王女様の危機

「のぅ。その身体では人型になるのは難しいのか? 小さきドラゴンと杯を交わすのではちと興が乗らん」

「不可能だぞ。本体は祖国での役割がある」


(アジさんの祖国……)


 アジ・ダハーカは元々、浮遊大陸バルテカルトルに住んでいたらしい。

 今の姿が本来のものではないのは知っていたけれど、別の身体があり、それが現在も何かの仕事をしているとは驚きだ。

 そして、彼等の話の中にはもう一つ気になる点があった。


(さっき……。私の親がアジさんの関係者だって言ってたよね。だから私が小さい頃からずっと一緒に居てくれてるのかな?)


 聞き洩らさないようにと、ステラは前方の植え込みに移動しようとしたが……、バキッと足元で大きな音が鳴る。ウッカリ小枝を踏んでしまったようだ。


「うわぁ……」


 頭を抱えるステラの耳に、女性の笑い声が届く。


「娘。ちこう寄るのじゃ。堂々と話に混ざれば良い」

「はいです」


 身を縮こませながら植え込みから出て、彼等の元に近付く。

 岩の上に腰を下ろす女性は、絶世の美女という言葉が相応しい容姿だった。

 淡い色味の長い髪は、月の光を浴びて輝き、露出の激しい肢体を覆い隠す。

 大人びた雰囲気に反し、顔立ちはやや幼く、そのギャップが不思議な魅力になっている。


 切れ長の目に真っすぐに見つめられると、引き寄せられるように、ステラの足が自然と動く。


「あれ? 足が変です」

「ティターニアよ。ステラに【魅了】を使うのはよせ」

「うふふ……。つい癖でな。悪かったのぅ」


 エルシィに貰った首飾りを付けていない時に限って、この手の術を使われるのだから嫌になる。


(それにしても、この人ってやっぱりティターニア様なんだ……。こんなにきれいな女性が存在するなんて、信じられないや)


 たどたどしく挨拶したステラの顔に、ティターニアの華奢な手が伸ばされる。


「さぁ、顔をよぉく見せておくれ」


 ヒンヤリとした指の先で頬をプニプニとつままれ、ステラは「ふみぃ……」と鳴いた。


「顔立ちは母親、髪の色は父親ゆずりなのじゃな。きちんと特徴を受け継いでいるのが面白い」

「あの……。私のお母さんとお父さんを知っているなら、誰なのか教えてほしいです。あ、会いたいんです」

「と、言うておるが、どうする? アジ・ダハーカよ」

「教えるにはまだ早い」


 即座に否定され、ステラはショックを受ける。

 だが、だんだん頭に血が上ってきて、珍しくキレた。


「アジさんの馬鹿! 飲んだくれ親父!」

「飲んだくれ親父は当たっているが、馬鹿だと!?」

「私がずっとお金を貯めてる理由を知ってるクセに、いつもそうやって年齢を理由に適当にはぐらかす! もう私は大人の女です!」

「幼女のナリで何を言う! いいか、ステラよ。儂等の国では見た目で精神年齢が決まる!」

「意味わかんないです。教えてくれないならもうお酒買ってあげないんです!」

「ぐっ……! ステラよ。他に情報が漏れたら、ガーラヘル王国を揺るがすことになるのだ。王女よ、聞こえているだろう? そろそろ出てきたらどうだ?」

「ほへ?」


 何故か第三者に話が振られた。

 ギョッとして中庭を見回すと、エルシィが月のモニュメントの影から現れた。


「ごめんなさい。寝付けなくて、少し剣を素振りをしようと思っただけなのですが、話し声が聞こえて、ちょっと興味がそそられましたの」


 彼女は申し訳なさそうな表情でこちらに歩いて来る。

 言い争いを聞かれてしまった気まずさから、ステラは俯く。


「ガーラヘル王国の第一王女。このような場所でまみえる非礼をびよう。よくぞ我が国へまいったな」

「私の方も、ここで挨拶することをお許し下さいませ。ティターニア様」


 二人は初対面だからか、挨拶を交わす。少しだけピリ付くような空気になるのは、どちらも一国を代表する者だからなのだろう。

 このまま、硬い話になるかと思ったら、そうでもなかった。


「ああ、そういえば、エルシィ王女よ。ちょうどその辺りに……」


 ティターニアが何かを指摘しようとしたが、それが終わる前に、エルシィの身体が眩い光に包まれた。


「え……?」

「わ! 王女様!」


 嫌な予感がし、駆け寄ろうとしたが遅かった。

 エルシィの姿が忽然と消えてしまったのだ。


「ひぇぇ……。王女様が居なくなっちゃった」


 目の前で起こった摩訶不思議な現象に、ステラはブルブルと震えた。


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