実質ダンジョン
ステラは妖精の片割れに治癒魔法を使用する。
目を覚ましたスイカズラという妖精の話によれば、モータルウォーターの採水所であるここには、昇降機が一つしかなく、現在そこにグレムリンやトロールが押し寄せているのだとか。
それを確かめるべく、ステラとエルシィ、アジ・ダハーカ、そして妖精2人で昇降機の方まで行くと、確かに百体以上の個体に埋め尽くされていた。
駆け付けたらしい妖精兵達は対処に手こずっていて、キキョウ達は直ぐにでも混ざりたそうだった。しかし、ここで放置されるわけにはいかない。
「あの、教えてくださいです!」
「なんだよ。こっちは忙しいってのに」
「私達、オベロンが封印されている施設の壁を破ってここに来たんですけど、この採水所にも封印の術式が通っているんですか?」
「何故よそ者がそれを知ってる……」
「ティターニア様に教えてもらったです!」
キキョウは戸惑うような表情でステラを凝視するが、意を決したのか、しっかりと説明し始めた。
「王配に関する術式はここには一切及んでないね。だけど、隣接しているのは確か。事務所の近くと、奥の地底湖エリアは壁が薄かったはずだよ」
「ふむぅ……」
「一応地底湖を超えると、非常口はあるんだけど、5km以上あるかな。結構遠い」
「おお!!」
「話は終わった? 仲間たちが心配だからもう行く」
構ってられないとばかりに、離れていく小さな背中を見送ってから、ステラ達は相談する。
「ステラさん。昇降機が使えるようになるまで待ちますの?」
「んーと……。妖精達はやや劣勢に見えますけども」
「スルーアの数が多すぎるんだな。儂等も加勢するか?」
ステラは冷静に昇降機前の戦況を見る。
アチラコチラの通路から押し寄せるスルーア達は、おびただしい。それに対して、妖精達はごく少数だし、スルーアが死に至らないように気を遣って戦っているようだ。ステラ達が加勢してもこの騒ぎが抑えられるかどうかは微妙な感じがする。
「奥の非常口に行かないですか? 5kmなら歩ける距離ですし、私達が外に出て、この事態を妖精に伝えたら、キキョウさん達は助かりそうです」
「そう致しましょうか。トロール達がこれだけここに集まっているのだから、奥は空になっているかもしれませんわ」
「うんうん」
話が決まり、皆で奥へと進む。
通路はやはりガランとしていた。
各所に運搬器具や割れた瓶が転がっていて、それらを避けながら歩き続ける。
綺麗に舗装された床から、岩肌がむき出しになった地面へと変われば、少々足の裏が痛み、大した事のないはずの距離にやや億劫に感じられる。
「やはり、スルーアとは鉢合わせにならないな」
「うん。何で今日に限って暴動が起きてるんですかね」
「――おそらく、この笛の音に秘密がありそうだ」
「笛?」
相棒が口にする楽器の音色は、ステラの耳に届かない。聴覚の性能が違うからだろうか?
「王女様は聴こえますか?」
「いいえ?」
「うーむ……」
怪訝に思いながら先に進めば、アジ・ダハーカの言葉が現実のものだったと知る。異国情緒漂う美しい音色が耳に届くのだ。
「誰が演奏してるんですかね。妖精がこの先に居る?」
「オベロンではないか? 昔オスト・オルペジアに来たセルトラ王国の王子は笛の名手だったらしい」
セルトラ王国というのは、現在のセルトラ共和国の位置にあった国のことだ。
王制が廃止されたかの国の貴人を、アジ・ダハーカはオベロンと重ねている。
ステラの中でも、それがシックリきてしまうと、今聴こえる笛の音色が寒々しく感じられた。
「まさか、封印が――」
言葉は最後まで続かなかった。
ガチャ……ガチャ……と奥から金属が擦れ合うような不穏な音が響いてきたからだ。
地面を踏みしめる音は、いかにも体重が重い者のソレ。
ステラはパジャマの上から取り付けたホルダーに、ちゃんと薬瓶が収まっているのを確認する。
「何かが来ましたわね」
エルシィもレイピアを鞘から抜き、美しい姿勢で構えた。
通路の角から曲がってきたのは、甲冑に身を包んだ人間――いや、デュラハンだった。首から上が無く、黒いモヤが渦巻いている姿は異様極まりない。
「妖精の事務室に、デュラハンの個体データも管理されてましたですね」
先ほど見たデータの中身を思い出しつつ、ステラは右手を前方に突き出した。
動いたのは、デュラハンが先だ。
亜空間から取り出した大剣で、虚空を切り裂く。
「【光焔】!!」
デュラハンが放った衝撃派と、ステラが放った魔法が、中間地点で激しくぶつかる。しかしながら、ステラの魔法が上回ったようで、デュラハンの大剣にまで及んだ。
デュラハンの弱点は炎。そのためステラのINTでも、通用するのだ。
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