意外な組み合わせ


 エルシィの頼みごとに対し、ピオニーは微妙な表情のまま、事情を説明する。


「大昔にダンジョンと呼ばれていた地下迷宮は確かに存在します。ですが、今現在そこは”モータルウォーター”の採収場所になっています。オスト・オルペジアの管理下におかれているので、腕に覚えのある強者たちが挑戦し、楽しむ場所ではなくなっているんです」

「まぁ……、では、幻のレシピは存在しないということですの?」

「国外に伝わっている話の内容を私も一応把握しています。エルシィ第一王女様がおっしゃっているレシピというのは、恐らく、数百年前に、モータルウォーターを求めてダンジョンに住み着いたアイテム士が研究した結果なのでしょう」

「なるほど、確かにレシピがドロップする話は少しおかしいですし、ダンジョン内のアイテム士さんから入手したのかもしれませんわね」

「お渡ししてくても、無理なのですよ。期待しておられたのなら、申し訳ありませんでした」

「いいえ」


 エルシィたちのやり取りを聞き、ステラは肩を落とした。

 彼女達が話すのは初めて聞く内容ばかりだったが、やはりアイテム士として心躍るものがあったのだ。


 ダンジョンとモータルウォーターの採収地にどれほどの差があるのかは知らないが、ピオニーの口振りから察するに、何一つ楽しめる場所ではないのは確かだろう。

 レシピ云々うんぬんについてはもう忘れてしまおうと決め、ステラはエルシィとピオニーから視線を逸らした。



 夜会は早々と解散となり、ステラ達は各自部屋に戻った。

 ステラが気に入った天井をアジ・ダハーカは不快に思ったらしく、妖精メイドにお湯を使わせてもらっている間に、彼は魔法で埋めてしまっていた。

 やや残念に思ったものの、雨が降ってもぬれずに済むし、これでいいのかもしれない。


 遊びに来てくれたレイチェルとボードゲームをしてから一緒にベッドに入り、ウトウトしたまでは良かったが、一度目を覚ましてしまってからは全く眠くなくなってしまった。


(どうしよう……。寝れる気がしないや)


 さっきまで鼻歌を歌っていた相棒はどうしているかと、姿を探すが、どこにも見当たらない。


「アジさん……?」


 彼が気まぐれで行方をくらますのは良くある事だけど、今日は妙に不安な気持ちになる。このままステラを置いて、彼の故郷に帰ってしまうんじゃないか……? そんな考えが脳裏をかすめ、いてもたっても居られなくなる。


(こんなに不安なのはなんでだろ?)


 ジッとしているのが難しくなり、ステラはコソコソとベッドを抜け出した。


「レイチェルさん。直ぐに戻ってきますから……」


 寝ている友人に小声で声をかけてから、通路に出る。適当な間隔で照明が灯っているから、暗すぎて怖いという事はない。


(散歩がてらアジさんを探してみよう)


 目は完全に覚めてしまった。

 やや早足で通路を歩き、宿泊エリアから離れる。

 先ほど夜会が開かれたスペースの近くを通りすぎ、中庭に面する回廊に差し掛かった所でステラは傍の柱に身を潜めた。


(わわっ!? 誰か居る!!)


 中庭の池に何者かが身体をひたしている。

 肌がピリつくのは、その人物が何か魔力を放出しているからに違いない。

 

(人間じゃないみたい……)


 ステラは柱の影から顔を半分だけ出す。

 池の中に居るは、池のほとりの大岩に腰掛ける。その体躯は広告のモデル顔負けな程に均整が取れていて、所作は優雅そのもの。そして何より特徴的なのは、背中から生えた巨大な羽だろう。

 淡い紫色に発光し、彼女の周囲を薄っすらと明るくしている。

 顔の造作が見えないのに、その美しさに見惚れてしまう。

 妖精は可愛いか、怖いか、そのどちらかだと思っていたのに、彼女は非常に妖艶だ。


「あの金髪の――は、お前の――の娘であろう? もう10年以上も経つのじゃな」


 聞こえる声は池の中に居る女性から発せられている。

 誰かに問いかけるような内容なので、独り言ではない。あそこに他の誰かが居るのだ。


「ほう。お主の興味の対象は若き美男子のみなのではなかったのか?」


(アジさん!?)


 探していた存在が、そこに居るようだ。

 会話の内容から推測するに、二人は随分と親しい。もしかすると、あの妖精はティターニアその人なのかもしれない。


「ふふ……身体と心は異なるからのぅ」

「長く生きてきたというのに随分と可愛らしい事を言う」

「妾は何にでも興味を持つのじゃ。そう、お前にもな」


 今からどんな話が繰り広げられるのかと、ステラは胸の前で手を握った。


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