ガーラヘル王国への帰国

 オスト・オルぺジアの国境付近。

 ステラ達ガーラヘル王国の面々はピオニーを始めとする妖精貴族達と別れの挨拶を交わす。


「エルシィ第一王女。多大なご迷惑をおかけし、申し訳ございません」

「とんでもございませんわ。大変貴重な体験を出来たので、非常に満足していますの。戦闘レベルも幾つか上がりましたし、なんの問題もありませんわ」


 快活に話すエルシィの斜め後ろで、彼女の付き人が仏頂面をしている。

 先ほど、彼等の会話を聞いてしまったのだが、なかなかに際どかった。

 オスト・オルぺジア訪問で起こった珍事を、ガーラヘル国王や議会に洗いざらい報告しようと、付き人は考えていたようだ。


 彼がエルシィに付き従っているのは、彼女の護衛やスケジュール管理だけではなく、行動を監視する意味もあるとのことで、今回の訪問で、彼は難しい立場に置かれてしまったのだとか。


 昨夜から今朝にかけて起こった出来事の数々を、ガーラヘルの重鎮達に知られたなら、大問題になるだろう。それだけに、ステラは二人の会話をドキドキしながら聞いていた。


 しかしながら、ステラの心配を他所に、エルシィの回答はハッキリとしていた。


 “ガーラヘルとオスト・オルぺジアの国交が折角再開されかけているのに、台なしにしてしまっては勿体無いし、彼女自身、なんら失った物はない。

 告げ口をしたならば許さない“と、付き人に釘をさしたのだった。


 彼女のこうしたサッパリとしたところが、ステラには非常に好ましく思える。

 妖精貴族達と対峙する、真っ直ぐな背中を見つめ、こっそり口の端を上げる。


「ティターニア様は体調が優れないので、見送りにはおいでになりません。しかし、近日中にガーラヘル王国へ使節を派遣するお考えのようです」

「どのような目的なのか、お聞きしてもよろしくて?」

「詳しくはまだ話せませんが、御国の利に繋がるのは間違いありません。貴女様の手柄にも出来ましょう」

「あら、そう。期待していますわね」

「はい」


 美しい礼をきめたエルシィは、馬車へと乗り込む。

 それに続き、ステラやレイチェル達も、繊細な工芸品のような客車に入った。

 この国に来た時と同じように、ここから近くの村まで馬車で向かい、魔導車に乗りかえる。夕食後は列車に乗り、早朝に王都に着くことになっている。


 ステラは窓から身を乗り出し、ピオニー達に手を振るが、ハタと動きを止めた。義兄用のお土産を調達し損ねてしまったのだ。

 王都の駅で待っていてくれているはずの彼に、何も渡せないのも心苦しい。


「うわぁ……」

「どうしたのだ?」


 隣に座る小さな相棒が、ティターニアに貰った酒を抱えながら、見上げてくる。


「ジェレミーさんに渡せそうなお土産がないから、ちょっと焦ってるです」

「焦る必要などないぞ」

「む?」

「ジェレミーに頼まれて、お主の写真を数枚撮っておいたのだ。あれらを渡したならば、あやつは満足だろう」

「写真!? 一回私にも見せるです!!」

「……急に眠くなってきたな」

「アジさん!!」


 コックリと船を漕いで見せるドラゴンに掴みかかろうとするが、ひらりと交わされる。そのやりとりをレイチェルが笑い、賑やかにガーラヘル王国に帰って行ったのだった。


◇◇◇


 オスト・オルぺジアから帰国してから数日経った。

 その間。ステラは以前にも増してベタベタしてくる義兄から逃げ回り、ピオニーから借り受けた魔導書を暗記するほど読み込んだ。

 上がりすぎたアビリティのランクも、そのままでは悪目立ちするだろうからと、アジ・ダハーカの術で誤魔化してもらっている。

 何か重要なことを忘れてしまっている気がしているのだが、忙しい日々を送っている所為で、思い出せない。


「うーん……、モヤモヤするんです……」

「折角先輩様が来てやってんのに、そんな言い方するんだ?」

「はっ!」


 特徴的な声が聞こえてきたので、顔を上げると、赤毛の少年が立っていた。

 売店係の先輩。クリス・クラークだ。

 数日ぶりに会う彼は、かなり日に焼けていた。


「売り子がそんな態度でいいんかねー?」

「ちょうどお客さんが途切れたから、ボンヤリしてただけなんですー」

「ふーん」


 そうなのだ。ステラは学校の売店で、売店係としての役割を果たしているのだが、ついウッカリ思考が別のところに飛んでしまっていた。自分の非を認め、やや挑発的なクリスへの反発心を押さえ込む。


「今日は何の用です?」

「アンタさ、INTとSTRの数値を上昇させるアイテムを開発したらしいね」

「うん」

「幾ら?」

「えーと……。まだ売りに出してないですけども、アジさんが言うには、だいたい金貨5枚がいいかも」

「はぃ!?」


 クリスは眉間にシワを寄せて、睨んでくる。その反応から察するに、あり得ないほどに価格が高いようだ。


「えぇと、実はあれにはレアアイテムを二種類使っていまして〜、だから、その……ゴニョゴニョ」


 レアアイテムとは言っても、実のところ、そうでも無くなっている。

 地下で勝手に入手したモータルウォーターについては、ピオニーに対してエルシィがしっかり説明しておいてくれたようで、後でから咎められたりはしなかった。それどころか、帰国の際に追加で10本もらった。


 しかも、魔導書のお陰で使える生産魔法が一種類増えたのだが、それが大変優秀だった。【溶液倍増】なる魔法で、なんと、“素材“に分類される溶液ならば、なんでも増量できるのだ。

 一回につき、相当多くのMPを使用しなければならないものの、レアアイテムを使う時の心理的な抵抗が軽くなった。


「まぁ、ケチケチして、貧乏だと思われたくもないし? 払わないこともないけど?」

「まいどあり〜〜なのです」


 カウンターの真ん中に積み重ねられた5枚の金貨を確認し、新アイテムを手渡す。クリスは、小瓶に貼られたシールを見て、嫌な顔をした。

 ヴァンパイアの血液を使用している事から、アイテム名を“美形おじさんの汁“としたのが、まずかったかもしれない……。


「ステラよ。魔石を売るのではなかったか?」

「あ、そうでした!」


 オスト・オルぺジアで拾ってきた魔石をすっかり忘れてしまっているステラの代わりに、アジ・ダハーカがクリスの目の前に魔石を10個並べた。


「あ、結構嬉しいかも。もしかして、よーせーの国のお土産?」

「売り物なんです! 一つ銀貨3枚なのです!」

「……チッ」


 追加で金貨を3枚もらい、ステラはホクホクと小型の金庫に仕舞い込む。

 その間に、クリスは去るだろうと思ったのだが、何故かその場を動かない。


「あんたさー、海の家を手伝う気ない?」

「ほへ?」


 耳に届いたのは、予想外の言葉だった。


 

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