者のステラが首を突っ込みすぎては、うっとおしがられるだけだ。


「さて。そろそろ帰国の時間ですね」

「あ! そういえば、ガーラヘル帰国が早まったのでした」

「はい」


 宿舎が破壊されたことと、妖精達が地下の修復にかかりきりになっていて、ステラ達に構えないため、帰国が早まった。日没ごろには旅立つ予定になっている。


「折角貸してもらった魔導書、読みかけで残念です……」

「ガーラヘルに持ち帰って読んだらいいです」

「いいんですか?」

「はい。ただ、ちゃんと返却しにいらしてください。この国に」

「有難うです!! 絶対に来ます!」

「その時までにちゃんとした宿舎を建てております」

「うん!」

「それと、ステラさん。777番目のクローバーは元気にしていましたか?」

「とても元気で可愛い妖精さんでした」

「そうですか。あの方にまた会ったら、ティターニア様も、私も会いたがっていると伝えて下さい。あの方の存在は、私たちにとって、元気になれる“薬“と言えるので」

「ん? 了解です!」


 何か含みのある言い方だったと思ったが、しっかり頷いておいた。

 妖精達は非常に絆が強い種族のようだ。




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